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あなたのシンデレラ 若社長の強引なエスコート

水城のあ

chap.1 めぐり逢い (3)

「蒔田さん」

 咲希に気づいた瞬間、東條の顔がパッと明るくなる。咲希は心臓がドキリと音をたてるのを感じながら話しかけた。

「東條様、今日はなにをお探しですか?」

「取引先のお嬢さんの誕生祝いなんだけど……アレンジメントで届けてもらえるかな」

 唇に上品な笑みを浮かべる東條は、誰が見ても素敵な紳士だ。

 それに背が高くスタイルがいい。全体的に細身に見えるのだが、肩幅がしっかりとしているせいか、バランスがとれているのだ。特に背中のラインがキレイで、花を選んでいるときなどにふと後ろ姿を目にすると、見とれてしまいそうになる。

 男性の後ろ姿を素敵だと思うなんて初めてで、これは千春にも言えない咲希だけの秘密だった。

「かしこまりました。お嬢様はおいくつぐらいの方ですか?」

「来年大学受験だって言っていたから、十七、八かな」

「若いお嬢様なら、をメインにされたらいかがでしょう。若い方は、みなさん一度は薔薇の花束をもらってみたいと憧れますから」

 咲希は店内のガラスケースの中の淡いピンクの薔薇を指してみせる。

 ガラスケースは冷蔵庫になっていて、特に値段が高い花はこうして鮮度を保っているのだ。

「ピンクの薔薇の花言葉は、上品や気品、それから暖かい心。若いお嬢様にぴったりの前向きな言葉が多いんです」

 東條は少し思案するようにガラスケースの中を見つめ、それからゆっくりと頷いた。

「なるほどね。じゃあ薔薇を中心にお願いしよう」

「かしこまりました。ではお届け日を……」

 咲希がいつもの手順で注文票を記入しようとしたときだった。

「君はどうなの?」

「え?」

 質問の意味がわからず首を傾げると、東條は唇に甘い笑みを滲ませながら咲希を見つめた。

「蒔田さんも、やっぱり薔薇の花束をもらうと嬉しいのかな?」

「わ、私、ですか?」

「ああ。だって、蒔田さんも十分若いお嬢さんの部類だろ?」

 からかうような言葉の中に甘い空気が混じっているような気がして、咲希は慌てて目を伏せた。

 そうしなければ、東條の微笑に魅了されて、なにも言えなくなりそうだったからだ。

「それは……やっぱり嬉しいですけど……」

 まだそんなプレゼントをくれるような人に出会えていないけれど、やっぱり憧れはある。でも一方で、平凡な自分には、そんなドラマティックなことが起きるはずがないというのもわかっていた。

「へえ。もしかして、そんなプレゼントを贈ってくれる人がいるのかな」

 探るような言い回しに、鼓動がまた少し速くなる。どうしてただの花屋の店員である自分にそんなことを聞くのだろう。

「い、いないですよ……っ」

 咲希は慌てて、伝票を探すふりをして東條に背を向けた。

 これが東條以外の男性客だったら、自分に興味を持ってくれているのではないかと、少しは期待したかもしれない。

 でもさすがに東條と自分では身分というか、格が違いすぎる。彼ぐらい素敵な人なら、自分になど声をかけなくても、普段から周りに素敵な女性がたくさんいそうな気がした。

 東條も雑談のつもりで口にしたのだろう。いつものように送り状に記入をして支払いを済ませると、それ以上はこの話題に触れず店の外に待たせていた車に乗り込んで行った。

 咲希は走り去る車を見送ると、発注の締め切り時間が近づいていることを思い出し、慌てて店の中に駆け込んだ。


 咲希が花を扱う仕事がしてみたいと思ったのは、小学二年生の時だった。

 看護師をしながら女手ひとつで咲希を育ててくれていた母、ともが突然倒れ、入院をしたときだ。

 父は咲希が生まれる前に他界したとだけ聞かされており、頼れる身寄りと言えば母の妹であるだけで、その頃結婚したばかりの由良子の家から毎日母の病院に通った。

 当時は知らなかったが、母の病気はがんで、まだ若かったこともあり進行が早く、子どもの目でもわかるほど日に日にやつれていった。

 毎日面会時間が終わると母と別れるのが辛くて、明日はもっと母が弱っているのではないかと考えて、早く朝になって母に会いたいのに、朝がくるのが怖かった。

 咲希はなんとか母を元気づけたいと考えていたが、あるときふと母の病室が寂しいことに気づいた。

 日々の見舞い客と言えば咲希か叔母夫婦だけで、あとは時折看護師の同僚が病室を訪ねてくる程度だ。

 それに比べて同室の他の患者は家族や友人が頻繁に訪れているようで、ベッドのそばに置かれた個人の棚の上には、色鮮やかな花が飾られている。

 どうして気づかなかったのだろう。

 咲希はその日家に帰ると、保育園の頃から少しずつ貯めていた貯金箱を取り出した。

 貯めたといっても母の手伝いをして十円、二十円ともらった小銭ばかりで、それを集めても大した金額ではない。

 それをかき集めて小さな巾着袋に入れると、翌日、病院へ行く途中の商店街にある小さな花屋に走った。

 そこは老夫婦と娘が営む小さな花屋で、咲希が現在勤めているフルラージュに比べると、花の種類も少なく、実にこぢんまりとした店だった。

 花の値段など知らなかった咲希は、その巾着からたくさんの小銭を取り出して店主に差し出した。

「これで花束を作ってください」

 記憶にはないけれど、小銭ばかりを差し出された店主は、相当困った顔をしていたのではないだろうか。

「誰にプレゼントするの?」

「お母さんが入院してるの。早く元気になってもらえるようにプレゼントするの」

 その言葉に店主は咲希が差し出したお金には見合わない、立派な花束を作って送り出してくれたのだ。

 咲希が持って行った花を見て驚いた母から事情を聞かれ、後になってその店の店主の親切を知った。

 今思えばなにも知らなかった自分が恥ずかしくて仕方がないが、あの時花束を持って病院へ向かうとき感じた自分の中の高揚感や、母の驚いたあとに見せた笑顔は本物で、いつまでも咲希の心に大切な思い出として残った。

 自分もたくさんの人にそんな気持ちを味わってほしい。人を幸せにしてあげられる仕事をしたいと思ったのだ。

 実際にはれいな部分などほとんどない、肉体労働がメインの仕事だけれど、それでも咲希は店から送り出すときにお客様がみせてくれる笑顔を楽しみにこの仕事を続けている。


 その日、店にはしばらくぶりに東條が姿を見せていて、いつものように花の注文を受けていた。

「いつもありがとうございます。取引先のみなさんの記念日ごとにお花を用意するなんて、大変ですね。私だったら忘れてしまいそう」

「まあね。秘書が管理してくれているから僕は注文をするだけなんだ」

「だったら……毎回ご足労いただかなくても、お電話いただければこちらで手配いたしますよ? 売り掛けで請求書をお送りすることもできますから」

 考えてみれば大きな会社の社長なのだから、花の手配など最初から秘書に任せてもよさそうなものだ。

 東條と話をするのは楽しかったから、それがなくなるのは少し寂しいけれど、彼のことを考えればそう勧めるのは当然だった。

 咲希は親切のつもりでそう口にした。ところが東條は、なぜか顔を曇らせる。

「蒔田さんはそうやって男を排除するタイプ? 僕はこうやって君と話をするのが、気分転換になって楽しいんだけどな」

「え?」

 咲希が驚きで目を見張るのを見て、東條は唇をゆっくりとゆがめて微笑んだ。まるで咲希の反応を楽しんでいるようだ。

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