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あなたのシンデレラ 若社長の強引なエスコート

水城のあ

chap.1 めぐり逢い (1)

chap.1 めぐり逢い


 まきが勤める『フルラージュ』は、外苑前から青山一丁目に抜ける大通りに面して建っていた。

 フルラージュは関東を中心にチェーン展開をしている生花の小売店で、立地によって店のイメージが違うことで有名だ。

 咲希が副店長を勤める青山店はフランスのマルシェをイメージしたディスプレイで、店先いっぱいに飾られた花は、買うつもりがない人も思わず目を奪われて足を止めてしまうほど華やかだった。

 たっぷりと水あげされた季節の花はバケツに入れられた後、ディスプレイ用の木箱に並べられる。そうすることで、ただバケツに入れて並べているよりも見栄えがいい。

 間仕切りのある底の浅い木箱には、手頃な値段のアレンジメントフラワーや季節のリース、小さめのブーケがギュッと詰め込まれ斜めに立てかけられている。

 店頭に飾られた色とりどりの花は、真冬でもそこだけ季節が違うような華やかさのうえ、青山霊園に近いこともあり、季節を問わず客足が途切れることはない。

 咲希がこの青山店で働き出したのは、一年ほど前からだった。

 高校卒業後、園芸専門学校に二年通い、そのままフルラージュに入社した。研修の為にいくつかの店舗を回り、都内の別の店舗でしばらく働いた後、青山店のオープンにあわせて異動となったのだ。

 当時、入社二年目の咲希が副店長に指名されるのは異例で、だいばってきと言ってもいい人事だった。

 店長であるほそはるは研修時代に回った店の先輩で、咲希よりも十歳ほど年上である。

 研修時代の咲希の仕事ぶりを見て目をかけていてくれたらしく、千春から指名をしてくれた。

 千春と一緒に作り上げたこの店は、咲希の城と言ってもいいほど愛着があり、休みの日でも店のことばかり気になってしまう。

 すでに結婚をして一児の母である千春からは、そんなことではいつまでたっても結婚できないと笑われてしまうほど、店と仕事が好きだった。

「咲希ちゃん、明日の発注確認お願いね」

 午後の混雑時間を終え、遅めの昼食から戻ってきた咲希に、千春が店先から声をかけた。

 青山店の売り上げの半分は、青山霊園に献花をする人で占められている。有名な作家や役者の墓があるため、家族だけでなく、そのファンもフルラージュをよく利用していた。

 献花となると、ある程度人気のある花が決まっていて、定番の花はパソコンから本部に発注をかける。その他季節の花やお客様からの特別な注文に関しては、千春と咲希が市場で購入する事になっていた。

 このパソコンからの発注が導入されたのは咲希が入社する前年からだそうで、千春が若手の頃は、毎朝市場で大量の花を購入するのが大変だったそうだ。

 いかに廃棄を少なくするかが発注の腕の見せ所で、カレンダーと週間天気予報を確認しながら頭を悩ませる。

 こればかりは他の店員やアルバイトの子に任せるわけにいかないので、千春と交代でこなす大切な仕事だった。

 花屋に勤めていると言うと「夢があって素敵な仕事」などと言われるが、実際のところ発注や売上管理など雑務が多い。

 それに季節に関係なく水仕事をしているわけだから、どんなに気を使っても手が荒れるし、好きでなければ続けられない仕事だ。

 咲希がしばらくパソコンとにらめっこをしていると、千春が店の奥に駆け込んできて、咲希を呼んだ。

「咲希ちゃん、またあのお客様いらしてるわよ」

 少し含みのある言い方に、咲希は視線をあげて店先を見た。

 そこにはスーツをすっきりと着こなした背の高い男性が立っていて、店頭の切り花のバケツをのぞき込んでいた。

「ほら、ご指名でしょ!」

「ち、違いますって!」

 千春のからかうような言葉に咲希が赤くなったとき、視線に気づいたのか男性がこちらを見た。

「い、いらっしゃいませ」

 咲希は弾かれたようにイスから立ち上がると、早足で男性に近づいた。

とうじょう様、今日はなにをお求めですか?」

 まだ顔が赤い気がして、咲希は伏し目がちに男性に声をかけた。

 彼は二ヶ月ほど前からこの店にやってくるようになった客で、取引先への贈り物としてフルラージュをよく利用してくれる。


 東條が初めて店に来たのは、雨の日だった。

 数日前に青山霊園の桜が満開を迎えていたので、きっと花散らしの雨になってしまうだろう、そう思いながら店先から空を見上げていた。

 春の雨は冷たくて、少し寂しい。天気予報では今日一日降り続くと言っていたから、客足も望めない。咲希がもう一度雨雲を見上げ、恨めしく思いながら店の中にきびすを返そうとした時だった。

 目の前がスッと暗くなって、それが人影だと気づく。

「あ……いらっしゃいませ」

 会社員風の男性の姿に、咲希は慌てて笑顔を作った。男性は硬い表情で小さく会釈をしながら傘を閉じ、店先に張り出したテントの中に入ってきた。

 仕立てのいい濃紺のスーツの袖口やパンツの裾が雨にれていて、まるでそのことに苛ついているように見える。

 なんとなく不機嫌な空気をまとった男性を不思議に思いながら、咲希は手を差し出した。

「どうぞ、こちらで傘をお預かりしますね」

 まだ滴がしたたる傘を預かると、軽く水を切って傘立てに入れる。それから棚の中から洗い立てのタオルを取りだして、男性に差し出した。

「よろしければ使ってください」

 咲希がにっこりと微笑むと、男性は少し驚いたような顔をして、それから少し口元を緩めてタオルを受け取った。

「……ありがとう」

 男性はタオルで雨粒を拭き取ると、咲希にタオルを返してくる。

「今日は、なにをお探しですか?」

 先ほどから不機嫌で居心地が悪そうに見えるのは、もしかして花屋という空間に慣れていないからだろうか。

 人にもよるけれど、男性の方が花を買う習慣がない人が多いし、自分で花を買った経験がないという客が来店をすることもある。

 彼もそういうタイプなのかもしれない。咲希はそう考えながら、もう一度彼の身なりに目をとめた。

 店に入ってきたときも、背の高い男性だと思ったけれど、身につけているスーツは身体にんでいて、そのスタイルの良さを際立たせている。オーダーメイドなのかもしれない。

 よく磨かれた革靴は雨を弾き、つま先のあたりで丸い粒になっていて、彼が身なりに気を遣う余裕がある人なのだと見て取れた。

 わざわざ雨の中足を運んできたのだから大切な人、女性へのプレゼントなのかもしれない。

「ご予算などはお決まりですか?」

 最初に予算を聞いておくと、こちらからも提案しやすい。咲希の言葉に、男性は少し考えるようにしてから口を開いた。

「知り合いのイタリアンレストランの開店祝いなんだけど、外に飾るスタンドではなく、店の中に飾れるように花籠にして欲しいそうだ。店の方に行く時間がなくて、お祝い金の代わりに贈るものだから豪華にしてくれてかまわないよ。その代わり、店に届けて設置までお願いしたい」

 続けて彼が口にした金額は、相場の倍を軽く超えていた。

 もちろんアレンジメントをする側にすれば予算に余裕があるのはありがたいけれど、あまりにも金額が違いすぎて少し驚いてしまう。彼は花を注文したことがないのだろう。

 咲希は店の規模やイメージ、希望のサイズなどをいくつか確認して情報をまとめる。

「お届け日は?」

「来週の木曜日だ。住所はここ」

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