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地味に、目立たず、恋してる。 幼なじみとナイショの恋愛事情

ひより

1 地味に、目立たず、恋してる。 (3)

 パッションピンクの、豹柄の上着。

 明るい色の、けばけばしい巻き髪。

 戦うために研がれたとしか思えないような、ごてごてした長い爪。

(め……雌豹だ!)

 これが女の世界というのなら、なんて恐ろしいものなのだろうと本気で思った。女とは、ひとしくこのように修羅を乗り越えなくてはならないのだろうか。そんなの嫌だ。

 否、そんなことはない。きっと、そうではない世界だって存在するはず。だって保育園のマサコ先生は、あんなふうにがりがりに瘦せてなんていなくて、ぽっちゃりしていてやわらかくて、眼鏡をかけていて優しいもん。この人たちとは違うもん。

 母はおそらく目立つ行いをして雌豹たちにとがめられたのだ。だったら私は、目立ちたくない。地味に、真面目に、おとなしく。雌豹の脅威とは無縁に生きていきたい!

 そんなわけで、琴子はよわい五つにして、人生の指針を定めたのだった。


(だいたい、私とマコちゃんが幼なじみだっていうだけでもびっくりされるのに、そのうえ付き合ってるなんて知られたらどうなるか……)

 体育の授業中である。体育館でバスケットボールのシュートの練習をしながら、琴子は中学時代に思いをはせていた。

『雨宮さんって……真人と同じ小学校だったって本当?』

 入学して間もなく、そろそろ仲良しグループが固定してきたかな、といった時期に、クラスのリーダー格を担う女子グループに声をかけられたことを思い出す。

『え、あ、うん……』

 なんの意図がある問いかわからずに、琴子は無邪気にうなずいた。

『ふぅーん……』

 女子たちは無遠慮なまなざしで、上から下までめるようにして琴子を眺めまわす。

『相沢くんがさ、雨宮さんと真人が付き合ってるっていうんだけど、本当?』

『えっ』

 ──肯定してはいけない。

 そう感じたのは、半ば本能だった。琴子はとつに、引きつった笑みを浮かべる。

『付き合ってなんかないよ』

 じろじろじろ。

 まなざしは、鋭利な刃物のように鋭かった。全身にどっと冷や汗がにじむのを感じる。

『でも、ふたりって幼なじみなんでしょ?』

『そんなことないよ、同じ小学校の子たちなら、みんな幼なじみみたいなものだし……』

『ふぅーん……』

『そっかぁー』

『そうだよねぇー』

『雨宮さんと真人じゃ、つりあわないもんねぇー』

 くすくすくす。笑いながら去って行く若き雌豹たちの姿を見送りながら、琴子は己の心音が、耳奥に響いてくるのを感じていた。

(中一ながら、あれは怖かった……。あんな思い、二度としたくないから……、だからマコちゃんには悪いけど、学校では話しかけてこないでほしい……!)

 と、過去の回想から思考を引き戻しかけた、そのときだった。

「──危ないっ!」

(え)

 考え事に沈んでいた琴子はその声にはっと我に返る。しかしそのときにはすでに遅く、顔をあげたときには琴子に向かって飛んでくるバスケットボールが迫ってきていた。

 ぶつかる。そう思って身をかたくし、咄嗟に目を閉じる。と──。

 パシン!

 琴子のすぐ目の前に人が割り込んできて、彼女にぶつかるはずだったボールを片手で受け止めた。

 見上げた大きな背中に、一瞬だけれてしまう。すらりとしたたい、しなやかな筋肉、動きにあわせてふわりと揺れる髪。その人物が、くるりと琴子へ振りかえる。

「大丈夫?」

 真人だった。

 すぐ目の前に彼があらわれたので、琴子はどうしても真人を見上げる姿勢になってしまう。驚きのあまりぽかんとしていると、真人があわて出した。

「コ……雨宮さん、大丈夫? ぶつかった?」

「あ、だ、大丈夫。ぶつかってない」

「どっか怪我した?」

「ううん、平気」

「──よかったぁ」

 ふにゃっと真人の相好が崩れた。

 そのとろけそうな笑顔に、心臓が一度、大きく脈打つ。こんな顔、何度も見ているはずなのに。それなのに、いちいちかわいいと思ってしまう、この感情はなんなのだろう。

 しかし琴子が甘いうずきに胸をときめかせたのは、わずかな瞬間だけだった。

 ほとんどのクラスメイトの視線が自分たちへと注がれていることに、はっとする。

(み、見られてる!)

 琴子が表情をこわばらせたのを察して、真人はすぐにきびすを返した。

「お前ら、ノーコンすぎ! 俺の華麗なるボールさばきを見よ!」

 言って彼はドリブルしながら、仲間の輪へと戻っていった。

 その場の空気がかんする。友達がわらわらと近づいてきて、琴子の心配をしてくれた。

「びっくりしたねー。琴ちゃん、平気?」

「う、うん」

「東堂くん、超素早かったね。すごーい」

「やっぱりスポ薦説は有力かなあ」

 友人たちの穏やかな会話をかきけすように、別の少女たちの甲高い声が響き渡る。

「せーのっ」

「真人頑張れー!」

 真人へ黄色い声援を送ったのは、他でもないクラスメイトの雌豹たちだった。

 どんな世界にも雌豹はいる。彼女たちは往々にして強い。そして好意を持った異性への求愛活動に余念がない。さらには敵を全力で排除する。琴子は身震いした。

(ごめん、マコちゃん……。せっかく助けてもらったのに申し訳ないけど、私……やっぱりマコちゃんの望みはかなえられそうにないよ……)

 マコちゃんも、もうちょっと地味で目立たない存在になってくれればいいんだけどなあ……。などと考えつつ、琴子はボールを追いかけながら、黙々と体育の授業をこなした。


 だが、しかし。

「もしかして君、東堂真人くん?」

 体育館から更衣室に移動する最中だった。真人たちの集団に、真正面から飛び込んで行く女子生徒の姿があったのだ。

 くるくると計算しつくされた角度に巻かれた長い髪に、きれいに生えそろったまつ。少し濃すぎる桃色のチークはそれでいて肌の白さを際立たせていた。舌足らずの口調に、ちょこんと握った白いセーターの袖。真人を取り巻くギャルたちとは趣向の異なる、洗練されたかわいらしさを持つ女子生徒だ。

「君、東堂真人くんでしょう?」

 問われた真人は、まるで物怖じせずに首を傾げる。

「そうだけど、誰?」

「やっぱり! 前から好みのタイプの子がいるなって思ってたんだぁ!」

 その様子を背後から見ていた琴子は、目の前で繰り広げられている光景に面食らった。

(お、驚くほどストレートな求愛だ……)

「ねえ、あれって副会長じゃない?」

 友達がひっそりと耳打ちしてくる。

「今の生徒会でひとりしかいない女の人。たしか二年生だったはず」

「えっ……」

「すごいね、東堂くん。とうとう生徒会役員にまで気に入られちゃったんだ」

 一応、頷いてはみたものの、真人が先輩や女子生徒に気に入られるのは、昔からよくある話だった。なので琴子はさほど気にせず、真人らの輪を追い越して更衣室へと向かう。

「次の授業、やだねー」

「あの先生の声、眠くなるんだよねえ」

 ──もちろんこのときの琴子は、この出来事が後に自分の学校生活を大きく変えることになるなんて、予想だにしていなかった。


「俺、生徒会に入る!」

 食事を終え食器を洗っていた琴子は、背後で瞳を輝かせていた真人の声が聞こえずに、水道を止めてから聞き返した。

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