地味に、目立たず、恋してる。 幼なじみとナイショの恋愛事情
1 地味に、目立たず、恋してる。 (2)
「そんでさー、さっき話した宿題なんだけどー」
「宿題? そんな話したっけ?」
「したじゃん! 来たときに宿題出されたって言ったじゃん!」
そういえばそんなこと言っていたような気も……。ぼんやりと思い出しながら、皿洗いを終えて茶の間に戻った。
「あれ、でも今日なんか宿題出てたっけ?」
琴子と真人は同じクラスだが、どの授業においても宿題を出された記憶はなかった。
「それがさ、俺だけ特別に出されたんだ。ほら、試験の名前ローマ字で書いたバツだって」
「ああ……それはマコちゃんが悪いね。なんでそんなことしたの?」
「だから俺なりの誠意なんだって。この宿題明日までらしいから、コト、教えて」
「やだ」
「えっ」
「それはマコちゃんの宿題でしょ。マコちゃんひとりでやらないと意味ないじゃん」
「で、でも……こんなの俺がひとりでできるわけないのに……」
「そんなことないよ、授業でやったことしか問題になってないわけだし。ほら、私は自分の勉強をするから、マコちゃんは自分の宿題をやりましょう」
「そ、そんなあぁあぁ……!」
真人はひと一倍勉強が嫌いな高校生だった。にもかかわらず、県内でも有数の進学校に彼が合格できたことは、もはや奇跡としか言いようがない。琴子と同じ学校に行きたいから、という情熱が真人を動かし、なんとか補欠で合格がかなったのだ。
(マコちゃんと同じ高校なのは嬉しいけど、でも……なんだかちょっと、責任を感じる)
真人が琴子と同じ高校がいいからという理由であの学校に進学したのなら、せめて彼が定期試験で赤点にならない程度に、自分が勉強をさせねばならないのではないだろうか。
(とりあえず宿題は、さすがにわからないところは教えてあげよう。頑張ろうというその姿勢が大事なわけだし……)
しかしふたりで教材に向かい合ってから──およそ三分。わずかな沈黙の後、真人ははやくも集中力を切らしたようだった。ずいっと琴子のほうへと身を乗り出す。
「ねえ、じゃあさ。この宿題を提出したら、教室で話しかけていいってことにしない?」
真人の驚くべき根気のなさに、琴子はうんざりとした様子で瞳をすがめた。
「どうしてそうなるのか、四百文字以内で理由を説明せよ」
「よ、よんひゃくじ!」
え、えーと……。口ごもりながら真人は指を折り、文字数を数えつつ、言った。
「だって俺たち付き合ってるのに、学校で話しちゃいけないとかおかしくないですか」
「それとマコちゃんの宿題について一体なんの関係性があるのか二百字以内で説明せよ」
短くなった! 叫びつつも、彼は再び指を折る。
「え、えっと……ご褒美があったほうがやる気が出るからです」
「マコちゃんがテスト勉強しなかったせいで出された宿題と、私の平穏な学校生活が失われることについて、どのような因果関係があるのか百字以内で説明せよ」
「なんだよー、もー!」
真人がばんっ、とちゃぶ台を叩いた。
「因果関係とかよくわかんないけど、とにかく俺たち付き合ってるんだろ? だったら別に学校で話したっていいじゃんか、それが青春ってもんじゃんかーっ!」
「だから何度も言ってるでしょ」
ここで甘やかしてはいけない。琴子はきりっとまなじりをつりあげた。
「私は平穏で穏やかな学校生活を送りたいの。マコちゃんを取り巻くあの集団と関わり合いになりたくないの。特に女子グループなんていっつも誰かしらイジメてるし、無視してるし……。そんなものに巻き込まれるんだったら、私、死ぬ。マコちゃんのせいで巻き込まれたんだったら、マコちゃんを殺す」
「お、俺は殺されるほどのことをしようとしているのか……?」
「いいから、てきぱき宿題をやる。はいっ」
「ううう……」
(ごめん、マコちゃん。でもこれだけは譲れないの)
真人がちゃらちゃらしだしたのは、中学に入ってすぐだった。
育ちの良さもあってか、異性に対して親切にすることをためらわなかった真人には、すぐに女子からの人気が集中した。屈託のなさも相まって、男子からも慕われた。それが次第に、悪い先輩たちにかわいがられるようになり、髪を染め、ピアスを開けて、夜遊びにはまり、自称彼女が次々とあらわれる始末……。
対する琴子は、地味に、目立たず、もり上がらないながらも平和な生活を心がけていた。そんな彼女の将来の夢は公務員。母が苦労している姿を見てきたせいか親に迷惑をかけるような子にだけはなるまいと、自分を戒める日々である。一に勉強、二に勉強。三、四がなくて、五に真面目。というわけで真人のようなチャラ男とは、大変申し訳ないが人種の隔たりを感じる次第。
(そんな私がマコちゃんと幼なじみだなんて……まして付き合ってるなんて知られたら、一体どんな目に遭うか……)
「じゃあ、学校で話さなくてもいいから……」
宿題のプリントに顎を乗せながら、拗ねたような上目づかいで、真人が琴子を見た。
「エッチしたい」
(……出た)
動揺した自分の気持ちを悟られないように、琴子はわざとつれなくそっぽを向く。
「それとこれとは別問題」
「別問題じゃないよ! だってあれっきり俺たち一度もエッチしてないじゃん!」
「ちょ、お、大声でそういうこと言わないでよ!」
さすがに赤くなって琴子が止めると、真人は子どもじみた仕草で膝を抱えてみせた。
「コトは俺のこと、嫌いになったんだ……? 俺があのとき、痛くしちゃったから……」
「き、嫌いになんてなってないけど……と、とにかく」
場をとりなすようにして、わざと明るい声を出す。
「英語の宿題、終わらせて。そうしたら明日はマコちゃんの好きな晩ごはん作るから」
励ますように言っても、結局、真人の顔に笑顔が戻ることはなかった。
琴子が学校で真人との関係を明らかにしたくないのには、理由がある。
彼女には、恐れるものがあった。それすなわち、──雌豹である。
琴子の母は水商売で生計を立てている。現在は銀座のスナックでチーママの位を得て安泰に暮らしているが、昔は六本木のキャバクラでキャバ嬢として日々戦っていたものだ。
『ちょっと、愛夜華! 出なさいよ! よくもアタシの客とアフター行ったわね!』
ドンドンドン!
幼少期の記憶がよみがえる。安アパートのうすっぺらな扉が叩かれて、まだ無垢な幼子だった琴子は震えあがった。
『そうよ、愛夜華! アンタ、綺羅羅の客だけじゃなくてこっちの客にも手をつけたでしょ! なんでアタシがもらうはずだった誕生日プレゼントもらってんのよー!』
『ふざけんじゃないわよ、愛夜華! アンタこっちの客にも色目使ったでしょ? そのバーキン、ほんとはアタシがプレゼントされるはずだったんだからねー!』
琴子が震えあがる横で、納豆に生卵を落としておいしくいただいていた母、泉(源氏名を愛夜華)は、平静を保ったまま「琴子、これが女の世界よ。押し入れに隠れてなさい」と言い残して、外で待つ同僚たちのもとへと向かった。
琴子は言われた通り押し入れに隠れたし、泉も幼い娘がいる家の中に自らの天敵を入れるような真似はしなかったのだが、ほんの一瞬、開かれた扉からちらりと外で待つ女たちの姿が覗き見えて──おののいた。
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