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地味に、目立たず、恋してる。 幼なじみとナイショの恋愛事情

ひより

1 地味に、目立たず、恋してる。 (1)

1 地味に、目立たず、恋してる。



 前期試験の結果が貼り出されていた。

 名前が載るのは学年で上から二十人のみ。今年の一年生は百二十人前後だから、およそ六人にひとりの割合だ。

「琴ちゃん、十三位だ。すごい」

 昼休みに貼り出されたばかりの試験結果を見ながら、隣にいた友人が肩をたたいてきた。

(十三位……)

 貼り紙を見上げるのは、いかにもおとなしそうな少女だった。肩にかかったミディアムボブに、黒いセーター、長すぎず、短すぎないスカートに、少し心もとない細さの白い脚。

 あまみやことはその結果を見て、人知れず拳を握りしめた。

(いかにも無難で、堅実な数字。でかした、私)

 上位二十人のうち、トップテンは間違いなく注目される。かといって滑り込み二十位でも注目される。十三位あたりが人の記憶に残りにくいベストな数字だ。

「すごいねー。うちのクラスで何番目くらいだろ。トップスリーに入るかな?」

 はしゃぐ友人に対して、琴子は曖昧に微笑した。

「うちのクラスは、ほら、おおつきさんとか井上くんとか、頭いい人いっぱいいるじゃん」

「あ、本当だ。大槻さん、今度は三番かあ。すごいなあ……」

「こら、とうどう!」

 廊下の向こう側から、男性教師の野太い声が聞こえてきた。

 そこにいたのは、男子生徒の集団だった。色鮮やかな明るい茶髪に、だらりと緩められたネクタイ、だぼだぼのベスト、まくりあげられた袖にアクセサリー、ずり落ちた制服のズボン。いるだけで場が華やかになるけれど、県内屈指の進学校であるこの高校において、彼らの存在はよくも悪くも異彩を放っていた。

 その中で頭ひとつ分背の高い男子生徒に対し、中年の教師が答案用紙を突き付けていた。

「東堂、これがなんだかわかるか?」

「英語の答案用紙です」

「そう、お前の答案だ。──なんで名前をローマ字で書いた!」

「だってー」

 甘えるように笑いながら首を傾げた男子生徒は、ぱっちりとした瞳に、すっと通ったりようと、派手な服装のわりにさわやかな印象を与えるそこそこの美形だった。

「問題、全然とけなかったんだもん。英語のテストだしせめて名前くらいってことで、ローマ字で書きました。俺なりの誠意です!」

「アホか! そんな誠意を見せるくらいならきちんとテスト勉強をしなさい!」

「はーい」

「またやってるね、東堂くん」

 友人がこっそりと耳打ちしてきた。

「東堂くんって、どうしてこの高校に入れたんだろう。スポーツ推薦とかなのかなあ」

「さあ……」

「でも運動部に入ってるって話は聞かないし……、不思議だよね」

「──ねえ。それよりも、次の授業始まっちゃうよ。行こう」

 ちゃらちゃらした男子たちから逃れるようにして、琴子は急いでその場から離れた。

 と、そのとき。先ほど叱られていた男子生徒──東堂真人まことと、琴子の視線がまじりあう。

 視線は一瞬だけかちりと音を立てるように絡まったのだけれど、やがてふたりが別々の方向に歩き出したので、誰にも気付かれることはなかった。

(来る)

 琴子は、耳を澄ませていた。

 自宅である。今どきめずらしい、木造建築の安アパートだ。畳六畳の部屋がふたつ。トイレとお風呂が別なことが唯一自慢の雨宮家。

 母子家庭に生まれ育った琴子は、物心ついたときからずっとこのアパートで暮らしてきた。今にも崩れ落ちそうな砂壁は、隣室の音が漏れ聞こえてきてしまいそうなほど簡素な造りだが、幸いなことに古すぎるためか居住者が少なく、今は両隣とも空き部屋だった。

 そんな古い自宅の台所で、包丁をかまえながら琴子は目を閉じる。

(さん……にー……いち……)

 ばあん!

「コト、助けて! 宿題出されたぁーっ……って、ぎゃー!」

 飛び込んできた東堂真人が、琴子を見て、悲鳴をあげた。

「なんで包丁持ってんだよー!」

「護身用だよ、マコちゃん」

「なんの護身用!」

「マコちゃんから身を守るための」

「物騒だ! 俺がコトになにをするって言うんだー!」

 情けない声で叫ぶ真人を横目に、琴子はそれまでしていた作業に戻る。すなわち、いため物に入れるにんにくを刻む作業だ。

「マコちゃん、靴。そろえる」

「へーい」

 唇をとがらせながら、しぶしぶと玄関で脱ぎ捨てた靴をそろえるのは、まぎれもなく英語の問題がとけなかったからローマ字で名前を書いたと豪語していたあの男子だった。

 靴をそろえた彼はそのまま琴子の足元に、大型犬のようにお座りをして待機している。

「なに作ってるの?」

「鶏肉とエリンギのにんにくバター炒め」

「にんにくぅー?」

 いかにも不服そうな声を出して、真人は琴子のエプロンを引っ張った。

「嫌だー、にんにくなんて食ったらチューとかできないじゃん」

「そう、そのためのにんにくです」

 そしてだからこそ、護身用の包丁なのである。

「あっ、そうだ!」

 それまで座っていた真人はすっと立ち上がり、満面の笑みで琴子へと向き直った。

「コト、前期試験十三番だったね。すごいじゃん、おめでとー! お祝いにケーキ買ってきたから、一緒に食おー!」

 花が咲いたような笑顔を前に、琴子はただ、力の抜けた返事を返すことしかできなかった。ゆるゆるとした手つきでケーキの入った小箱を受け取り、うなだれる。

「……ありがとう。マコちゃんは、もうちょっと英語頑張ろうね……」


 雨宮琴子と東堂真人は、三か月違いで生まれた幼なじみである。

 シングルマザーとしてお腹の中に琴子を宿した彼女の母親は、越してきたアパートの近所にある裕福そうな家から、夫に支えられながら幸せそうに乳飲み子──真人を抱きかかえて出てきた東堂夫人を見て、ぼんやりと思った。

「うちの子も将来あんな金持ちにするために、あの子から名前をちょうだいしよう」

 当時キャバクラ勤めだった琴子の母親は、けばけばしい見た目とは対照的な誠実な態度で、近所の公園を散歩していた真人の母親に接近し、親しくなった。そして子どもの名前を聞き出すことに成功する。

「まあ、真人くんとおっしゃるの? 素敵なお名前! うちの子は女の子だって言われているから、真人くんからもじって『コトコ』にします。うふふ」

 これを聞いた東堂夫人が、背筋にうすら寒いものを感じたのは言うまでもない。


「ごちそーさま! はー、うまかった」

 にんにくたっぷりの鶏肉とエリンギのバター炒めと焼き、ごはんとサラダとみそ汁と漬け物、ついでに自分が買ってきたケーキをぺろりとたいらげた真人は、ぽんぽんとおなかを押さえてその場に横になった。

「あれ、そういやおばちゃんは?」

「今日は同伴出勤なんだって。私が帰ってきたときにはもういなかった」

 てきぱきと食器を流し場へと運ぶと、それまで横たわっていた真人が飛び起き、一緒になって食器を運び始めた。琴子が食器を洗っている間も、犬のように周りをうろうろする。

 その様子に、琴子はひとりで小さく笑った。

 こういう態度は、嫌いじゃない。むしろ、好きだと思う。今日だって彼は琴子のテストの結果を見て、わざわざケーキを買ってきてくれたのだ。男子高校生にしては気遣いができるほうだと思う──だが、しかし。

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