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人狼ゲーム

川上亮

第一章 十人 (2)

「文字通り相手の命を奪う、という意味じゃない?」

「ありがち」

 金髪の、パンクロックっぽい服装の少女がうんざりしたように言った。強がってはいるが、声がかすかに震えている。

 だれもが本能的に理解しているのだ。

 声の主は、冗談を言っているわけではない。

 これは悪質ないたずらなどではない。

 とはいえ、そんなことが可能なのだろうか。殺しあいのゲームをしろ、と言われて素直に従う者がどこにいるだろう?

 誘拐犯たちにそんな強制力があるとはとても思えない。

 連中は銃かなにかを持っているのだろうか。あの扉の向こう側には武器を持った大人が何人も待ち構えているのだろうか。

 またスピーカーが雑音を響かせる。続けて女性の声が流れてくる。

『住人の皆さんには毎日二十時に、いまと同じ席で投票を行っていただきます。それぞれ自分が人狼だと思う相手を指さしてください。当然、人狼は自分の正体を隠した上で投票に加わります』

 スピーカーの向かい側の壁には円形の時計が掛かっていた。現在の時刻は午後六時。声の主が話すゲームが本当に行われるのだとしたら、あと二時間で最初の投票が行われることになる。

『この投票で最も多くの票を集めた参加者はるされます』

「吊るされる?」

 金髪の少女が繰りかえした。

『吊るされた者は命を失います。くわしくは実際の現場をご覧ください』

 スピーカーの声は一切の感情を交えずに話している。それが特別な装置の効果によるものなのか、それとも話している者の性格によるものなのかはわからない。

「命を……ほんとに……」

 制服を着たおかっぱ頭の少女がぼう然とつぶやく。

 スピーカーからの声は続いている。

『最多得票の参加者が複数いた場合は、それ以外の参加者だけで決選投票を行ってください。決選投票でも票が割れた場合は、その夜はだれも吊るされません』

 それならずっと票が割れるように投票しつづければいい──愛梨はそう思った。

『深夜零時から翌朝六時までは自分に割り当てられた部屋にいてください。ただし人狼は零時から二時までの間に部屋を出て、村人の中から一人を選んで殺害してください』

 吐き気がした。声の主はこの場の少年少女たちに──スピーカーの声いわく「住人たち」に──殺しあいをしろと命じている。

 そんなこと、できるわけがない。

「調子に乗りやがって」

 金髪の少女の左隣、それまで黙っていた坊主頭の少年がうなるように言った。大柄で目つきが鋭く、眉が薄い。いかにも凶暴そうな雰囲気を漂わせている。

 だがスピーカーの向こう側の人物は意に介さない。ただ決められた原稿を読みあげているだけなのかもしれない。

『二十時に全員で一人を吊り、夜中に人狼が一人を殺害する。これを生き残った住人が人狼だけ、もしくは村人だけになるまで繰りかえしてください。最後まで生き残った側全員の勝利です。勝利した側には合計一億円が支払われます』

 明らかに場の空気が変化した。ごくりと生唾を飲みこむ音が聞こえたような気がする。

「あの、すみません」

 制服姿の、小太りの少年が手を挙げて言った。

「自分が人狼なのか村人なのか、というのは」

『それぞれ自分の椅子の裏側を見てください。そこに封筒が貼られており、中には皆さんの正体が書かれたカードが入っています。カードは他人に見せても、他人のものを見てもいけません』

 住人たちがそれぞれ身を折り曲げ、あるいは手を椅子の下側へ差しこみ、あるいは席を立ってしゃがみこみ、座面の裏側から封筒をはがした。中身を抜き取って確認する。首をかしげたり、そのまま封筒の中へ戻したり、あるいは食い入るように見つめたりと、反応はさまざまだ。

 多田友広もカードを自分の顔の前にかかげていた。それを迷わず折り曲げ、ズボンのポケットにねじこむ。

『カードには皆さんの部屋番号も書かれています』

 愛梨はためらいつつも、椅子の裏側を手でさぐった。すぐに封筒とテープの手応えを感じた。指先で端をつまみ、がして胸の前まで持ってくる。

 中のカードを抜き取り、思い切って見てみた。

 麦わら帽子をかぶり、くわを持った人物のシルエットが描かれていた。村人ということだろう。その下には201という数字が示されている。こちらは部屋番号と見てまず間違いない。

 スピーカーがまた声を発する。

『村人の中には一人だけ、予言者の能力を持った者が含まれています。このカードを引いた住人は毎晩、ほかの参加者一人の正体を知ることができます。方法はカードの内容を参照してください』

「そんなの……そいつだけ有利じゃないか」

 凝った眼鏡の少年が口をとがらせる。

「だれが人狼なのかわかる、ということだろ?」

「有利だけど」

 金髪の少女が髪を指に巻きつけながら言う。

「そのぶん狙われちゃうんじゃない? 人狼に」

「いま文句をつけたってことは」

 坊主頭の少年が凝った眼鏡の少年を見つめる。

「おまえは、予言者ではねえってことだ」

「わからないぞ」

 多田友広が言った。

「自分が予言者だってことを隠すために、あえて文句を言ったのかも」

「ノーコメント」

 凝った眼鏡の少年が肩をすくめる。

 愛梨はこの場の、会話の流れについていけない。彼らはすでにゲームを理解し、そしてゲームを始めているようだ。

 なぜそんなことが可能なのか。

 なぜこうも無茶苦茶な状況を、そうも簡単に受け入れられてしまうのか。

 愛梨が口を開こうとした、そのとき──

「いいかげんにして!」

 甲高い声で叫び、猪瀬尚子が立ちあがった。

 

 正直、一億という額には心かれた。

 あの日──三ヵか月前のあの日、猪瀬尚子は自宅の洗面所で歯を磨いていた。口をゆすぎ、自室へ引きあげようとしたところ、書斎から漏れてくる明かりが目にとまった。

 そちらへ行き、扉を開けると、父が机に向かっていた。表計算ソフトだか会計ソフトだかにデータを打ちこんでいる。父は工場向け機械の卸売業を営んでいるが、最近は赤字が続いているらしい。

「まだやってたんだ」

「ああ。まあ、きりのいいところまでな」

「寝たら?」

「おまえが先に寝なさい」

「あたしは遊んでるだけだし。もう寝るし」

「おやすみ」

 それが父との、最後の会話になった。

 発見者は尚子だった。

 翌朝、起きて洗面所へ向かっているときに、書斎の明かりがいていることに気づいたのだ。

 まさか徹夜したの? それとも五十歳にもなって寝落ち? ただの消し忘れならいいけど──尚子はそんなことを考えながら書斎の扉を開けた。

 父がぶら下がっていた。

 なぜかすぐに理解できた。ドアを半分開ける頃にはもう予感があったような気がする。

 とっさに、部屋に背を向けてうずくまった。

 ぎゅっと目をつむった。だが直前に見た光景がまぶたの裏に焼けつき、決して離れてくれない。

 一瞬、ただ一瞬、目にしただけだというのに。

 父はカーテンレールにネクタイを結びつけていた。レースのカーテン越しの淡い光が父の輪郭をぼんやりと浮かびあがらせていた。

 尚子は母を呼んだ。かすれた声になった。そのためなかなか気づいてもらえなかった。

 ようやく母が通りかかり、娘の異変に気づき、書斎の中をのぞきこんだ。獣のような悲鳴をあげ、娘以上に取り乱した。

 二階から弟が降りてきて、家中が大騒ぎになった。

 けっきょく尚子が自分で119番に電話した。こんなときは警察だろうか、救急だろうか、と迷ったことを覚えている。

 父は救急隊員によって病院へ運ばれていった。

 結論から言うと、父は一命を取りとめた。だがいまだに意識は戻っていない。戻っても障害が残る可能性が高いという話だ。

 あとで父の部下から聞いた話によると、父の会社の負債は相当、大きくふくらんでいたらしい。その前の週、とうとう最後の頼みの綱だった銀行からも融資を断られたらしい。

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