話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

人狼ゲーム

川上亮

第一章 十人 (1)

 

 

 

 首筋に刺すような痛みを覚え、愛梨は目覚めた。

 尻の下と背中に硬い感触があった。どうやら椅子に座ったまま眠りこんでいたらしい。いまは深く頭を垂れ、顎と胸をくっつけたような状態だ。

 混乱した。ここは教室だろうか。授業中に寝てしまったのだろうか。

 だが周囲からは教師の声も、クラスメイトたちの雑談の声も聞こえてこない。

 真新しい木の匂いが、かすかにこうをくすぐった。

 少しずつ意識がはっきりとしてくる。

 頭をゆっくりと起こしていった。首のうしろ側が痛い。かなり長い間、同じ姿勢で意識を失っていたらしい。

 喉もとに違和感があった。指先でそっとなぞると、硬くて冷たい感触があった。幅二センチ、厚み一センチほどの金属が首にぐるりと巻かれている。いくつか継ぎ目やおうとつはあるようだが、当然のことながら直接、見ることはできない。

「なに……?」

 気味が悪い。こんな硬いネックレスをつけた覚えなどない。そもそも愛梨は装飾品の類いをほとんど持っていないのだ。

 両手で輪のあらゆる部分に触れてみる。だが外れる気配はまるでない。着脱のためのフックなどもついていない。

 混乱が加速する。

 助けを求め、あらためて周囲を見まわしてみた。

 眼鏡はちゃんとかけている。おかげで物の輪郭をはっきりと見分けられる。

 かなり広く、天井の高い空間だ。直径は十五メートルほどだろうか。きれいな円形をしており、濃い赤色のカーテンが天井から床までを覆っている。その向こう側は窓になっているようだ。

 どうやら本来は食堂として使われる部屋らしく、一方の側には長いカウンターがあり、そのさらに先には銀色のちゅうぼう機器が並んでいた。愛梨の前には長方形のテーブルがいくつか置かれている。どうやら部屋の中心を囲むように、円を作るように配置されているらしい。それらをさらに十脚ほどの椅子が取り囲んでいる。

 いずれの椅子にも愛梨と同年代の男女の姿があった。

 彼らは一様に驚きと不安が入り交じったような表情を浮かべている。何人かは愛梨と同じように座り、何人かは腰を浮かせ、何人かは完全に立ちあがっている。おそるおそる首輪に触れている者、首輪と首の間に指を入れて必死に外そうとしている者なども目についた。愛梨のはすかいに座ったおかっぱの少女は握りしめた拳で自分の胸をゆっくりとたたいている。速くなった鼓動を落ちつけようとしているのかもしれない。

「なんだよこれ……」

 隣で茶髪の少年がつぶやいた。かなり小柄だ。

 そこで気づいた。この中には見知った顔がいくつかある。

 二つ右の席はサッカー部のともひろだ。一年のとき同じクラスだったので覚えている。背が高く筋肉質で、運動部に所属している割には肌が白い。黙々と部活に励んでいる印象で、あまり周囲の人間と話すタイプではなかったような気がする。

 その三つ隣、愛梨から見て真向かいの席には現在の同級生、いのなおが座っていた。長い黒髪の美人で、クラスの中では「まじめな女子生徒グループの中心」といった立場だ。性格がきついので、どちらかというと愛梨は苦手なタイプだった。

 そのほかの男女──少年少女と言うべきか──にもどことなく見覚えがあった。やはり愛梨と同じほくせつ高校の生徒ということだろうか。きっとそうだろう。大半は私服姿だが、何人かは愛梨にも馴染み深い制服を身につけている。

 これは学校の行事かなにかなのだろうか。愛梨はその最中に気絶し、直前の記憶を失ってしまったのだろうか。たとえば頭を打つとか、妙なガスを吸うとか、そういった理由で。

 だとしたら、なぜ私服の生徒と制服の生徒が混在しているのか。服装は自由、という行事なのだろうか。それなら全員が私服で来そうなものだが。そもそも愛梨が覚えているかぎりでは、修学旅行もふくめ、学校行事はすべて制服着用という規則だったような気がする。

 愛梨は面識のある二人を見比べ、関係の薄さという点では似たようなものだと判断し、より席が近いほうに声をかけた。

「多田くん」

 彼は一瞬だけ眉をひそめたものの、すぐに思いだしてくれたようだ。

「仁科か」

「ここ、どこ?」

「こっちが訊きたい。なんか、気づいたらこんなところ──

 彼が言い終える前に、唐突に上から耳障りな音が降ってきた。金属同士をこすりあわせたような音だ。

『皆さんこんにちは』

 その場にいる全員が、いっせいに顔を上げた。

 声は壁の、天井付近に取りつけられたスピーカーから聞こえていた。話しているのは女性らしい。どこか不自然な響きだった。電子的な装置によって声質が変換されているのかもしれない。

『皆さんにはこれからじんろうゲームと呼ばれるゲームをプレイしていただきます。拒否権はありません。これは、特別な方々を楽しませるためのショーです。この場で起きるすべての出来事は撮影され、中継されています』

 愛梨は反射的に視線をめぐらせた。天井と壁との境目にいくつか、テレビカメラらしき機械が取りつけられている。

 誘拐、という言葉が脳裏に浮かんできた。

 そうだ、わたしたちは誘拐されたのだ。いまスピーカー越しに話している女性とその仲間に。

 バイト帰りの光景がよみがえった。路上で愛梨を追い越していった高級車。中から出てきた美しい女性。男性の腕。

 いま話しているのはあの女性だろうか。

 理解できなかった。愛梨を誘拐したところで大した身代金は得られない。父親はごくごく平凡なサラリーマン、母親はそれに輪をかけて平凡な主婦だ。愛梨のフルネームを知っていたところからすると、実家の経済状況も確認済みと考えられるが……。

 人狼ゲームと呼ばれるゲーム。

 特別な方々を楽しませるためのショー。

 スピーカーの声はそんなことを話していた。

 つまり……それが目的ということだろうか。愛梨たちをわけのわからないゲームに参加させること、ただそれだけが。

 そういえばテレビや映画、漫画などで見たことがある。無作為に集められた人々が理不尽な状況に放りこまれ、そこから必死で脱出するようなホラー作品。それほど好きなジャンルではないが、一部に愛好者がいることぐらいは知っている。

 まさにそういった状況なのだろうか。

 にわかには信じられない。

 まさか現実に起こるだなんて。自分自身が巻きこまれてしまうだなんて……。

 愛梨は多田友広のほうへ目をやった。彼も「信じられるか?」と問いたげな目で愛梨のほうを見ていた。

 ほかの面々も視線や言葉を交わしている。

うそでしょ……」

「冗談じゃねえぞ」

「馬鹿かよ」

「ゲームってなんだ?」

「どう思う?」

 茶髪の、ギャルっぽい雰囲気の少女が携帯の液晶画面を見下ろし、舌打ちした。それを見て何人かがあわてて自分のポケットに手を突っこんだ。携帯電話の存在を思いだし、電話で警察に助けを求められないか、と考えたらしい。

 愛梨もそれにならった。

 幸いにも携帯は上着のポケットに入っていた。地味な赤いカバーで覆われた型落ち品。危うく取り落としそうになりながら電源を入れるが、アンテナは一本も立っていない。

「圏外……」

 どうやらデータ通信もできないらしい。

 ほかの面々も「くそ」「つながらねえ」などと悪態をついている。

『ルールを説明いたします』

 再び女性の声が聞こえてきた。

 この声の主は明らかにこの場の反応をたしかめた上で話している。おそらくテレビカメラ越しにすべてを観察しているのだろう。

『この中には二人の人狼役がまぎれこんでいます。それ以外は村人役。両者をまとめて住人と呼びます。人狼側は正体を見破られずに村人を皆殺しにすれば勝利。村人側は人狼をいち早く見つけだし、やはり皆殺しにすれば勝利です』

「殺すってのは……?」

 茶髪の少年が落ちつきなく視線をさまよわせる。

 前髪の長い、凝ったデザインの眼鏡をかけた少年が皮肉っぽく笑う。

「人狼ゲーム」を読んでいる人はこの作品も読んでいます