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幼獣マメシバ 望郷篇

大月小夜

第一章 (3)

 潮風を感じた道から随分と離れ、だんだん民家が増えてきた。

 妙に重い荷物を背負ったままの二郎は、山野アオイと名乗った老婆の後ろをずっとついて回らされた。

 アオイは七十歳を過ぎているらしいが、その足取りは二郎と対照的にしっかりしたもので、一郎を抱えさっさと歩いていく。

 何処まで行くのか知らされていない今、このまま付いて行ってもキリがない、と二郎はこっそり荷物を道に置こうとした。

「何してる」

 しかしアオイが振り向き、その動作も止めるしかなかった。

「ここまで持ったでしょ。こんなに荷物背負わされたのは小学校の下校時にジャンケンで負けて以来、初」

「なんだ。いじめられっこだったのか」

「そうとも言う」

 実はジャンケンで勝っても持たされていたのだから、そうとしか言いようがないだろう。

 疲れていたので余計なことは言わないが、二郎は早くこの荷物を降ろしてしまいたかった。

 けれどアオイは代わってくれそうにない。

「もう少しだから頑張り」

「いや無理無理。これでも僕にしては頑張った方ですぜ」

「……降ろしてもいいが、貸し二だからね」

 バス停でのやりとりが一、荷物持ちを代わるのが二、というカウントらしい。

 しかしバス停でもこちらが助け船を求めたわけではないし、荷物は元々アオイの物だし、と二郎は釈然としない気持ちで言ってみる。

「ここまでで充分、返済済みだと思うが」

 老婆は聞こえていないのか、聞く気がないのか、無視したまま歩き続けるので二郎も仕方なく後を追う。

 そろそろしゃべるのもおっくうなのだが、背負い続けるのなら聞いておきたいことがあった。

「何が入ってますのこれ。家具か、あるいは電化製品か」

 荷物はそう思わせるくらいの重さがある。

 けれどアオイは「薬草」と短く答えるだけだった。

 二郎は多めにまばたきしてからうかがうように尋ねる。

「薬草って、草だよね。草が何でこんな重いの」

 家具と間違えるほどの重さの草ってどんな? と荷物を見ようにも、背負っているのだから見ることも出来ない。老婆は淡々と進み続ける。

「特別な草だ。何でも治る」

「薬草なんてね、普通物語序盤に出てきてHPヒットポイント三〇くらいしか回復せんのだよ。むしろこれ、回復するどころか僕のHPっていうかLPライフポイント削ってるけどね、うん」

「何を言っているかわからん」

「老婆にゲームの話は難易度が高かったか。草ごときに僕がほんろうされていると思うと、途端に萎えてきた。やはりここはチェンジで」

「この子、名前は」

 アオイは二郎のぼやきを華麗にスルーして、抱えていた小さな獣を見ていた。

「一郎、ちなみに僕は二郎」

「いい子だ」

 その目は優しいが、二郎にはなんとなく、『飼い主と違って文句を言わない』と言っているように見えた。

 確かに一郎は無暗にんだり吠えたりせず、他の犬とも仲良く出来る良い子で、人間社会に適応するべく、躾も行き届いている。

 けれど二郎の実家からアパートへと引っ越した時にはその躾も忘れてしまい、トイレも上手く出来ないインモラル犬になりかけたり、留守番が出来なくなるなど、数々の問題行動もあったのだ。

 それを解決したのは二郎の飼い主としての努力──と支えてくれた周囲の人のおかげなのだが、その辺も含めて評価して欲しいと、二郎はこっそり思う。

 端的に言えば今の一郎だけを見て、一郎のみが褒められるのが面白くないのだ。

 実に大人気ないことだが。

 二郎が密かにむくれながら歩いていると選挙の掲示板が見えて来た。

 貼られているポスターは二枚だけで、一枚からは押しつけがましいほどのやる気が伝わってくる。その一枚の前でアオイはじっとポスターをにらむように立ち止まった。

 候補者の名前は『せんどうさぶろう』。

 年齢は四、五十ほどで、『いつ変わるの? 今こそ!』と何かをパクッたようなフレーズが書いてある。先ほどバスの運転手が言っていたのは彼の事だろう。

「お、ヒーロー見参」

 二郎が軽く言うと、アオイは「けっ」と嫌そうに返した。

「ヒーローなもんか」

「アンチだね随分。ならこっちの人派なの?」

 言いながら貼られているもう一枚の方を見る。

みどりかわやす』と名前があるこちらは七十代くらいだろうか。『やれることだけ、やります』と、控えめでどことなく後ろ向きなキャッチコピーが付いていた。

「こっちは正直者ではありそうだけど。あっちの喜三郎さんとやらの方がやってくれそうだと思うよ。あくまで通りすがりの者としての意見だが」

「何でもやりゃいいってもんじゃない」

 アオイはそう言い、二郎の背負っている荷物に手を伸ばす。二郎の方がやや背が高いため、アオイは背伸びをするという取りづらそうな姿勢になった。

 二郎としてもさっさと取って欲しいので「なんぞ、なんぞ?」と体を傾けるくらいの協力はする。傾けた事で足に負担がかかり「ふぬぅ」と謎の悲鳴を上げる事態になったが、どうにか堪え切るとアオイが二十センチほどの小さな地蔵を取り出した。

「あ、何が薬草だ。そんなの入れといて」

 二郎の抗議を聞き流すようにアオイは地蔵を掲示板の下に設置し、拝みながら言う。

「そんなのとは失礼な。これでも土地の境目や道の辻に置くための守り神なんだ。どうじんって言葉を知らんのか」

 けれど信仰心のない二郎は拝む気になれず、「へぇへぇ」と適当にあしらってズボンのポケットから携帯を取り出し、時間を見た。

 かれこれ二時間ほど石の塊を背負って歩いていたらしい。

 しかもまだ背中の荷物が重いあたり、地蔵はこれだけで終わらないようだ。

「こんな物を置いて回るわけ?」

 うへぇ、とため息交じりに聞くとアオイは答えずにスタスタ歩き出した。設置の有無はとにかく、荷物はまだ背負って行かねばならないらしい。

「そろそろこの重い十字架を下ろしたいんだが」

 助けてべーちゃん、と開いたままの携帯をもう一度見るとやっぱり圏外のままだった。


 文句を垂れながらも、さらに三十分ほど歩き続けると神社が見えて来た。

 鳥居を潜り、入った境内は周囲を木々に囲まれ日陰になっていた。おかげで今までの道に比べるとかなり涼しい。

「回復ポイントキタコレ」

「またわけわからんことを。ほら、降ろし」

「喜んで」

 二郎が荷物を降ろすと、アオイが中身を広げた。

 地蔵、地蔵、薬草、地蔵、薬草、地蔵、地蔵、薬草──

「いや、ちょ、地蔵多くね? なにこれいじめ?」

「ただの地蔵と侮るなかれ。薬草の収納と保管も出来るすぐれもんだ」

 アオイが地蔵の首をずらして開けて見せる。地蔵の体の中は空洞になっていて、そこに薬草が一束入っていた。どうやらセット売りらしい。

「守り神にその機能はいらんでしょ」

「つべこべ言わない。売れ残ったらまた背負ってもらうからね」

「おっふ。この僕の重き十字架を他人に背負わせねばならぬとは」

ぜんやる気が出るだろう?」

「まぁね」

 あの荷物をまた自分が持つぐらいなら、他人に分散して持って帰って頂きたい。

 二郎は自分にとても素直だった。

「で、老婆よ。この墨汁で煮しめて干したようなホウレン草もどきでいくらとるのかね?」

 並べられた薬草を摘んで尋ねると、アオイは答える代りに『薬草一束二千円』と書かれた段ボールの札を出した。

「高っ。暴利、いや、これはもはや暴力。見た目、適正価格五〇円がいいとこでは」

「バカにすんじゃないよ。昔は一万でも客が並んだもんだ」

「好きだね昔話。老婆だから致し方ないが。ちなみに地蔵はいくらで?」

 アオイがさらに二枚の札を出す。

『地蔵一体三千円』

『薬草+地蔵 セットでお得な四千円』

 二郎はしばし考える。

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