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幼獣マメシバ 望郷篇

大月小夜

財部陽介からの手紙 / 第一章 (1)


   拝啓 芝二郎様

   二郎ちゃんへ


 拝啓なんて書き出しで始めると堅苦しくなりそうなのでやめました(笑)。

 二郎ちゃん、お元気ですか。ちゃんとうまい棒以外のもの食べてる? サラダ味はサラダ味であって、サラダじゃないからね。野菜、食べるんだよ。

 思えば二郎ちゃんとこんなに離れたことってなかったね。

 二郎ちゃんが三十五歳の時までは、家に行けばだいたい二郎ちゃんはいたし。もしいなくても家から半径三キロ圏内の活動だったからね。

 その引きこもってた二郎ちゃんの所に、まだ仔犬だった一郎が来て。

 おばさんの陰謀もあって、踏切や県道を渡れるようになって、とうとう国外──アルゼンチンだっけ? まで行ったんだよね。そう考えると俺が二郎ちゃんと物理的に一番離れたのはこの時かな。

 なんたって二郎ちゃんの家から半径二万キロだからね。

 でも帰ってきた二郎ちゃんは、その後また引きこもっちゃって。

 三十七歳の時に、またおばさんが新しくルールを作ったんだよね。仕送りは一日千円。しかもお手伝いしないと振込なし! いや~、あれには思わず笑ったよ。

 あの時は容赦なく、電気や水道も止められたんだよね。それで結局犬たちの里親探し用の動画を撮る手伝い──いつのまにか二郎ちゃんが監督って呼ばれてたりしてね。引きとられていった犬たち、今ももらわれた家で元気にしてるかな。

 前から思ってたんだけど、二郎ちゃんって何気に動画編集するの好きでしょ?

 この後けっこうな数の一郎の動画をネットにアップして、しばらく広告料で稼いでたもんね。あれ結局いくらになったんだっけ? 百万くらい?

 三十八歳の時には、二郎ちゃんに精神的&物理的な自立を促すためにって、おばさん、家を売ったんだよね。……売ったお金でメキシコにタコス屋開いたって聞いた時は、もう行動力すご過ぎて、よくわからなくなってきたけど。

 そんなわけで二郎ちゃんはアパートでの一人暮らしをするようになった。

 しかもペットショップでバイトも始めてさ。

 でも今度はその環境の変化に一郎がついていけなかった。出来てたしつけ、全部忘れちゃって。

 また教えていくの、大変だったね。

 でも二郎ちゃんはちゃんと頑張って、全部解決した。俺もパシリに使われたりしたけど、転勤前のサービスってことでいいや。

 なんだかんだで二郎ちゃんはちゃんと一郎の飼い主してたと、俺は思う。

 まあ、そこで少し頑張りすぎたのかな? あるいは積もり積もるものでもあったのか。

 二郎ちゃん、四十になって初めて家出したんだって? 一人暮らしなのに!

 風の噂でそんな話を聞いた時は、なんか二郎ちゃんらしいなって思ってちょっとうれしくなった。でも泊まるとこないからって、占有屋の手伝いしてたってのには驚いたよ。

 あれって競売物件とかに居座って、立ち退き料を請求したりするんでしょ? 二郎ちゃんはけんとかしたことなさそうだから、あんまり危なそうな人と関わるのは心配だよ。大丈夫だった? ……二郎ちゃんの事だから大丈夫だったんだろうなぁ。

 もしかして占有先に女の子が引きこもってて、それを二郎ちゃんが昔の自分を思い出しながら引っ張り出す──みたいなドラマとかもあったりしたのかな?

 俺の方は相変わらず郵便配達の毎日で、島の生活にも慣れてきたよ。もうこの島に来て二年──二郎ちゃんと離れてそんだけの時間が過ぎたわけだ。月日が経つのは早いもんだね。

 そうそう同封した写真の犬、覚えてる? 一郎にそっくりだけど、二郎ちゃんなら違うのわかるよね。一郎の弟の三郎。

 こっちに来てから、一人じゃ寂しいだろうって良男おじさんから貰い受けたんだ。

 犬の扱いは二郎ちゃんを見ていたし、一郎もいたから慣れていると思ったけど、これがなかなか難しいや。今度ゆっくり二郎ちゃんに犬との生活について教えてもらいたいな。


追伸


 四十歳はわくって言うらしいよ。

 迷わずに済む年齢になった二郎ちゃんに会ってみたいです。

 変わってないと思うけど(笑)。


財部陽介より 





 澄んだ青空。

 ジリジリと照り付ける強い日差しによって焦がされた道は、きっと容赦なく熱いのだろう。それこそ犬の肉球には優しくないほどに。

 しばろうは、柴犬の一郎を入れたかばんを抱え、バスに乗っていた。

 あわよくばクーラーを……と期待したバスは、おんぼろで空調がまったくきいておらず、窓を全開にして風を取り入れつつ、どこどこと揺れながら田舎道を走っている。

 潮風のせいか、あるいはこのくじらつゆしまの気候によるものか、湿度が低いのがせめてもの救いだ。

 真夏と言っても差し支えなくなった今、二郎と一郎は〝旅〟をしている。

 初夏の頃にしたのは〝家出〟だった。

 同じ家から出るという行為のはずなのに、ニュアンスがまったく変わるから言葉というのは不思議だ。〝家出〟と言うとネガティブな感じがするのに、〝旅〟と言うとポジティブさが出る。

 もっとも、二郎がわくわくしながら旅をしているかというと、これもまた違った。

 二郎は、いつも策略を巡らせてくる母の裏の裏をかくために旅に出たのだ。

 まさか家出して帰った直後に旅に出るとは思うまい。それがきっかけであり、この島を選んだのは久しく会っていない親戚、財部陽介からの手紙があったからだ。

 道中何度も読み返したそれを、二郎はかばんにしまうべくファスナーを少しだけ開ける。

 ペットを入れても大丈夫なように作られたこの鞄は普通のものより通気性がいい。

 それでもやはり外の様子が気になっていたのだろう、開けた鞄の隙間から勢いよく、黒くれた鼻が飛び出した。

 ピスピスと周囲の匂いを拾い、自力で出てこようとしているのか、ぐいぐいと顔を押し出すようにしてファスナーの隙間を広げていく。

 成長してもなお仔犬のように小さい口、周囲に興味津々な丸い目。ぴんっと立った茶色い耳に続いて、鞄から顔だけ出した一郎は、満足そうにそれ以上出ようとはしなかった。

 そのままきょろきょろと辺りを見渡して、ひくひくと鼻を動かし、ピコピコと耳をあちこちに向ける。ここが自分のテリトリーではないとわかっているのだろう。

 二郎は曲がってしまっている一郎の赤いバンダナを直しながら、「長旅ご苦労」と情報収集に勤しむ柴犬を労った。

 そして一郎が頑張って作った隙間を容易く広げ、手紙を仕舞う。代わりに携帯電話を取り出して、手紙の送り主である『べーちゃん』にコールした。

 断続的に電子音が聞こえるが、一向につながらない。

 その音すら聞こえなくなったので画面を見ると『圏外』の文字が。

「なんとまあ、恐るべき田舎っぷり」

 諦めて携帯も仕舞い、座席に深く沈み込む。

 陽介から手紙が一通送られて来た以外、しばらく連絡らしい連絡を取り合っていなかった。

 当然、この島に二郎たちが来ていることすら伝えていない。

「これはもうサプライズと開き直るしかありませんな」

 幸い住所は手紙にあったのでわかっている。

 道案内と荷物持ちがてら迎えに来てもらえないのは非常に残念だが、致し方なし。

「いざ奇襲といきますか」

 バスが止まり、二一〇円を払って降りる。

 降りた所も、別段何があるというわけでもない田舎道だった。

 目印になるような特徴的な物はなく、畑が広がり、民家が点々とあるだけだ。

 強いて特筆するなら行商中の老婆がいることぐらいだろう。

 老婆は大きな風呂敷包みを置いてじっとガンを飛ばしてくる。

 もちろん二郎は話しかけることなく通り過ぎた。経験上、こういうよくわからない人物に話しかけるとロクでもない何かが始まってしまうのをよく知っているからだ。

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