話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

JOKER GAME ESCAPE

山咲藍

♠第一章♠ (2)

 毎朝、食堂に向かう廊下で同じ思いを嚙みしめる。戻りたい、と。

「真希」

 聞き覚えのある声に視線を戻すと、こちらに向かって歩いてくる人影があった。

 島本紀子。すらっと伸びた背筋にモデルのようなスタイルは、班の誰より大人に見えた。理恵と同じく自分のことをあまり話さず、やすくたずね難い雰囲気がよりクールな印象に見せている。

 だが、

「うげっ」

 沙織が朝から嫌なものを見たというようにうめいた。視線は紀子の首元へ。紀子の首筋には大きく走る傷痕がある。ボタンひとつ外しただけ、襟元から覗く肌は痛々しく引きつり、深くえぐれた傷だと分かる。

 真希はつとめて表情を変えないように「おはよう」と言うと、紀子はふっと微笑ほほえんだ。

 いつまでも見つめ合っているわけにもいかず、七人そろって食堂に入る。

 入り口に立つ教官の前で点呼を取り、カウンターに出来ている配膳の列に並ぶ。

「あ、おおしま教官」

 誰がつぶやいたのか、カウンターの先に一つの人影を見つけた。

 ここにいる高校生より一回りほど年上の女性教官で──真希たちの班の担当教官だった。化粧も薄く一見親しみやすい美人だが、笑顔を向けられるとなぜか背筋に冷たい氷を当てられたような気分になる。

 正直朝から見たい顔じゃない……。

「おはようございます」

 全員が条件反射で「おはようございます」と返す。

「全員よく眠れましたか?」

「はい。ありがとうございます。大島教官はどうでしたか」

 代表で明日香が答えた。

「ありがとう明日香さん。私もよく眠れました。皆さん、今日はあなた方に大切なお仕事があります。そのためにもしっかりと食べてくださいね」

 そう笑顔で告げると大島教官は食堂から出て行った。


 配膳されたトレイを持って空いているテーブルを探す。

 長テーブルの隅に空席を見つけて全員で腰を下ろした。

「さっきの大島教官、なんだろうね」

 口火を切ったのはちひろだ。本人の不安がつい口をついてこぼれてしまったのだろうが、周りもそれに乗って続ける。明日香が言った。

「大切な仕事って言っていましたよね」

 去り際の大島教官の笑顔が真希たちの心に漠然とした不安を広げる。

「ねぇ、リエっちー。今日も牛乳もらっていい?」

 口数が少なくなったところに、場違いなほど明るい声で知巳が手を伸ばした。

「……どうぞ」

 あきれたようにため息をついた理恵が出された手に自身の牛乳を差し出す。わぁっと歓声を上げる知巳の表情は待っていましたといわんばかりだ。

 真希の隣で知巳の姿を眺めていたちひろにも、つられたように笑顔が伝染する。

「トモミちゃん。わたしのもいいよ」

「やった! サンキュー、ヒロっち」

 ぐびぐびと牛乳ビンを傾ける知巳は実に幸せそうだった。

「ったく、あんたは空気読まないわねェ」

「でもさーサオリっち、教官もしっかり食べろって言ってたよ。それに矯正施設ってどんな所かと思ったけど、奉仕活動以外は規則が厳しいってだけの普通の学校じゃん。ちゃんと授業まで受けさせられるしー」

「まァそうね。どうせなら面倒なガッコの真似事はやんなくてもよかったのに」

「わたしは……、マキちゃんたちと一緒に生活できるのうれしいな……」

「あーアタシはそれもパス!」

 沙織はケラケラと笑って言う。

 紀子は一人真剣な顔をしていた。

「どうしたの紀子?」

「……なにか変」

 一人会話に加わらない紀子に真希が声をかけると、なにかを考え込んでいるようだった。

 声から真剣さを感じ取ったのか、沙織たちも話をやめて紀子の声に耳を傾ける。

「だって、ワタシたちは、あの『ババヌキ』で負けたのよ」

 紀子の左手が首筋をなぞった。

 一同はその言葉で思い出す。自分たちの──『ババヌキ』を。

 最初はゲームだと言われた。


 文科省推薦、教育プログラム──『ババヌキ』

 義務教育延長法によって「人間力」を高めるために導入されたテストで、全国の高校生の中からランダムに対象クラスが選ばれる。

 テストに選出されたクラスは隔離され、生徒同士でゲームを戦わされた。ゲームの敗者は「更生」の名目で、矯正施設へと連れて行かれた。

 恐怖にまれて脱走した者には死が。ゲームを放棄した者には死が。

 戦うしか選択肢はない。昨日まで「友達だよ」と言っていた口から、裏切りの言葉が吐き出される。

 だまし、裏切り、奪い、奪われ、蹴落とし合うゲーム。


 それが真希たち七人の、いや、この施設にいる全員の等しく通った道だった。

「イヤッ!」

 唐突に短い悲鳴が上がる。ちひろが頭を抱えて震えていた。

 とっさに真希が肩を抱き寄せて落ち着かせる。

 それを笑うものは誰もいなかった。

「大丈夫だよちひろ。落ち着いて」

「っ。マキちゃん……」

 背中をさすると徐々に震えが収まってきた。周りで食事をしていた生徒が何事かと注目してくるが、明日香が事情を説明するとすぐに興味をなくしたように戻っていった。

「でもほらっ! あたしなんて焼肉おごるから負けてって言われてまんまとやられたの!」

 知巳がいかにも間抜けっぽく聞こえるように声を張り上げた。

「知巳さん。自分が負けた理由は言っては駄目な決まりよ!」

「今のであんたがマヌケだってことは証明されたわねェ」

「そんなー、アスカっちもサオリっちもひどいよー」

 テーブルにようやく小さな笑いが広がった。


 悲鳴に驚いた生徒がそれぞれの食事に戻っても、七人が一喜一憂するテーブルを遠くから眺める視線があった。彼女たちが食事を続ける間休みなく送られる視線。

 もし視線に真希たちが気がついたならこう思っただろう。

 ──背筋に冷たい氷を当てられたようだ。


    *    *    *


 部屋に戻った七人は思い思いに過ごしていた。

 いつもならそろそろ奉仕活動に出る時間だが、今日は担当の大島教官から何の指示もなく、いまだに活動の内容も集合場所も知らされていない。大方、食堂で言っていた「大切な仕事」のために予定が変わったのだろう。

 真希はちひろと一緒にベッドに座って、髪を結んであげていた。

 肩まである栗毛色の髪をくしで丁寧にすいていく。ちひろの髪はふわふわだ。

 食堂に出かける前にある程度の身支度は済ませたものの、せっかく時間があるのだからお風呂上がりにするみたいにゆっくりと時間をかける。

「マキちゃん」

「ん~」

 髪ゴムをくわえていて、鼻からぬけた返事が出た。

 話しやすいように一度手首にゴムを通して、なになにと促す。

「今日の仕事ってなにをやるんだろうね」

 どうやらちひろはまだ食堂でのことを引きずっているらしい。

 今度は答えに困って、んーと声が鼻からぬける。仕事の内容を知らない真希がどう言ってもちひろを安心させてあげられる答えにはならない。

「ちひろ」

 髪をすいているおかげで顔が見えないのをいいことに、真希が眉を寄せてあれこれ考えていると紀子がベッドに近づいてきた。

「その、さっきはごめんなさい。ワタシのせいでイヤなこと思い出させちゃって」

「JOKER GAME ESCAPE」を読んでいる人はこの作品も読んでいます