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JOKER GAME

矢口武

♠1 私たちは歩いていた♠ (2)

 千夏たちの背後から声がした。

 振り向かなくても、声の主はわかる。神田グループだ。

 嫌々振り向くと、神田たちは全員、小馬鹿にするようににやにやと笑っている。その後ろに荷物にうもれた横山の姿が見えて、千夏はちょっと気分が悪くなった。

「あ、俺たちのことは気にすんなよ。もっとママに甘えていていいんだぜ?」

「あんたら、うるさいよ」

 意外なことに、神田たち相手でも美奈子はものじしなかった。とげのある声と共に、彼らの前に立ちふさがる。

「おー、こえーこえー」

「ママ、ごめーんねー」

 当てこすりに笑いあうと、神田は横山の頭をたたくのだった。

「おい横山、ママに言い返せよ。おい」

「え? うん……あ、あはは」

「なんだよ、それ!」

「ちょっと! 横山くん、かわいそうじゃない」

「えっ、かわいそう? じゃれあってんだよ、俺たち。なあ?」

「え、あ、うん」

 神田に肩を組まれて、横山は弱々しくうなずく。

「ほらな。仲良しだよ、ママ」

「なにが、ほらな、よ。そうやって、無理やり従わせて、恥ずかしくないの?」

「ママに面倒見てもらう男よりは、恥ずかしくねぇよ」

 ぎゃははは、と取り巻きが一斉に笑う。

「お、そうだ高島ぁ。お前、横山の荷物持ってやれよ。お前ら仲いいじゃん」

 神田がにやにやしたまま、横山を押しやった。

 だが高島は横山も美奈子も無視して、さっさと歩き出す。

「千夏も、早く行こ」

 その背中を、美奈子が追う。千夏も続く。

「おい、無視すんなよ、高島ー」

「恥ずかしがらなくてもいいんだぞー」

 千夏はハラハラしながら美奈子たちを見ていたが、二人は何事もなかったかのように歩いていく。かまえば余計につけあがる、と感じているのかもしれない。

 実際、ヤジもすぐに聞こえなくなった。

「はー、楽しみだよねぇ。向こう行って、何するんだっけ?」

「美奈子、旅のしおり、読んでないの?」

「えー知らないよー私。文字が多いもの読むと、眠くなっちゃって」

「文字が、多い……?」

 千夏はカバンから、旅のしおりを取り出す。オレンジ色の紙に印刷された手作り小冊子だ。内容は、今日からの合宿の流れとか、合宿の主旨とか、注意点とか。

 どう見ても文字の割合は少ない。

 イラストとか入っているし。

「あ、旅のしおりってそれ? 見せて見せて」

 美奈子が、千夏の手からしおりを取り上げる。

「へー、こんなこと書いてあるんだ。わ、部屋割りなんて初めて知った」

「美奈子、もしかして旅のしおりくしたの?」

「いやぁ、そもそも受け取ったかなぁ──げ」

 ペラペラとしおりをめくっていた美奈子の手が、ぴたりと止まった。

「どうしたの?」

「私と相部屋の人」

「うん。私と美奈子一緒だよ!」

「それはうれしいんだけど、うえと同じ部屋だよ。最悪」

 美奈子は舌を出して、眉をひそめる。千夏はその様子を、苦笑いで眺めていた。

「もう一人はえっと……おおさんか。千夏、大野さんとしゃべったことある? 私、まだないんだよね」

「少しは話したことあるよ。でも、仕方ないよ。大野さんが転校してきたのって、四日前だし」

「うーん。今回の合宿で、仲良くなれたらいいね」

「そうだね。合宿、楽しみ──」

 立ち止まってしおりをのぞき込む千夏たちと高島の距離がどんどんと遠くなっていく。

「ちょっと高島、待ってよー」

 その背を、美奈子が慌てて追いかけていった。

「たかしまぁ~、まってよぉ~」

 後ろからは、ゲラゲラと笑う神田グループの声。

 千夏は大きくため息をつく。

「……楽しみ、だよね」

 自分に言い聞かせるように、もう一度つぶやいた。


    *


 日付は一ヵ月ほどさかのぼる。

 赤々とした夕日が深く差し込む笹下第三高校の会議室は、重苦しいほどの空気に満ちていた。長机にそろった三年生の担任教員をはじめとして、校長、教頭、生徒指導担当と、難しい顔がズラリと並んで押し黙っている。

「では、失礼します」

 一人の女性教員が立ち上がる。

 彼女の前にある紙のケース。『文科省』と書かれた帯封が付いている。

 封を切り、カードの束を取り出した女性教員はゆっくりと、それらのシャッフルを始める。

 紙と紙とがこすれる音。

 にらむように手元を見る者、うつむく者、校長の顔を伺う者。緊張した空気のせいか薄笑いが止まらない者。

 緊張感は、徐々に増していく。

 ごほん、と校長が、せきばらいでみんなの目を引き寄せた。

「えー、来月から、特別合宿期間が始まります。担任の先生方は、安全第一を心がけ、生徒たちにしっかりと学ばせてください」

 女性教員が、カードのシャッフルを止め、歩き始める。

 着席する他の教員たちの隣に立ち、一枚ずつカードを引かせていく。

 上からめくる者。間から抜く者。選び方は様々だったが、全員が引いたカードを机に伏せ、見ないままでいた。

「今、若者に必要なのは、コミュニケーション能力の向上、そして社会に適応していくための能力形成の強化です」

 座っていた教員たちが、神妙に頷く。

 校長の声が一層大きくなる。

「我が国の平均学力は、ついに先進国の中では最下位になりました。大人が子供たちを甘やかしてきた結果なのです」

 全員がカードを引き終えた。

 女性教員は続いて校長の背後のホワイトボードの前に立ち、大きく文字を書いていく。

『文科省認可 教育強化プログラム特別合宿 笹下第三高等学校参加 第一日程/7月23日~26日施行』

「生徒たちには今回の合宿で、人と人とのきずなの大切さ、他人の気持ちを思いやることがいかに大切か、ということを学んでもらいたい」

 自分の言葉に興奮したのか、沈黙からの解放感か、校長はついには立ち上がった。

「この学校から、次世代の日本を担う新しいリーダーになるような人物が、登場する。それが、今回のこの合宿を行うことによりかなうかもしれません。そして、この学校がそのテストケースに選ばれたのは、誠に名誉なことであります。先生方も、厳粛な気持ちで、業務の遂行に取り組んでいただきたいと思います」

 拍手が沸き起こった。

 校長は紅潮した顔で席に着く。

「ありがとうございます、それでは、カードをめくってください」

 再び、ピン、と空気が張り詰めた。

 教員たちは互いの様子をうかがいながら、伏せていたカードをめくる。

 会議室にあふれる、悲喜こもごもの声。

 その様子を見渡しながら、女性教員が口を開いた。

「第一日程、一番目を引いたのは何組でしょうか?」

 しんと、場が静まり返る。

「私です」

 それを破ったのは、一人の男性教員。

 挙がった手に、すべての目が集まる。

 ハートのA。

たきざわ先生ですか」

 校長の口元が満足げにほころんだ。

「よろしく頼みましたよ。合宿を終えたあと、滝沢先生のクラスの生徒が、より素晴らしい人間へと成長できているように……」

「はい。おまかせください」

 女性教員が見届けた結果をホワイトボードに付け加えた。

 治験クラス『3年2組』。

『文科省認可 教育強化プログラム特別合宿 笹下第三高等学校参加 第一日程/7月23日~26日施行 3年2組』

 校長はホワイトボードを眺めてから、再び会議室を見渡した。

「さて、二番目のクラスは──」

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