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アポカリプス・ゲーム

亜夷舞モコ

零章 (3)

 美樹とワタシができるだけじょうに振る舞ったところで、答えは変わらない。

 変わるわけがない。


「キセキは、起きるよ」


 誰かが口を開いた。

 それは倒れていた千夏で。彼女は何とか体を起こしながら口を開いた。

「キセキは起きる。私が助かったように」


    ◇    ◇    ◇


 これは千夏が語った昔話。とある友人を救った過去だ。

「ババヌキで私は一人の友人に勝った。でも、その子はいなくなった姉のために負けるんだって言ってた。それでも、あの麻酔銃を見て怖くないはずがないじゃない。最後に彼女が連れて行かれたとき、私は何も考えずに走り出していたの」

 ──勝てるわけないのに。

「だから、敵の麻酔銃を奪った。それで助けに行った」

 ──千夏は、その子にとっては白馬の騎士だね。

「でも、そんな逃亡劇なんて上手くいかないんだね。二人とも捕まって、何回も何時間も殴られた。……みんな以上に酷いことをされた。ボロボロの体のまま、明日処刑するって脅された。本気で恐くなった」

 ──でも、ここにいるじゃない。

「直前になって急に処刑が取り止めになった。そして、私と香奈──その友人は別々の施設へと送られていった。私はこの施設に来たけれど、そのあと香奈がどうなったのか、私には分からないままなんだ」

 ──でも、信じてるの?

 ──まだ、その子を心配してるんだね。

「うん。私はね、あの日のことを忘れないって決めたの。あの希望だらけだった夕方のことを、ずっと覚えているんだって」


 その話に、キセキはない。

 この世に、神さまはいないのだろう。

 でも、ほんとうの地獄の底で、ずっと遠くの空にいつまでも祈り続ける者を、世界は見捨てたりしない。


 翌日の明け方のことだ。

 ごうおんともいえるサイレンの音で目を覚ます、はずだった。

 頭を引き裂かれそうなサイレンの音で起こされ、そのまま仕事に叩き出されるのがいつもの普通の日課になっている。

 しかし、今日はそれが鳴らずにバタバタと牢の外を走る教官たちの足音で目を覚ました。

「おい、本当か」

 オリーブ色の作業服が走って行く。

 走っている途中で、教官たちは何かを口走っている。

「そうらしい」

 施設の中が慌ただしく動き、この施設の外も中も大変な状況だと喋っている。緊急事態には館内の放送で、ワタシたちに指示が出される決まりになっているはずだ。でも、ワタシたちには何の情報ももたらしてはくれない。

 何も指示が出されないまま慌ただしさは二十分ほど続いたが、急に廊下が静まって牢の外には誰もいなくなった。

 うそのような静寂が訪れた。

 経験したことのない静けさに、誰かの不安な息遣いさえ聞こえてきそうだ。

 そして銃声。

 マシンガンのような連続した銃声が、数度繰り返される。

 聞いたこともないような破壊の調べののち、再び監獄の中は静寂に包まれた。

 少ししてまた誰かの走る足音が聞こえてきた。その音は、片足を引きっているような変なリズムだった。

 急にワタシたちの牢屋の鉄格子が摑まれる。

 廊下の右側から指導教官が左足を引き摺って、牢屋の前に姿を現した。

 でも、その姿は異常だった。オリーブ色の作業服は赤黒く血に染まり、彼の左足には、太股を貫通する大きな銃創があった。

 荒い息が必死さを物語っている。

「鬼がくる」

 血が出過ぎたせいか、傷付いた教官の目にも声にも正常な意識は感じられない。

 だが、何が起きているのか分からないワタシたちには恐怖しかなかった。

 牢屋の隅に全員で固まって縮こまり、やり過ごそうとしていた。

 次の瞬間、銃声がとどろく。

 ビクッと体を震わせ、目を閉じた。

 すると反対に、周囲の音がだんだんとはっきり聞こえてくる。柔らかい物が倒れる音。靴音が響く。女の声が聞こえた。

「まったく。その足で、よく逃げたものだ」

 それからまた二発の銃声。

 もう安心だよ、と女が優しくワタシたちにささやく。

 ワタシたちは、その声に恐々目を開いた。

 白い服を着た女の人が、優しい笑顔でこっちを向いていた。

「私は、新しい政府から来たおおしまです。君たちを助けに来た」

 教官は頭と胴に新しい銃創を作って、床に血をまき散らしながら死んでいた。

 彼女はそんな死体のそばに立ち、笑顔を壊さずに右腰のホルダーに銃をしまう所だった。彼女は帯刀もしていて、さながら軍人のような出で立ちだった。

「まあ、今から放送が流れるだろう」

 と言って、大島と名乗る人は姿を消した。

 すぐに放送前のノイズが鳴り響いた。

『緊急放送』

 キン、とハウリング。

 聞いたことのない女性の声だった。

 彼女は、耳が取れそうなほどの爆音で放送する。

『地上は我々の力によって新しい政府に変わった。そこで、この矯正施設というものを全て廃止し、新しい基準によって日本という国を作り変えることを決めた』

 国を作り変える、ことを決めた?

 何を言っているんだろう、この人は……。

 たぶんここにいる全ての人が思っていた。

『ここに閉じ込められた者たち全員は、白い制服を着た私の部下たちの指示に従ってほしい。そして、上のフロアで次の指示を聞いてほしい』

 大島と名乗った女の人は、他の白服たちに大声で指示をしながら、廊下を左のほうへと歩いて行った。

 新しい政府は、ここを終わらせてくれるんだ。

 だんだんと胸に何かが込み上げる。

「私たちは、君たちを助けに来た。今、他の者が来ると思う。その人の指示に従って、上のフロアへ集まってほしい」

 いくつもの牢から歓喜の声が響き、千夏の顔にも笑みが見えた。

 ワタシは、真っ先に千夏の胸に飛び込む。

「うっ……!」

 彼女の言うことが実現したんだ。

 キセキは起きるんだ。

 喜びあまって、かなり強く抱き着いてしまったみたい。

「痛いよ、レナ」

「ゴメン……。でも、キセキが起きたんだよ。言ってたとおりに」

「そうだね」と彼女の手も微かに震えていた。

 ワタシは千夏の顔を見て、なんだか泣きたくなって、涙を零した。

うれしいよね、レナ」

 千夏の腕がぎゅう、とワタシの体を包む。

 ワタシの手もおずおずと彼女の背を優しくさすった。

「はいはい」と、美樹は手を叩く。

「さ、早く離れて、上に行くわよ」

 見れば、牢の外にはすでに白い制服の男がいる。

 真っ白な詰襟姿の男は、腰に帯刀し、古めかしい軍人のような装いをしていた。制服の胸には紋章が付けられ、それには真っ赤な天使が二人描かれている。

 彼はワタシたちを急かすつもりはないようだが、顔つきは険しかった。

 急いで牢の外に出ると、白い詰襟の人たちの指示に従って上のフロアへと上がった。



 これからどんな地獄が待つとも知らずに。

 ワタシたちの胸にあったのは、ただの薄っぺらな希望だけだった。

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