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アポカリプス・ゲーム

亜夷舞モコ

零章 (2)

 まるで囚人になったように思わされる。

 いや、すでに人としての権利もないのかも。

 せめて人間らしくと、歩調を乱すことなく牢まで歩いた。

 ワタシたちには、監視として一人の若い男の指導教官が付き添っていた。

 自衛隊もどきのオリーブ色をした作業服を身にまとっている。その手には無骨な黒いサブマシンガンが握られていた。この特別矯正施設において、ワタシたちの手で制作された物だった。

 さっきまでワタシたちが作らされていたのも、けんじゅうだ。

 人を殺すための道具を私たちが作っている。命令のままに、作るしかない。そのほかにも他の施設での「ゲーム」のために、猛毒入りのアイテムや人を殺すトラップをここで作らされていた。

 ここは──そして外の世界も、何かがおかしくなってしまったのかもしれない。


 この矯正施設には、「ババヌキ」の敗者が送られる矯正施設で教官側に協力した人間というのが多い。教官側に協力して失敗した者が罰として捨てられることもあれば、多くの人間を死に至らしめたことの口封じに送られることもあった。

 汚らしい人間、そんなこともできない人間は不要品と同じということだ。

 ワタシも協力者として教官たちに選ばれながら、非情にはなれなかった。そのために使えないコマだと捨てられ、ここには三ヵ月もいる。

 それでもまだ短い方であって、長いと半年以上。千夏はもう一年もいるらしい。

 しかし、半年を超える者は逆に少ない。長くいればいるほど心を病み、暴力の傷が元で死ぬこともある。長い月日を生き残っても、心を強く持てなければ、ここでは生きることができないと諦めたように死んでいく。

 所詮は、人を殺したゴミのような人間だと決めつけられて、飼われる存在だった。

 地下矯正施設は、地下九階と地上一階からなる。

 居住スペースを含むメインの棟は、円形をしている。

 地下四階から七階の円の外周には二十もの牢が並び、中心は七階まで吹き抜けになっている。地下五階が女性の生活スペース。六階が男性のスペースになっている。七階も牢獄だったが、死亡者が多くなり、地下八階と九階同様に銃を作る作業スペースへと変えられた。

 シャワーはちょろちょろとした水しか出ない。トイレは牢の中にしかないと最悪な状況。

 五階ですらそれだが、六階は時折断水するなどさらに悪い状況だという。

 それも大部分は教官の都合だった。

 ここの教官には、暴力装置としての男性が多い。男子の居住地区には配慮はされにくい。

 家畜よりも酷い生活を強いられ、満たされない心をどうにか落ち着かせて生きていくしかない。鉄格子の牢の中、心だけは殺されないように戦いながら。

 この地獄を耐えるしかない。

 ずっと──。

 牢に戻っても、千夏は気を失ったまま横たわっていた。

 ワタシはそのそばを離れずに、脱力したままの手を握っていた。

 白川美樹が唐突に口を開いた。

 ここに入ってきたときは、長い髪と鼻筋の通った顔立ちがどこかのお嬢様のようだったらしい。でも、その髪も一日で丸刈りにされた。今は髪が伸びているが、工場で拾った刃物のような金属片で、ベリーショートを自らキープしている。

 見た目も綺麗だから、教官たちにはよくイジメの対象にされがちだった。

 だからこそ、髪を短くして少しでも被害を減らそうと努めている。

「彼女もよくやるよね」

 彼女の目は真剣に千夏に向けられていた。

 美樹は、よく他の人を下に見ていることがある。しかし、彼女の目もまだ光を残している。美樹もまた千夏に一目置いているのだろう。

 それはいつも自分を嫌う青田芹菜も。

 いつも全てを嫌う緑木麻友だってそうだ。

「だよね、だよね。いっつもバーンって飛んでるのチナツくらいじゃない」

 芹菜は変に明るくノリよくあいづちを打って笑う子だ。

 肩まである髪をボサボサのまま放置していて、かと思えば綺麗好きで。髪はちょっとの風でふわふわと揺れるほどに繊細で美しい。ちゃんと整えれば、どれだけ綺麗だろうか。

 しかし、言葉使いはかなり個性的だ。どこにも心がなく、決して本当の芹菜というものを見せることがない。芹菜の本心は誰も見たことも、聞いたこともないと思う。

「うるさい、セリナ」

 麻友はといえば、部屋の隅から文句を漏らす。

 今も部屋の隅で体育座りをして、目元まで垂らした長い前髪の隙間から芹菜を睨んでいる。全体的に伸びた髪が彼女の陰気さを助長している気もする。

 彼女は自分に次いでここでの生活が短いと、千夏が教えてくれた。

 ここでの生活全般に文句ばかり言っているが、ここに送られた当初はずっと泣いていたらしい。千夏は「強くなったんだよ」と笑顔で褒めていたのを、ワタシは知っている。

 芹菜と麻友は、正反対な感じで仲もあまりよくない。

 どっちも悪い人ではないけど、高校のクラスにいたらワタシは馴染めないと思う。そして、その言葉は全て自分に戻ってくる。ワタシたちはみんな同様に、ババヌキで負けた人間たちであって、クラスでの敗者だった。

『黒崎って、暗いよね』

『なんか一人で、ぼそぼそしゃべってるし』

『見た目は、小っちゃくて可愛いのにね』

『なんていうの? 髪が伸びる呪いの人形みたいな?』

 ワタシを笑う声。

 聞えてしまう陰口。

 そんな言葉を、何度吐かれたことだろう。

 どれだけ辛い思いをしただろう。

 ずっと一人で耐えてきた。

 ワタシも長い髪を、ずっと前におろしたままだった。

 何も見ないための壁、何も聞こえない壁を作って生きてきた。

 たぶん、ここの誰もが。

「でも」ぼそりと麻友は口を開く。

「なんとかしないと千夏が死んじゃうよ。いつか、きっと」

「マユユ、何か作戦でもあるの?」と芹菜。

 彼女は相手の反応も気にせず誰でもあだ名で呼ぶ。

 アイドルみたいなあだ名に、麻友が前から幾度となく文句を言っていたものだ。

「あるわけないでしょ。それにその呼び方はやめて」

「ゴメンゴメン。でも、マユユが考え付かないなら、アタシなんかもっと分かんないよ」

 何も反省してないみたいに芹菜がまたあだ名で明るく呼びかける。

 それっきり麻友は、芹菜を無視した。

「まあ、でも。一つだけ方法はあるわよ」

 と、美樹が会話に加わった。

「さっすが、白川ちゃんだね」と芹菜。

「褒めても意味ないわよ。だって、この方法はとても大変だから」

「それって何?」

 麻友は光の消えそうな目で、じっと白川を見つめた。

 でも、当の本人は目を逸らした。

 そうだ。答えは説明する必要のないほどにシンプルなんだ。

「ここから出ればいいの」

 ワタシは口を開いた。

 誰もが口を閉ざした。

 知っている──その言葉の先は絶望だってことを。

 解っている──その言葉の先は「無理」だから。

「レナ。そんなキセキ、あるわけないよ」

 麻友は顔を伏せ、芹菜の口元の笑みは徐々に消えた。

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