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アポカリプス・ゲーム

亜夷舞モコ

零章 (1)




『カ……』

 彼女は、かすかに何かをずっとつぶやいていた。

 私は、モニターの音量を最大にして、やっと彼女の呟く言葉を聞いた。

『カ、ナ……』

 私がとてもよく知る名前だった。

 モニターの中の彼女は、両腕を頭の上でしばられ、何時間もられたままでいる。

 それでも彼女は「その名前」を呟くのか……。

『カナ……ゴメン』

 政府は拷問と呼ぶのに相応ふさわしい、激しい「質問」を加えた。

 暴力によって彼女は事情を聞かれ、答えなければなぐられ、答えても殴られる。れいだったであろう顔を赤と紫にらし、合宿のときから身に着けていた制服もすでに服としての意味を成していない。


「香奈」

 私と、そして彼女の大切な人。


 彼女・あかさわなつは、うわ言のようにその名を呼び続けた。

 助けることのできなかった友だちの名を。

 一緒に捕まってしまった友だちの名を。

 また何人もの男たちが、千夏の縛られている部屋に入ってくる。

 監視カメラを気にする様子もなく、まっすぐに千夏へと向かっていった。そしてエサに群がる害虫のように、千夏の体をいじり、なぶり、足を持ち上げてけがした。

 私は、デスクに積まれたファイルで赤沢千夏がこれから処刑されることを知る。

 今の彼女の現状を記憶に留めようと、吐き気を覚えながら見つめた。

 最後の男が部屋を去り、そのとき彼女はカメラをジッと見つめていた。

 千夏の目がボサボサに乱れた前髪の隙間から、カメラのレンズをにらんでいた。体がどれだけ穢されようと、目にはまだ光が宿っている。今もなお戦おうとしていた。

 彼女の大きな目に、私は決心する。


 助ける──私だけが、助けられる。


 教育学部・現代教育制度研究室。

 日本の最高学府であるこの大学では、政府から一つの任務が課されていた。現代の教育プログラムが健全に行われているか、それを監視・協力すること。これまで「ババヌキ」での敗者や、違反者が拷問や処刑される姿を数々見てきたが、光の宿った目を私は初めて見た。

 赤沢千夏の心、その折れない心だけは必要だと思わされてしまう。

 私は彼女を助ける決心と、もう一つの大切な決心を固めた。

 もう一度資料ファイルを読み直し、部屋にあった固定電話から文部科学省へのレッドラインをかけた。


 赤沢千夏の助命を、政府に願い出るために。


    ◇    ◇    ◇


「おい」

 ワタシの目の前で──それは起こった。

 赤沢千夏が野太い男の声に返事をするよりも早く、彼女の体は宙を舞っていた。男の無骨なこぶしは千夏の反応も待たないで、彼女の頰を殴り飛ばしたのだ。

 ただ仕事の道具を床に落としたからというだけの理由で。

「道具を大事にしないのは、負わされた仕事を大切に思ってないことと同じ。仕事を大事にしない者は、ここでは生きる価値もない」

 少女を殴った男は、大声で全員に向かって怒鳴った。

 この地下矯正施設の最高権力者である、たかなみだいすけ

 二メートル近い巨体と電柱のように太い腕が彼の武器であった。

 そのじんじょうならざる怪力に太刀打ちできる人間は、ここにはいない。

 暴力でゲームの敗者たちを支配し、部下にも恐れられる男だ。

 この地獄で生きるには、高浪に従って生きるしかない。

 ワタシたちがいるのは、巨大な地下施設。

 特別に作られた矯正施設であり、地下五階から九階の、作業場とろうごくがワタシたちの暮らす全てであった。

 脱走は不可能。生活環境はれつあく

 まさに「最悪」の特別矯正施設だった。

「ちな……」

 千夏ちゃん──ワタシはその名前を口にするのをこらえた。

 ここで声を上げれば、ワタシも殴られる。友だちを心配して近づいた者への指導は異常だった。ある生徒は、助けようとして近づいたというだけで数時間にわたって殴られ、そのまま死んでいった。またある生徒は、「教育的指導」という名目で教官室に連れ込まれ、次の日には心を閉ざしてしまった。

 それを知った敗者の目に、友だちの姿は映らなくなった。

 自分の身を守ることに一生懸命だったから。

「何を見てる、くろさきレナ」

「い、いいえ。何も」

 恐ろしい目に睨まれ、ワタシは顔を伏せた。

 友だちに頼ることができないという気持ちが、この施設にいるみんなの心を酷くゆがませてしまった。仲間も敵、教官も敵というこの状況は、高浪たちが故意に作り出した地獄の魔物なのだろう。

 悪いのは、ワタシなんだ。

 道具を落としたのはワタシだった。

 でも、千夏は持っていた道具をすぐにワタシの作業台へと置いた。自分が罰を受けるということを分かっていながら、ワタシをかばってくれたのだ。

 彼女だけは。彼女だけがここで違う目を持っている。

 何度殴られたとしても。

 何度嬲られることがあったとしても。

 それでも目にはまだ光がある。彼女が諦めない限り、ワタシも諦めない。

 それは同じ班の三人にも言えたと思う。

「また貴様か、千夏」

 倒れた彼女の腹を、教官の高浪が蹴る。

「おい、返事しろよ」

 また蹴りが飛ぶ。

 痛みに声を上げることもできない状態なのに、それでも。

「おい」蹴る。

「おい」蹴る。蹴る。

 蹴る……。

 彼女はすでに白目をき、口からは血の混じった泡がこぼれ落ちる。

 ワタシは彼女の名前を呼ぶまい、呼ぶまいと必死に唇をんでいた。口の中は血の味でいっぱいだった。

 叫びたい気持ちが頰をらす。

「ちっ、気絶かよ」

 教官は千夏の首をつかんで持ち上げ、作業を止めた。

「こうなりたくなければ、必死に作業しろ。いいな」

「はい」

 大声で返事がされる。

 こんなときでも声を出さずにいれば標的にされるから。

「こいつと同じ班の者。こいつを連れて牢へと帰れ。今すぐにだ。もう使い物にならないからな。班員前へ。しらかわあおせりみどり、黒崎レナ」

「はい」

 みんなそろって返事をし、一歩前に進み出る。

 作業場に残ったみんなは、高浪の一声で作業へと戻された。

 再び、黒い鉄の塊を組み立て始める。

 ワタシが泣いて動けないでいる間に、美樹は放り捨てられた千夏を抱きかかえた。

「黒崎さんも手伝って」

「はい……」

 と、ワタシは千夏にけ寄る。

「左肩の方を持って」

「え、ええ……」

 美樹はテキパキと指示をして、千夏を介抱し体を起こした。

「青田さんも」

「りょーかい」

 意識のない体は、持ちにくく重い。

 歩くこともできない今の彼女は、ワタシたちが抱きかかえて牢まで運ぶしかない。

 ワタシと青田芹菜、白川美樹が、千夏の体に腕を回して歩いた。後ろを緑木麻友がゆっくりと続いて歩き出す。牢屋に向かって。

 鉄格子と冷たい石畳の牢が、この矯正施設でのワタシたちの生活スペース。眠るときの布団さえワタシたちには与えられていない。今着ている薄汚れたツナギも、自分たちが管理される側であると意識させるために着せられている。

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