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幼獣マメシバ マメシバ一郎 一郎と二郎の奇妙な生活

紙吹みつ葉

第一章 強制ルールは突然に、なのだ。 (3)

「……その名前が出ると、大抵ロクなことがないんだが」

 鞠子。その名前を聞いて手紙のことを思い出した。本当に、良い予感がしない。

「先月、ボツアナの環境ボランティアで鞠子さんに会って……鞠子さんは現地の子どもたちの疫病予防で来てたんですけど」

「ボツアナってどこ?」

「いきなり話がワールドワイドでイメージができませんな」

 二郎の大冒険以来、鞠子は本当に世界中を渡り歩いている。一度はアルゼンチンまで行った二郎だが、今もなお世界を飛び回る母親にはついていけない。

 二人の反応を無視して、由紀は続ける。

「私、そこで何もできなくて。せめて日本で動物の世話をしたいって言ったら、息子が助けてくれるからって」

「出たよ。本人不在の安請け合い」

 すでに経験済みのことだ。二年前、ヒントを頼りに出歩いた先々で二郎は他人の事情に関わった。少女に勇気を与えたり、争いの仲介をしたり、犬好きになりたい少年の手伝いをすることになったり。それらは全部、鞠子が企てた計画だったわけで。

「捨てられたり、飼い主をなくした子たちがいい人にもらってもらえたらと思って、ネットで募集したいんです」

「自ら募集したらいいでしょ」

「やってたんですけど、うまくいかなくて」

「二郎ちゃんにビデオ撮ってもらいたいってことですか?」

「息子はプロだからって」

「また出たよ。根拠なき丸投げ」

 しかもプロって。おおうそにもほどがある。鞠子の無責任な言葉にあきれていると、ふと陽介がひらめいたように言った。

「二郎ちゃん、もしかしてこれが鞠子おばさんの言ってた『お手伝い』なんじゃないの」

「……」

 そんなまさか。しかしこの流れに覚えがある二郎は、否定できなかった。

「この子、リリーって言うんですけど。保健所にいたときは本当に元気が無くて、でもやっと体力とかついてきて、誰かにもらってもらえたらきっと……」

 何も言わない二郎を、由紀はうかがうように見る。

「あの……助けて頂けませんか?」

「頂けませんとも。大体ね、ボランティア精神発揮したい人が人を頼っちゃならんでしょ」

「そう、なんですけど」

「ボランティアのボランティアって、キリがないでしょ」

 表情の曇る由紀に二郎が容赦なく言うと──家の中から一郎がトテトテとやってきた。

 集まっている人間たちを見上げると、一郎は由紀の足元にちょこんと座っているチワワのリリーを見つけた。うれしそうにしっぽをパタパタ振ると、一郎は一目散にリリーに飛びかかって、じゃれつき始める。

 いきなりのことでびっくりしたリリーは、一郎から逃げようと跳ね回り、暴れ始めてしまう。甲高いキャンッ! という鳴き声が響く。

「わっ!」

 今度はその声にびっくりした由紀が、リリーのリードを離してしまった。リリーはそのすきを見逃さず、玄関から庭へ猛ダッシュ。一郎は「待ってよー!」と言わんばかりに夢中な様子でリリーを追いかけて行った。

「わっわっ……どうしましょう」

「どんくさいな、君は」

 慌てふためく由紀に、二郎は率直な感想を述べる。一度えたくらいでリード離すほど驚くって。だがそう思ったのはどうやら二郎だけらしい。

 陽介の表情は、崩れていた。可愛いモノを見てメロメロになったときの顔だ。

「ほら、ワンちゃん捕まえよう」

「はい」

「……おーい」

 二郎の呼びかけを無視し、陽介は由紀と一緒に庭へ走り去っていった。

 あれは、れたな。二郎は確信すると同時に、どうしてあんなどんくさい娘がいいのだろうか、と疑問に思いながらゆっくり庭へ移動する。

 庭では、一郎とリリーの追いかけっこが繰り広げられていた。

 そしてそれをさらに追いかける、由紀と陽介。

「待てぇ! こら、こらこら待てってば!」

 やたら高いテンションで、陽介は二匹を追って走り回る。全く速度を落とさない二匹に陽介は必死だ。しかし由紀は、その場で二匹を見回すばっかりで、オロオロしている。

 楽しそうに見えないこともない。だがこっちにしてみれば、間抜けにしか見えないな。そう思いながら二人を眺めていた二郎は、ふと何かを思い立ってその場から離れた。

「よっし! 捕まえたぞぉ一郎ぉ!」

「待って! リリー、ちょっと待ってってば……」

 一郎は陽介の腕の中に収まったが、リリーはやっぱり逃げ続けた。由紀が手を伸ばせばすり抜け、飛び掛ってもやっぱり逃げられて、庭の芝生につんのめる。

 そんなことを繰り返すうちに、ようやく端っこにリリーを追いつめた。由紀はしゃがみ、慎重に手を伸ばして「おいで、おいで」と声をかける。

 すると、ワン! と一郎が元気よく吠えた。

「ひゃあっ!」

 瞬間、由紀はバランスを崩して前のめりに転んだ。突然由紀の手や身体が倒れ込んできて驚き、リリーは再び庭を走り回る。

「あっ、大丈夫?」

「大丈夫です。すいません」

 一郎を抱えた陽介に振り返ると、由紀の視界に縁側が映った。そこには、ビデオカメラで撮影している二郎の姿がある。

「あ、あの……」

「そのままそのまま」

「え? そのまま?」

「ビデオ撮ればいいんでしょ。撮ってますよ、だから」

「私じゃなくて、リリーを」

「ほら、一郎。お姉さんを助けろ」

 いつの間にか陽介の腕から降りていた一郎が、トコトコと由紀に近づいた。

 由紀の表情が固まる。まるでこの小さな一郎におびえているかのように。

「一郎、ワン」

 二郎の声に一郎がワン! と吠えた瞬間、由紀は勢いよく立ち上がると、素早く一郎と距離を取った。

「どうしたの?」

「あ、あの、私、すいません……」

 近くにいた陽介を見ながら、由紀は口ごもる。それを見て二郎は言った。

「お主、犬、苦手だな」

「そんなわけないでしょ……」

 陽介が由紀を見ると、否定しないどころか陽介の視線から逃げるようにうつむいた。

「え、マジ?」

「なのに犬のボランティアとは、これいかに」

「あの、なんて言うか……」

「一郎、ワン」

 ワン! という吠え声が響く。由紀は、身体をビクつかせて後ずさった。

「すいません……私、ちょっと……」

「あ、ちょっと、犬どうすんの?」

 陽介が呼び止めるのも無視し、由紀は緊張した顔のまま足早に庭を去って行った。置いていかれたことを知らないリリーは、悠々と芝家の庭を歩き回っていた。



 その後、二郎は先ほど撮影した動画の編集をしていた。二郎の部屋の隅では、さっきまで追いかけっこをしていた一郎とリリーが、仲良く一緒に眠っている。

「……笑える」

 編集と動画のチェックが終わり、二郎は満足そうだった。動画の内容は、一郎とリリーが由紀の周りをグルグル回るうちに、由紀が倒れてしまうというものだった。

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