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幼獣マメシバ マメシバ一郎 一郎と二郎の奇妙な生活

紙吹みつ葉

第一章 強制ルールは突然に、なのだ。 (2)

 穏やかで物腰のやわらかい鞠子は、二郎と暮らしていたときには見たことがないような、生き生きとした笑顔を浮かべている。

「うおっ、どこコレ。アフリカ?」

「アフリカに困った一郎動画を送りつけてやる」

 陽介の言葉を無視して、二郎は再び「困った一郎動画」を撮影し始めるのだった。



「……ジロちゃん、どうすんだろ」

 外に出た陽介は、芝家の二階を見上げていた。

 地球の裏側まで行ってしまった、中年ニートの大冒険。

 実は陽介も協力していたのだが、そのおかげで小さな夢をかなえることができたのだ。だから陽介にとっても二郎の大冒険は思い出深く、二郎に大きな変化を与えたきっかけだったと考えている。今まで二郎を煙たがっていた親戚でさえ、少し二郎を見直していたのだ。

 そのはず、なのに。

 大冒険から帰ってきて、一年。二郎はまた引きこもりニートに戻ってしまった。

 再び鞠子に指令を下されても、二郎はあの調子だ。働こうという意思が見えない。

「まぁ、俺が言っても聞かないしな」

 陽介はこれ以上考えるのはやめだ、と大きくため息をついた。そして自分の「お仕事」である郵便局の仕事に戻るため、芝家に背を向けるのだった。



 陽介が見ていた二階に、二郎の部屋はある。

 二郎の部屋は、漫画だったり雑誌だったりゴミだったりと、いつも何かしらのもので埋め尽くされている。

 中でも一番目立つのは、細長い袋に入ったスナック菓子──うまい棒が、タワーのように積み上がっているところだろう。二郎の大好物のお菓子だ。タワーの周りには、中身のなくなった抜け殻も散乱しているし、まだ封の切られていないものもある。

「よし」

 デスクトップパソコンに向かっていた二郎は、マウスで画面上の再生ボタンを押した。

 一瞬、声に反応して二郎を見上げた一郎だったが、すぐにオモチャで遊ぶのに夢中になるのだった。


 哀愁漂う音楽と共に、海苔眉毛の一郎がちょこんと座っていた。潤んだまっすぐな瞳が、見る者のよくあわれみを引き出すこと間違いなしの表情だ。

 そんな一郎が見ていたのは、残高五百円の預金通帳。

 あと、これだけしかないの──そう訴えるように、潤んだ瞳の一郎はその場でぐるぐる回り始めた。どうしよう、どうしよう、と哀しみと焦りを強調する。

 徐々にスローモーションになる一郎の動きとは逆に、増していく音量と速度が音楽を盛り上げていく──そしてふと、一郎が足を止めて顔を上げた。

 つぶらなが瞳が、〝困ってるの、ね?〟と哀願し──海苔眉毛がポトリ、と落ちた。


「……これはギャグだな」

 一郎の可愛さからくる憐れみを狙う予定だったが、変なオチがついてしまった。あまり抗議ビデオとしては役に立たないかもしれない。そんな二郎の結論など露知らず、主演男優だった一郎は、オモチャで遊ぶのに疲れたのか座布団の上ですやすや眠っている。

「せっかく撮ったんだし、ブログに載せるか」

 時間と労力を使って作った動画だ。何かに使わなければもったいない。

 そう思って、二郎は自分のブログ『不死身町の人々』の編集画面を表示させる。動画投稿の項目にあるタイトルに「預金通帳と犬」と打ち込んだ。

 動画のアップが無事終わると、二郎は残高確認のため銀行のページを開いた。表示された残高は五百円。当然だが通帳に記帳されたものと同じで変化はなし。さて、どうするか。

 二郎が残高とにらめっこしていると、チャイムが鳴った。

「二郎くん! いるんでしょ!? 出てきなさい!」

 しかも控えめなチャイムじゃない。何度も何度も、乱暴にチャイムは鳴らされる。

「出てくるまでおばさん帰らないからね! チャイム鳴らし続けるわよ!」

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン──

 この怒鳴り声の主は、お隣に住む叔母・芝とみだ。このまま無視を決め込んでも、富子は本当にチャイムを鳴らし続けるだろう。仕方なく、二郎は重い腰を上げて玄関に向かう。

 玄関の引き戸を開けると、怒鳴り声の通り怒った様子の富子が立っている。

「何度も言わせないでよ。うちのポストに光熱費の督促状入れるのやめてもらえる? 入れられたって払わないからね!」

 強く差し出された督促状を受け取りながら、二郎は言う。

「僕は今、仕送りを減らされて食べるものにも困っているというのに。おばさんは僕が餓死してもいいわけ?」

「餓死したくなかったら働きなさいよ」

「……助け合いと言う言葉を知らんのかね」

 二郎の言葉を無視し、富子はさっさと玄関から立ち去っていった。

 働くとか働かないとかじゃなくて、今大変なのに。そこんとこわかってないよ。そんなことを思いながら、二郎は部屋に戻っていった。

 オレンジ色に変わり始めた空。もうすぐ、二郎のいつも通りの一日が終わる。



 暑い日には、やっぱりアイスに限る。甘酸っぱいアイスキャンディーを食べながら、二郎は再びパソコンの前に座っていた。画面には、さっき富子が来たときに見ていた「預金残高五百円」のページが出ている。

 ページを更新すると──残高は、ゼロ。

 そして二郎がポケットから引っ張り出したのは、レシートと、一円玉が二枚。

「使っちまいましたよ」

 振り返ると、一郎はまだ座布団の上で寝ていた。とてものんびりとしていて、気持ちよさそうだ。そんな一郎を見ていると、まだなんとかなるような気さえしてくる。

 残高のページを閉じると、検索エンジンのサイトを開いた二郎は「二円 生活 方法」と打ち込んでみた。だが無情にも、大したサイトはヒットしてくれなかった。

「ジロちゃーん! お客さんだよー」

 残酷な現実を前にしていると、陽介の声が聞こえてきた。また富子が文句言いに来たのかと思ったが、だったら陽介が声をかけてくるはずもない。

 二郎が再び玄関に行くと、声の主の陽介と見知らぬ女性が立っている。

 ウエーブのかかったベリーショートの髪をした二十代の女性だ。その手にはリードが握られており、一郎と同じくらいの大きさのチワワとつながっている。髪形や服装は元気で活発そうなのに、なぜかやたらモジモジしていて──二郎が思うのも失礼な話だが、ちょっとヘンな人に見えた。

「……どちらさん?」

「は、初めまして。ほうじようと言います。動物のボランティアの施設で働いてます。あの、里親募集のビデオの件で……」

「べーちゃん、この人は一体何を言ってるんだ。全く話が見えないんだが」

「どういうことですか?」

 二郎と陽介の反応が予想外だったのか、女性──北条由紀は、モジモジではなくオロオロした様子に変化した。

「あの……鞠子さんから、お聞きになってませんか?」

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