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幼獣マメシバ マメシバ一郎 一郎と二郎の奇妙な生活

紙吹みつ葉

序 章 簡単に変われたら、誰も苦労なんてしないのだ。 / 第一章 強制ルールは突然に、なのだ。 (1)






 しばろうという人物は、はっきりと言えば変な人間だった。

 彼をよく知る一部の人たちからは、変であるからこそ愉快でもあると思われてもいたが、世間的に言えば、駄目な人間になるのだろう。

 生まれてから今日まで三十七年間、働くこともなく家に引きこもっている。

 いわゆる、引きこもりニートである。

 だが、その二郎も徐々に変わろうとしていた──変えられようとしていた、が正しいのかもしれないのだが。

 発端はやはり、二年前のことになる。

 二郎の母・まりが突然いなくなったのだ。その鞠子の代わりに二郎の元にやってきたのが、柴犬の小犬のいちろうだった。

 三十年以上も半径三キロ圏内で生きてきた二郎だったが、鞠子が残したヒントと一郎に導かれて、さまざまな場所へ旅に出ることになった。

 強迫観念で越えられなかった県道、踏み切り、国道を越えた。住み慣れた町からも、県からも飛び出し、日本最大の山のてっぺんにまで登った。それでも追いつけなくて──最後には、日本の裏側にあるアルゼンチンまで追いかけていった。

 二郎の行動範囲は、たったの一年で三キロから二万キロにまで拡大した。

 その道中、二郎は様々な人と出会い、別れ、多くのことを学んだ。旅の相棒だった一郎とのきずなも、深まっていった。

 ──でも人は、どんな大きな困難を乗り越えようとも、どんなに大切なものを一度失ったとしても、いずれそのことを忘れてしまう。そういうふうに、できている。

 大冒険から帰ってきた一年後の現在、二郎はまた引きこもりニートに戻っていた。

 何か大きなことを達成しても、ずっと積み重ねてきた本人の性格や気質は、そう簡単には変わらなかったのだ。

 けれど、一度進んで戻った場所は、以前とまったく同じではない。

 人はどんなに変わりたいと思っていても、そう簡単に変わることはできない。けれど、変われない、変わりたくないと思っていても、まったく変わらずにいることも──またできないのだ。

 だから二郎も──今から数ヵ月後、自分の手足を使って働くことになったのだ。

 このお話は、数ヵ月後に二郎が労働者になると決めるまでの、小さな一歩の物語である。






 初夏は過ぎたが、まだ真夏には遠いというのに照りつける太陽の光は強い。そしてその照り返しもあって、気温は真夏日くらい高かった。

 長い年月を感じさせる古い石門から石畳を進むと、純和風二階建ての立派な家がある。

 玄関前から横に進むと、大きな砂利や芝生、植木などで囲われた広い庭に出る。

 そこに、芝家のあるじである芝二郎──実際はまだ彼の両親の家だが、住んでいる人間は彼だけなので実質主のようなものだ──の姿があった。

「よし、これでどうだ」

 ヨレヨレのシャツにスウェット姿でうなずくと、二郎は持っていたビデオカメラを構える。ビデオカメラの向こうには、なぜか「残高五百円」の預金通帳が置いてある。

 その傍らには、薄茶色の小さな犬──豆柴犬の一郎が座っていた。

 わきに抱えられそうな、いぬと見間違えてしまうほど小さな柴犬だが、実際にはもう二歳を過ぎた成犬である。これでも、二年前よりは大きくなっているのだ。

 そんな一郎の顔に、なぜかのような太いまゆがくっついている。

「……イマイチ、困った顔にならんな。それじゃまるでヒロミゴー」

 眉毛のせいで困った表情に見えないこともないが、相変わらずのつぶらで純粋なひとみのせいか、困っているというより、きょとんとしている。

「何やってんのジロちゃん」

 背後からの突然の声に、二郎は反射的に振り返った。そこには、郵便職員の制服を着た青年──のようにそこそこ若く見えるが、実際は三十二歳の中年の男性──が立っていた。

 彼はたからようすけ。二郎の親戚で、数少ない友人の一人だ。

「一応人んちなんだからさ、チャイムとかノックとかあるだろ普通」

 陽介が配達中に芝家に寄るのはいつものことだが、毎回無断で上がり込んでくるのだ。二郎も慣れてはいるが、文句の一つも言いたくなる。

「ここ庭だし」

「今、忙しい。相手してらんない」

 あしらうように言うと、二郎は再びカメラを一郎に向けた。自然と陽介も一郎を見る。

 海苔眉毛のついた一郎が、首を傾げて不思議そうに陽介を見上げていた。

「……ねぇ、コレ何してんの」

「母さんへの抗議ビデオ」

「抗議ビデオ?」

「仕送りはこれから、一日千円だそうな」

「千円あったらいいじゃん。家もあるんだし」

「僕のエンゲル係数バカにしてるな。一郎だっているんだ」

「それもそうか」

 人間の食費だけでも色々かかるし、犬を飼っているとなるとさらにお金がかかる。

「しかも、ざかしいルールを押し付けてきた」

 二郎はビデオカメラを回したまま、ポケットから紙切れを取り出して陽介に渡した。どうやら手紙らしい。それを見た陽介は、思わずといった感じに、吹き出していた。

「……『二郎ちゃんのためにもこのままじゃいけないと思い、お母さんはこの夏、二郎ちゃんに宿題を出すことにしました。一、お小遣い帳をつけること。二、お手伝いをすること。三、この二つをしないとその日の送金はなし』……だってさ!」

「一ミリも笑えないんだけど」

 まるで小学生の約束事みたいな内容だ。陽介にとっては笑い話でも、それが生活に直結してくる二郎が笑えないのは当然だ。

「ジロちゃん、ヤバいんじゃない? 生活していけるの?」

「いけませんとも」

「だからいい加減、働けってことでしょ?」

「偉そうに。ちょっと働いてるからって」

「おばさんの気持ちも少しは考えなよ」

「父は山小屋生活、母は世界をまたにかけるヘレン・ケラーもどき。晩年に自分探しを始めた両親を持った子どもは不幸だ」

 二年前、二郎に旅をさせるために一時的に死んだことになっていた父・よしは、そのときに身を置いていた山小屋で今でも生活しているのだ。自分の引きこもり気質も、良男の影響によるものだと二郎は思っている。

「子どもって……ジロちゃんいくつさ」

「三十七だが何か」

「世間では大人って言うとしだよ」

「おーそうですか」

 陽介に事実を指摘されても、まったく反省する様子がない。二郎にとってはもう言われ慣れたことだ。今ここで反省するようなら、とっくに状況は変わっている。

 それがわかっているだけに、陽介はこれ以上言う気にもなれなかった。

「ところで、お小遣い帳ってどこに送るの?」

「今ごろ、メールデビューだとさ」

 二郎は、自分の携帯電話を差し出した。メール画面には「メール始めました。母より」と書かれている。しかも添付された写真には二郎の母・鞠子が、見知らぬ黒い肌の外国人と並んでいる姿が写っていた。

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