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幸福をもたらす三毛猫 御子神さん

永森裕二

第一章 おわらい (2)

 夜は健二たちの番だった。月明かりに街灯の灯、必要ならば懐中電灯を頼りに練習場としていた。

「健二、今日こそ頼むぜ」

「ああ、バッチシ」

 ネタ帳を広げ、アドリブを台本に書き込んでいく。

「ああ~寒いですね~」

「場所柄でしょ」

「はあ」

「郡山ですから」

「わかりにくっ」

 無人の広場に響く二人の声。

 突然、その中に異種の声が混ざった。

「にゃー」

 確かに、聞こえた。

 二人はフェンスの向こうに影が動くのを見留めた。だんだん近付いてきて、金網のフェンスの裂け目からにゅっと顔を出したのは一匹の猫だった。

 猫は何事もなかったように二人の前を通り過ぎ、やがてコントの舞台として石ころで引いた線の向こうにぺたりと座った。

「客席に座ったぜ……こいつ」

「ほんとだ」

「じゃあ、見せてやるか?」

「おう」

 初めての観客に、二人は一番自信のあるネタを披露することにした。


「なんだ、寝ちまってるよ」

 数分後、ネタを終えて久々にいい汗をかいた二人の視線の先には、ぐっすりと眠り込んだ猫の姿があった。よく見ると、白地に茶と黒の三毛猫だった。大きな体を丸めている。まるでふかふかした毛玉みたいだ。

「猫だからな!」

 声を張ってみても、猫は起きなかった。


 店に戻れば、ただ注文の電話を待つだけの日々。

 健二は丸テーブルの上にネタ帳を広げると、同僚のスタッフを見回した。

「今日もお願いします」

 健二のネタ元は、店の同僚たちによるところが大きかったが、数ヶ月もつとさすがにそれも続かなくなっていた。

「面白いことって、そうそうないよねぇ」

「そうだなぁ。ふとんがふっとんだ、くらいしか思いつかないよ」

 スタッフが談笑するなか、笑ってないのは健二だけだった。


 その夜も抜け穴から広場へと入って行くと、薄明かりに照らされて、ぽこっと盛り上がった黒い山が待っていた。

「こいつ、今日もいるぜ」

 同じ場所に、同じ猫。二人は目を合わせて、うなずいた。

「リベンジだ」

 猫は顔を上げ、「にゃー」と鳴いた。

「はいは~い! 寒くなってきましたね~。でも私たちの頭はぽかぽか、なんですね」

 ネタを披露するたびに猫のしつがひらりと揺れ、たとえ猫でも反応があると二人の声のトーンも、テンションも上がる。

 最後の突っ込みですなぼこりが立つほどコケてから、俊介は猫を見た。

「……寝てるし! こいつ」

 ネタの続きのノリで、健二が猫に向って手を合わせた。

「見てくださいよぉ、プロデューサー様!」

「まさか、これが面白くないってことか?」

 このネタは、最初のライブでメインにしようと決めているほどのイチオシだった。高校の文化祭でプロの芸人からも絶賛された。

「猫にわかるわけねぇだろ」

「そうだよな」

 そう言ってから、俊介はポンと手をたたいた。

「待てよ……まさかこいつ……」

 俊介はそっと近付いて猫の手を脇から持ち上げて、下半身が見えるように健二の方に向けた。

「こいつは、オスか? メスか?」

「それって新種のセクハラか?」

 ふざける健二に俊介は、バイト先で聞いたあるうわさを披露した。それは店にやってきた女子高校生たちがしやべっていたのを小耳にはさんだものだった。彼女たちの話によると、最近この辺りに「触るとなにやら願いがかなう」猫がいるらしい。それはオスの三毛猫だと言う。〝なにやら願い〟の辺りは厨房にいたため、よく聞き取れなかったのだが、〝叶う〟というくらいだからきっと〝願い〟に違いないと想像した。オスの三毛猫はそれ自体が大変珍しいものだということは知っていた俊介は、いま目の前にいる猫が「噂の猫」とイコールであると判断した。

「どこでもいいからさっさと触っておけ! いいか、この猫は今、女子高生に大人気の超ラッキーな猫だ。俺たちもそれにあやかるんだ」

「オス猫なんて、その辺にゴロゴロしてるだろ」

「三毛のオスは別格なんだよ、一生に一度見れるかどうかの猫なんだぞ」

「へぇ、こんなのがねぇ……」

 半信半疑の健二だったが、俊介の剣幕におされておそるおそる抱きかかえ、三色に覆われたその体を触った。

「もしもだよ、この猫が俺たちのネタのためにここに来てたとしたら?」

「は?」

 健二がポカンと口を開ける。

「エサもやらないのに来てるってことは、ネタ見たさだからじゃねぇか?」

「俺たちは見出されたわけか」

「猫プロデューサー様、『猫プロ』にな」

 二人は、願掛けのように両手を合わせた。

「どうか売れますように、猫プロ様」

 拝まれた猫プロは不意に起き上がり、二人をいちべつした。

「やっぱりお供え物が必要なのか?」

 健二の問いに、猫プロはただ黙って見つめるだけだった。


 アパートまでの帰り道、健二がつぶやく。

「こうして振り返ってみると、俺たちって結構チャレンジャーだよな」

「なんだよ急に」

「だってそうだろ。俊介は家のこともあるのに俺についてきてくれたし」

 俊介の実家は、地元で三代続く老舗しにせの洋食屋だった。小さい頃から家の手伝いをしていた俊介は手先が器用で、中学生の時には店に出してもおかしくないほどの料理の腕前を持っていた。当然、父親も俊介が店を継いでくれるものと思い込んでいて、上京すると言い出した時の驚きといったら大変なものだった。

「くせーよ。お前が誘ったんだろ、『芸人になろう』ってよ。誘われなかったら今頃、家を継いでたよ」

「ああ。それなのに養成所行かないで、お前に頼る羽目になったな。すまん」

「うっせ。だからくせーんだよ」

 照れくさそうに呟く健二を俊介が小突きながら、二人は家路についた。


「お疲れさま、健二君。はい、今月の給料」

「ありがとうございます」

 満面の笑みで給料袋を受け取った健二は、その足で目星をつけておいたペットショップ『ZOO』へと向かった。

「え! 高いな……」

 猫の缶詰を見比べながらため息をつく。何十種類もある猫缶の中から一番高いものを選ぶと、時給と同じ額になる。もちろん、もっと安いものもあるが、御利益がなくなりそうで嫌だ。

 財布をのぞき込む健二の手が止まった。

「やめておこう。お金は大切に、な」

 結局、買わずに店を出て、帰ろうとしたその時だった。

「新装開店でーす。よろしくお願いしまーす」

 差し出されたティッシュには、「出ます出します『パチンコラッキー』」の文字。

 健二は立ち止まり、ごくりとのどを鳴らした。

「そうか……。この手があったか!」


「なんて言い訳しよう……」

 とっぷり夜も更けた通りで健二は財布を覗き込み、改めて中身を確認した。

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