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幸福をもたらす三毛猫 御子神さん

永森裕二

第一章 おわらい (1)






「ここで、俺が『釣れた!』って言って引き上げるんだよ。んで、お前が魚みたいにピチピチしながら針に食いついて『魚のエサ捨ててんじゃねーよ』ってツッコむ」

「う~ん、けんのネタはありきたりすぎるんだよな」

 二人の若者が、互いにツッコんだりボケたり、それに対しての意見を言い合っている。どう健二とはやししゆんすけ──二十歳を過ぎたくらいの青年だ。高校時代、普段からよくツルんでいた二人は、ひょんなことから高校の文化祭で開かれた〝お笑いコンテスト〟に出場することになった。一夜漬けのネタにもかかわらず、審査員として招かれた高校の卒業生であるプロの芸人に「まだまだ荒削りだが、笑いのセンスがある」とほめられた。その言葉をきっかけに、二人は高校卒業後、本気でお笑い芸人を目指すことを決意。上京資金をめるため2年間ほど地元で働いて、まだ肌寒い3月に東京へとやってきた。

 当初二人は養成所へ行く予定だった。

 だが、説明会に遅刻して注意され、その説明会の最中に気になる女の子に話しかけてまた注意された。先輩の推薦状のおかげでどうにか最終面接を受けることはできたが、面接官の反応は冷たかった。それなら「二人だけでやってやるよ」という変な意地で、養成所行きはやめたのだった。

 だが、健二はその意地の張り方をおかしなことに向けてしまった。「貯金なんかあるから芸にスゴみが出ないんだ!」とムチャなお金の使い方を始めたのだ。ムチャといっても、最初はコンビニで大人買いするくらいだったが、先に上京していた先輩から借金を頼まれ、気前よく貸してしまったのがつまづきの始まりだった。その先輩はそのまま姿を消してしまい、貯金の大半をなくしてしまう。それでも健二は「こりゃ、いいネタだ!」と強気で言っていた。

 俊介は健二に何度も注意したが、ネタ作りも熱心で練習時間にも遅れることはなかったため、そんな生活をついつい許していた。そんなある日のこと。

 よく片付いた俊介の部屋が二人のネタ作りの場だった。ある日、健二はそこに大きな袋を抱えてやってきた。

「どうだ? すごいだろ! この袋の中、ぜ~んぶカップ麺だぜ!」

 そう言って自慢げに上がり込んで来た健二は、いぶかしげな表情をする俊介を無視して続けた。

「俺って才能あるみたいでさ、これもうネタにするしかないよ。パチンコでもうけて家建てる、ってネタどう?」

 バイト先の仲間に誘われて、人生初のパチンコをした健二は、まさにビギナーズラックで大当たりを引き当てた。カップ麺のつまった袋を俊介に押しつけて、健二は胸を張る。

「これからはバイトなんかしなくてもパチンコで稼ぐから生活は大丈夫。その分、ネタ作りに励もうぜ!」

 俊介はその言葉を聞いてあきれた。すってしまうかもしれないパチンコに時間を費やすなら堅実に働き、しっかりネタを考えるほうが大事なのではないのか……。懸念を口にした俊介だったが、健二はまったく意に介さなかった。「ネタはしっかり考えるから」と言う健二の言葉を信じ、俊介はそれ以上何も言わなかった。だが、そんな健二の無計画ぶりを不安に思った俊介は、より時給のいい中華料理店のちゆうぼうにバイト先を変更した。「いくら無謀な健二といえども、馬鹿じゃないんだから、まあ大丈夫だろ……」そう自分を納得させた俊介だったが、ある日、遅番のバイトを終えて部屋に帰ってくると、健二が部屋に上がり込んでいた。

「あ、おかえり~。ネタ、二十本も作ったぜ! 今日から本気で心入れかえるからよろしくな!」

 そう言った健二の横には、大きなカバンがふたつ並んでいた。それを見た俊介は、最初の懸念が当たってしまったことを確信した。

「まさかお前……家賃が払えなくなったのか……?」

「すまん、俊介! ここに置いてくれ!」そう言って健二は、正座して俊介に向かって頭を下げた。

 パチンコの魅力に取りかれた健二は、大当たりの翌日からバイトにも行かずパチンコ屋に入り浸った。当初こそ、収支はそこそこだったが徐々に負けがこんできて、ついに少なくなっていた貯金にまで手を出してしまい、それも底についたのだった。事のてんまつを聞いて、一瞬「コンビ解消」という言葉が頭に浮かんだ俊介だったが、これまでふたりでやってきたこと、自分自身まだあきらめられない気持ちがあることを認め、「今回限り」「ちゃんとバイトをして家賃を納める」という条件で健二を許した。こうして、二人の同居生活は始まった。

「とりあえず、今日考えたネタはこれだけだ。俊介は?」

「俺もこれで全部。なんだか今日はビビっとくるものがないな。明日またネタを集めるか」

「そうだな」

 ネタのノルマは毎日十本ずつ。それが自分たちで考えた課題だった。

「じゃあ、今日は寝ようぜ。明日も俺、早いんだよ」

 俊介の仕事は朝の仕込みから始まる。健二は現在は心を入れかえ、宅配ピザのドライバーで収入を得ていた。

 朝の早い俊介に合わせる形で健二も眠りにつく。豆電球だけ残し、二人は布団に潜った。


「おはよう」

「ん? ああ……」

 部屋には味噌汁と、卵の焼けたにおいが立ち込めている。料理が得意な俊介は毎朝、きちんと朝食を作るのだ。健二の担当は皿洗いだった。

「早く食っちまってくれ」

「ん? ああ……」

 俊介にかされて万年床から起き上がった健二は、寝ぼけまなこで手を合わせて、テーブルの上の食事にはしを付ける。

「ん……。んまい……」

「当たり前だろーが」


 バイト先のピザ屋に入っても、健二の頭の中はネタのことだけだった。

 トゥルルルルル……。

 だが、店の電話が鳴るやいなや、どこにいようと健二は駆けつけ、素早くオーダーをとる。アパートとバイトの往復しかない健二にとって、配達は人や事件との出会い、つまりはネタを拾う機会になるからだ。

 ピザが焼きあがり、カットしてから手早く箱に詰める。

「じゃ、行ってきます」

「気をつけてな」

 健二は他のスタッフに愛想笑いを返し、バイクに乗った。


 今夜のネタはコント仕立てだった。

 アパートの狭い部屋は、ネタ合わせをすると隣人から苦情が来る。

 アパートにほど近い、公園の横には、四方を金網のフェンスで仕切った小さな広場があった。フェンスに掲げてある白いプラスティックのボードには、百足むかで市所有の土地と記してあり、いつになるかは不明だが市の施設が建設予定らしい。だが今は地面はむき出しのまま、ところどころ雑草が伸び切っていて放置状態だ。フェンスの隅には誰の仕業か、一部金網が裂け、大人一人が通れるほどの抜け穴が出来ている。それを見つけた子供たちが、昼間はよくサッカーをしていた。

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