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ネコナデ[小説版]

亀井享

第一章 孤独じゃない男 (1)






 二週間前の午前八時四十五分。私は寒空の下、暗く沈んだ色合いのスーツに身を固めたサラリーマンたちの多くとともに新宿副都心にそびえ立つ高層ビルに向かっていた。

 私は、他のサラリーマンより若干歩くスピードが速い。勤めているデジタルドラグーンのエントランスを抜け、エレベーター前に着くと腕時計を見て時間を確認する。午前八時四十五分。この到着時間は二十二年間変わらない。

 変わることのない自分の決め事。

 私はこの到着時間を午前八時四十五分と決めている。その誤差は前後三分間まで自分に許している。なぜなら、エレベーターの点検などで使用不可能だったとしても、階段を使えば出勤時間に遅れることなく出社できるからである。

 自分が決めたことは自分しか守ることはできない。しかも、自分の決め事が守れない人間が、人との約束事を守れるはずがない。私はそう思っている。


 デジタルドラグーンの人事部に隣接する会議室で、私の向かいには総務課の若手社員、すずいちろうが座っていた。その手前の机には年金手帳などの退社手続きを済ませた書類が並べてある。

「納得いかないんですけど」と鈴木が言った。

「誰の納得?」私は間髪入れず返答した。

「自分のです」

「自分ね」

 私は鈴木の社内勤務評定を眺め、彼がまるで自分が被害者であるかのような表情でこちらを見ているのを無表情で見つめ返した。

「君は会社に何をしに来ている?」

「……自分の社会人としてのスキルアップと安定した生活のためですけど」

「また自分ね」

「あ、会社の利益への貢献もあります」

「……ね」

 会社への貢献がスキルアップの二の次ということを指摘され、鈴木の顔にその場を取り繕うための安っぽい照れ笑いが浮かぶ。

 この照れ笑いはしゆうしんを隠すためか、単なる無知からくるものか。

 鈴木は照れ笑いを打ち消し、急に厳しい表情になると、自分がリストラされた理由を問いただした。私は静かに答える。

「会社は『自分探し』をする場所ではないからだ」

「え、いやあ、意味がよく分からないんですが」

 自分本位の発言はりゆうちようだが、他者の発言に対しては著しく理解力を欠く。今時の……という発言は好きではないが、今時に多いタイプの人間だ。子育てに失敗するとこうなるのか? 気を付けておかねばならない。ともかくこれ以上話しても、らちが明かない。時間のロスだ。

 私は見切りをつけ、不服そうに首をかしげている鈴木に「以上だ」と告げると会議室を出た。

 人事部の自分のデスクに戻ると早速パソコンに向かった。りゆうざき社長から社内メールが届いていたので開いてみる。私の教育のたまものというべきか、私語をする者は一人もいない。

 社会人として会社に仕事をしに来ている以上、仕事に精を出すのは当たり前で、それは社会人としての義務である。そのことを徹底しているに過ぎないのに皆、私のことを厳しすぎると言う。私からしてみれば至極当然のことなのだが。

 さらに輪をかけて社員から恐れられる決定的な理由は、私が「リストラ執行人」だからである。

 弊社のリストラ五ヵ年計画は今年中に完了する。社長の竜崎せいろうが独断と偏見でリストラ人員を決定し、私が執行するのだ。その命令指示は、社内メールによって竜崎社長から直接私に送られてくる。いつなんどき、実行されるか分からないリストラは竜崎社長の判断と私の勧告、二人だけで遂行される。社員たちは先ほどの鈴木のように、会議室に呼ばれて初めて自分がリストラされることを知る。だから皆、私に個別で会議室に呼び出されることを何より恐れているに違いない。

 私はメールで送られてきた『TIGER』という名のファイルを開いた。

 そこにはリストラされる予定の社員の名前、履歴、社内評定など、すべてのデータが入っており、さらには丁寧にリストラ予定日まで記してある。

 鈴木一郎の名前の欄をクリックすると、リストラ決行日の箇所に本日の日付を打ち込んだ。名前の上に「済」の文字が表示される。

 と、そこへ人事部員のかなきようがお茶を持ってきた。

 響子は〝冷徹冷酷〟で〝悪名高き〟私の直属の部下である。常に冷静沈着、威圧的な態度、理路整然とした物言いで、顔色一つ変えずにリストラを遂行する私を社内で一番理解している人間でもある。

「部長。鈴木さん、会議室で泣いてました」

「多分、自分がかわいそうだからだろう」

 すると子供のように大泣きする鈴木が同僚に付き添われ会議室から出ていくのが見えた。

「ここは保育園じゃない」

「お茶、冷めないうちにどうぞ」

 響子にするりとかわされ、私はお茶をすする。

 いい熱さだ──私が好むお茶の温度を知っているのも響子だけだった。


 夕方、五時半きっかりに会社を出た私は、満員電車に揺られていた。社内での孤立感がここでもひしひしと感じられる。

 正面に立っている女性が時折、こちらを見る。多分、かばんが下半身に当たっているのだろう。やましい気持ちなど持っていないのにもかかわらず、平静を装えば装うほど怪しく見えてしまうのはなぜだろう。そんなことより、先ほどから私の靴のつま先を薄汚れたスニーカーで軽く踏んでいる若者は、自分が人の足を踏んでいることに気付かないのだろうか。妻のすみが毎朝磨いてくれているこの靴を踏んでいることに気付かないのだろうか。そんなことばかり考えていて私の胃が痛みはじめたことを、この電車に乗っている人々は知るよしもない。

 全ては自分への「決め事」が胃を痛くしていることは分かっている。ただ、それには確かな理由が存在する。


 昭和四十八年。私は当時十歳、小学五年生になったばかりだった。千葉の浦安で商工会議所に勤める父と母の三人暮らしで、祖父たちは近所に住んでおり、その当時には珍しく現代ではポピュラーな核家族と呼ばれるものだった。しかし、父親は当時の普通の家庭に比べて少々厳しかった。現在、私が帰宅してからでしか食事が始まらないのもこれにならっている。

 母は「昭和の父親像」の鏡のような父を支える理想的な母親で、「あれ」という父の一言で新聞を持ってきたり、帰宅すると着替える和服の帯の色を的確に選んで持ってきた。子供ながらに「あれ」に発音の違いがあるのではないかと思ったほどだ。

 普通の家庭より「決め事」が多いうちの家庭にはある決まりがあった。

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