箱庭の薬術師
2 神様の玩具 (1)
「えっと……花を助けてくれてありがとうございます」
「どういたしまして。病気はちゃんと完治してるから安心してね?」
「……はいっ!」
目の前にいる男の子……神様へ感謝の意を伝え、深く頭を下げる。
現状がよくわからないことになっているとはいえ、高木さんの言葉によると花は無事に手術が成功して助かっているのだから。くわえて、神様も完治していると言ってくれている。
そして自分が名乗っていないことを思い出し、慌てて神様へもう一度お辞儀をした。
「私、楠木ひなみ、です。21歳の大学生です」
「うん、よろしくね。……でも、いきなりこんな暗闇に来てよく驚かないね」
私は少し落ち着きを取り戻した。大げさなリアクションをしない私に、逆に神様が驚いている。
私はもう、花が無事だったことで力尽きている。何も驚かない自信がある。
「私にとっては、花が助かった以上の驚きはない……です」
「そっか。じゃぁ交換条件、覚えてる?」
「あ……はい」
少し間を作ってしまったが、私ははっきりと返事をした。
私のすべてを捧げると、約束をした。
ずいぶん曖昧で、具体的な話はない。私はどうなってしまうのだろうか。殺されてしまうのか、それとも慰み者にでもされるのであろうか。そう考えたが、相手は神様。その確率は低そうだなと……なんとなく思う。
神様なんて、人間が作った空想上のモノだとばかり思っていたのに。
「すごい素直ちゃんだね?」
へたりこんでいる私の横に腰を下ろし、神様が目線の高さを合わせてくる。
その青い瞳に吸い込まれそうになる。妹の治療費の足しにと、バイト三昧だった私にこの体勢は若干恥ずかしく、いや、だいぶ恥ずかしく辛い。自分の顔が熱を持つのを感じる。
そんな私の頭を神様が撫でて、綺麗な笑顔を見せながら言葉を紡いでいく。
「ひなみは僕の玩具になってもらうね」
「えっ……!? おも、ちゃ?」
「そう。僕ね、ここにずっと独りでいるんだ。まぁ、多少はやることもあるけど、基本、暇なんだよね」
「はぁ……」
「気のない返事だね、ふふ。ひなみには、僕が管理している地球とは別の世界……異世界へ行ってもらうね」
異世界、とな?
いや、神様にとってこれくらいはお手の物なのだろうか。しかし、私を異世界に送ると神様に何かメリットがあるのだろうか。正直、私は力も何もないただの女だ。
「暇だから、異世界で四苦八苦するひなみを見て、時間を潰そうと思って」
これが神様というものなのだろうか。私の斜め上を行く答えをいただいた。
そんな私の様子を察したのか、にこにこしながら話を続ける。
「あと、もう1つ目的があってね。ポイントを集めて欲しいんだよ」
「ポイント?」
言葉を反芻して、神様を見る。
「そう。そのポイントは、ひなみが異世界で何か行動を起こすと加算される仕組みになっている。それを僕に送ることで、僕はそのポイントを得ることができる。もちろん、そのポイントのお返しとして、相応のものをひなみに送るよ?」
「ポイントを貯めると、神様に何かメリットがあるんですか?」
「んー……それは、な・い・しょ」
神様の口元が三日月を描く。そして指は私の口元へとあてがわれて、「教えてあげない」と意地悪く微笑んだ。途端、一気に私の顔が火を噴いた。こんなこと、初めてされたよ……!!
そんな私に気付いたらしい神様が、くすくす笑っている。恥ずかしい、穴があったら入りたい。その綺麗な顔に見つめられてるだけで沸騰してしまいそうなのに、もう顔は茹蛸に違いない。
目的であるポイントが何かわからないので気にはなるが、神様が内緒というのであれば触れてはいけないものなんだろう。私は花を助けてもらったお礼に、ポイントを集めればいい。それがわかれば、問題はない。
「じゃぁ、さっそく異世界に送ってください!」
「え?」
恥ずかしさもあってか、私は勢いよく立ち上がる。
そしていざ異世界へ。と、思ったのだが神様を見るときょとんとしていらっしゃる……。あれ、私は何か間違えたのであろうか。
「あはは! ひなみって可愛いね! 異世界のこと、何も伝えてないのに乗り込むの? 死んじゃうよ~」
「うえっ!?」
そういえば、ポイントを集めればいいってことしか知らない。
しかもさらっと、何もなしに行ったら死ぬことを示唆された。私が行くのは危険がいっぱいの世界なんだろうか……今から不安になってくる。
そっと神様から視線をはずして、座りなおす。そんな私の頭を神様が撫でてくる。完全に子ども扱いをされている……。
「まぁ、簡単に説明するね。異世界の名前は〈レティスリール〉。そこは〈サリトン〉〈ムシュバール〉〈アグディス〉の3大陸から作られている。〈サリトン〉と〈ムシュバール〉は基本的に人間が多く住んでいる大陸。〈アグディス〉は自然が豊かで、獣人や精霊たちが好んで多く住んでいる大陸かな。あ、でも〈ムシュバール〉は血気盛んで、極めて好戦的な皇帝が治めている。行くときは気をつけないと危険だね……」
「……はい」
一気に大陸の名前を言われ、若干混乱する。これで国の名前も入ったら、正直覚えられる自信がない。それをわかってか、神様が「国の名前は行ってから自分で覚えるといいよ」と、アドバイスをしてくれた。恥ずかしい……。
「レティスリールには、大きく分けて人間・獣人・精霊の種族が住んでいるよ。それにくわえて魔物もいるから気をつけてね。人間の説明はいらないとして、獣人と精霊だね。獣人は、魔物ではない獣全般のこと。知能もあり、姿は人間と同じだ。ただし、耳や尻尾がある。精霊は説明が難しいなぁ……ひなみの世界でいうゲームでたとえると、エルフやドラゴン、それに妖精などが含まれるよ。まぁ、簡単に言えば人でも獣でもない不思議な存在、かな?」
「な、なるほど……地球とはいろいろ違うんですね」
神様の言葉を反芻し、しっかり覚えなければと必死になる。しかし聞くところこれは、花が好きなゲームの世界に似ている……気がする。私はバイトばかりであまりゲームはしなかったけど、もし花が好きな世界ならば、その分私がそこで精一杯生きようと思う。
「まぁ、簡単に言えばゲームみたいな世界ってことだね。あとはー……」
「ざっくりですね……まぁ、わかりやすくていいですけど」
「そ? あ、そうそう。《ステータス》と唱えてごらん?」
「え? えっと、《ステータス》!」
私の目の前に何か画面が映し出された。これは、立体映像なんだろうか……? ホログラムのようなものが視界に入る。それはどうやら、私の情報が視覚化されたもののようだ。
〈 楠木 ひなみ 〉 21歳 Lv1
HP 15/15
MP 20/20
ATK 3
DEF 3
AGI 6
MAG 10
LUK 30
〈スキル〉なし
〈称号〉リグリス神の加護
「わ、ゲームみたいだ……」
「ATKは攻撃力で、DEFは防御力。AGIが素早さ、MAGが魔力でLUKは運だよ。……って、ステータス低っ!!」
あ、やっぱり低いんだ……見た瞬間からそんな気はしていたが、実際言われると少しショックだ。まぁ、スポーツもやってない普通の女子と考えれば……希望はある、のか?
神様は私のステータスを見るや否や、何か思案を始めたようだ。このままじゃ死ぬからどうにかしないといけない、とかなんだろうか。冷や汗がそっと伝う。
「これはすぐ死んじゃうねー……でも、普通は魔法スキルの1つくらいあるもんなんだけどな」
「魔法……! それはすごいですね。使えるようになるんですか?」
「うーん……適性次第だね。とりあえず、この低いステータスをどうにかするのが先だね」
難しい顔をして、神様が私の手を取る。
その表情で、いかに私のステータスが予想以上に低かったのかがわかる。こんな私がよく神様に選んでもらえたなと思う。あ、だからLUKがちょっと高いのかな? ラッキーガール的な何かなんだろうか。
「わっ!?」
1人思案をしていたら、突如自分の身体が揺れた。
え、いったい何が……?
「うん、成功! もう1回ステータスを見てごらん?」
そしてそのかけ声とともに、私の身体が宙に浮く。抵抗する暇を与えられず、私はイケメン神様の膝に座らされた。なぜかすっぽりと収まってしまっている身体を不思議に思い、自分の手を見ると縮んでいた。服もぶかぶかになり、脱げそうになったのを慌てて押さえつける。
どういうことなのかと神様を振り返るが、何も教える気がないのかにこにこしているだけ……。
私は観念して、再度《ステータス》を唱える。
〈 楠木 ひなみ 〉 13歳 Lv1
HP 30/30
MP 45/45
ATK 10
DEF 10
AGI 13
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