余命一年の勇者
第一章 集団転移 (2)
生まれた時から地獄に在り、そして1年の余命を宣告された少年が抱く夢とは、一体どのようなものなのか。
おそらくは、並々ならぬ願いに違いない。
藤堂は固唾を飲み、覚悟を持ってその言葉を待った。
そして、悠の少女のような唇が、その夢を紡いだ。
「……学校に、行きたいんだ」
◆ ◆ ◆
春と夏が溶け合う、初夏の蒼穹。
陽は天高く校舎を照らし、そこかしこから部活に励む声が聞こえてくる。グラウンドには、元気良く動き回る少年少女の姿があった。
教室の窓から広がるのは、そんな爽やかな青春の情景だ。
その快なる陽気に似合わぬ罵声が、放課後の教室に響く。
「おらっ!」
悠の腹に、粗暴な蹴りが入れられる。
小柄で華奢な身体は容易く吹き飛ばされ、けたたましい音を立て、机と椅子を巻き込みながら床に倒れる。
衝撃と痛みに、悠の息が軽く詰まった。
「いっつ……」
悠は軽く呻きながらも、ふらふらと立ち上がった。
そんな彼の小柄な姿を見下ろす、一人の少年。
逆立てた金髪にピアスを付けた、明らかに校則違反の風貌だ。しかし、それを注意できる者は、誰もいない。
粕谷京介。
彼は、悠のクラスメイトである。
その三白眼が、周囲のクラスメイトをぎょろりと睨みつける。
「何だよ壬生、世良ぁ……俺に文句でもあるのかよ、あぁ?」
「い、いや……何でも」
制服姿の少年と少女が目を逸らす。
今、この教室には粕谷たちの他に10人ばかりの生徒が残っている。
しかし、その誰もが粕谷の暴虐を見て見ぬ振りをする。我関せずとそそくさと教室を出ていく者もいた。
通りがかった教師も何ごとかと教室を覗いたが、粕谷の姿を認めると、何も見なかったと言わんばかりに去っていった。粕谷の機嫌を損ねないように、会釈すらしていく始末だ。
教師が一人の生徒の顔色を窺う。一人の生徒の暴虐を知りながら見過ごす。それが、この学校の日常だった。
粕谷はこの学校の出資者であり、政財界にも強い影響力を持つ一族の血筋であった。実家の後ろ盾を持つ彼には、生徒はおろか、教師ですら口出しができない。
彼の暴虐を諌めた教師や生徒が、家族ごと街から姿を消したなどという噂も立っており、粕谷京介はまさしく暴君としてこの学校に君臨していた。
そんな彼に、悠は目を付けられてしまっていた。
「おい神護、今なんて言った?」
粕谷は声に凄みを利かせて、悠の胸倉を乱暴に掴み上げる。悠の華奢な身体が、ガクガクと揺さぶられた。
「だから、無理だよ……」
悠の頬に平手が振るわれる。皮膚を打つ甲高い音が、教室に響いた。
「逆らえる身分だと思ってるのかよ、おい……!」
入学して間もない頃から、悠はいじめられていた。主犯は目の前の粕谷京介、そして彼に従う取り巻きたちだ。
事あるごとに理不尽な要求を受け、暴力を振るわれる。
そして今もまた、彼は取り巻きである少年たちを連れて、衆人環視も憚らず、悠を囲んでいた。
「なあ、別に難しいことは言ってねぇだろ……? あの女とちょっと〝遊ぶ〟のに協力してくれればいいんだからよ。それだけでお前にはもう何もしないって言ってんだろうが、あぁん!?」
己の意に否を突き付けられたことがよほど癪に障ったのか、粕谷は目を血走らせながら悠に凄んだ。
〝遊ぶ〟。粕谷が彼女に何をするつもりなのか、容易に想像ができる。
それゆえに、断じて是と言えることではない。
「僕のことは殴ったり蹴ったりしてもいいからさ。だから……朱音さんまで巻き込むのは止めてくれないかな、粕谷君……お願いだよ、ね?」
そう言いながら、悠はせめて粕谷の機嫌を良くしようと愛想笑いを浮かべる。
しかし、それは逆効果だったようだ。粕谷の顔が、みるみる紅潮していく。
「白髪のモヤシ野郎が、調子こいてんじゃねぇぞぉ!」
怒声を上げながら、悠の身体を踏み付けようとして――
「何やってるのよ」
――少女の鋭い声に、止められた。
正確には、身が竦んで動けなかった。
その少女の声には、恐ろしいほどの険が込められていた。
粕谷たちは皆、その声に突き刺され、縛りつけられる。
教室に残っていた生徒たちも、びくりと肩を震わせた。皆の視線が、声のした方へと向けられる。
教室の出入り口に、一人の少女が立っていた。
いかにも気の強そうな目鼻立ちの、凛とした美貌の少女。綺麗な髪を背中あたりまで伸ばし、柳眉をつり上げながら、教室の光景を睨んでいた。
悠が、彼女の名を呟く。
「朱音さん……」
藤堂朱音。
悠が世話になっている藤堂家の次女。悠の同居人であり、クラスメイトでもある少女。粕谷の言っていた〝あの女〟その人だ。
「悠、帰るわよ」
彼女は、ただそれだけを言うと大股で歩み寄る。粕谷たちのかたわらを通り過ぎ、自分の机と悠の机から無造作に鞄を掴んだ。
粕谷たちには一瞥すらない。彼らなど眼中にないといった様子だ。
「……おい、藤堂てめぇ! 何無視してんだよ!」
朱音は無言。形の良い唇は、むっつりと引き結ばれている。
粕谷の額に青筋が立つ。歪んだ唇が、唸るような声を漏らした。
「邪魔してんじゃねぇよ、てめ――」
そして続く言葉は、風切る音とともに止められた。
粕谷の鼻先に、朱音の足。
一瞬で蹴り上げられ、粕谷の顔面で寸止めされた回し蹴りの足先。
顔を襲う風圧に、粕谷は息を飲んだ。それは、周囲の取り巻きも同様だった。
「無視してあげてるんだから、ありがたく思いなさいよ、粕谷。行くわよ、悠」
冷淡に言い捨て、悠の手を取って教室を出ていくのだった。
◆ ◆ ◆
「ごめんね、朱音さん」
藤堂家への帰り道、駅へと向かう途中の商店街。
悠は、朱音に手を取られながら謝った。朱音は悠の手を離すと、呆れたような視線を向ける。
「あんたもあんたよ、悠。ヘラヘラして情けないったら……やられっぱなしで悔しくないの?」
その瞳には、粕谷たちへ向けた視線とは別種ではあったが、紛れもなく怒りの感情が宿っていた。
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