余命一年の勇者

からす

第一章 集団転移 (1)

 

「僕は、あとどれくらい生きられるのかな?」

 そこは日本政府が管理する高層ビルの上層、その一室の応接室だった。高級なソファやテーブルに、上品な仕立ての(じゆう)(たん)。壁は完全防音、窓は()(げき)にも耐えられる(ぼう)(だん)ガラス。

 その(せい)(じやく)を、内容の不吉さとは(うら)(はら)な穏やかな声が破る。

 (とう)(どう)(まさ)()(きよう)(がく)に目を()いて、手元の書類から顔を上げた。

 (とう)(どう)の腰掛けるソファの対面、テーブルを挟んだ向こうのソファには、一人の少年が座っていた。

 (とう)(どう)が彼の()(じよう)を知らなければ、少女と思っていたかもしれない。

 それほどまでに線が細く小柄で、柔らかな顔立ちの少年であった。

 初対面の者が、一見して彼の性別を当てることはほぼ不可能だろう。むしろ少女であると答える者が多数であるようにも思える。

 その髪はまるで老人のように真っ白であり、「(はかな)い」という言葉がこれ以上ないほどに似合っていた。

 年齢は15歳。

 (とう)(どう)の次女と同い年だ。

 (とう)(どう)は、自分の半分も生きていないこの少年の(きや)(しや)な姿を見ると、時折胸を()(むし)りたくなるような(かく)()の念に襲われる。

 (ゆう)は、物静かで透明な眼差しで(とう)(どう)を見つめる。

「……分かっていたのか、(ゆう)君」

「自分の身体だし。長生きできないっていうのは何となく」

 (かみ)(もり)(ゆう)

 それが、そう遠くない己の死を予感しながらも、(ほが)らかな笑みを浮かべる少年の名である。

 (ゆう)に告げるべき言葉に悩み続けていた(とう)(どう)は、深く(たん)(そく)しながら、伝えるべき内容を(かん)(けつ)かつ率直に口にした。

 苦虫を噛み潰すような心地を味わいながら。

「今のペースのままなら、おそらくは1年前後だそうだ。症状の進行を抑える手立ても、今のところは見つかっていない。見つかる可能性も、極めて低いそうだ」

「1年、か……」

 顔を落とし、(とう)(どう)の告げた言葉を(はん)(ぷく)する(ゆう)。1年という期間でできることに思いを()せているのだろうか。その姿は、とても小さく見えた。

 (とう)(どう)は、その姿を見て密かに歯噛みする。

 15歳の少年に残された時間としては、あまりに短過ぎる。

 ましてや、彼は生まれてから今の今まで、人間らしい生活すら送ることが出来なかったのだ。

 (かみ)(もり)(ゆう)は、生まれてから15年もの間、ずっと()(こく)な人体実験にさらされてきた。

 そしてそれを行ったのは、日本政府の一機関である。

 (とう)(どう)たち有志が、その国家の悪意を潰すことに成功したのは、ほんの1月ほど前のことだ。

 とても公にできることではなく、(もろ)(もろ)の処理は内密に行われたが、目の前の()(せい)(しや)に対してはそういうわけにもいかなかった。

 犠牲となった数千人もの子供たちのうち、命と理性を保っていたのは(ゆう)だけだった。

 (いま)(いま)しいが、あの(じん)(めん)(じゆう)(しん)()(どう)どもにとっては〝成功例〟と言えるのだろう。

 彼の身体には、確かに常人には持ち得ない、ある能力が備わっていた。

 もっとも、支払った代償がそれに見合うかは、(とう)(どう)には(はなは)だ疑問であったが。

 そして、我が国が彼に人生を返すのは、あまりにも遅きに失してしまった。

 (とう)(どう)の手元にある書類は、データというこの上なく確実な手段でもって、残酷な事実を突き付ける。

 (ゆう)の内臓は、(かん)(まん)にではあるが、その機能を失いつつある。

 もっと事を急いでいれば、こうなる前に(ゆう)を助け出せたのではないか――すでに何度目かも分からない自責の念を噛み締める。

 (ゆう)の背は低く、上背のある(とう)(どう)からはその(うつむ)いた顔に浮かぶ表情を(うかが)い知ることは出来ない。

 怒り、絶望、恐怖……その辺りの表情を予想する。

 (とう)(どう)は、この場で怒り狂った(ゆう)に首を()められても受け入れる心地で、(ゆう)の続く返答を待った。

 そして――

「良かった、思ったより長く生きられるんだね」

 その表情には、(あん)()にも見える笑みが浮かんでいた。

 (とう)(どう)が予想していた負の感情など()(じん)も見えない、()み渡った笑顔。馬鹿な、と(とう)(どう)は脳を揺さぶられるような感覚を味わう。

 彼の15年はまさしく()(ごく)だったはずだ。自分が彼の立場なら、関係者をみな殺しにしてもなお飽き足らないだろう。

 その上で未来までもが奪われたのだ、その場で狂したとしても責める資格のある者はいない。

 努めて平静を(よそお)いながらも、(とう)(どう)は彼に問いかける。

「……それだけか? 怒ってはいないのか? 恨んでいるんじゃないのか? 言いたいことがあるのなら、(えん)(りよ)なく言うんだ、(ゆう)君。君にはその権利があり、俺にはその責任がある」

 (ゆう)の目の前に、彼の人生と未来を奪った日本政府の一員がいる。

 (ののし)ってくれればいい、(なじ)ってくれればいい、自分の極大の不幸を声高に叫びながら、我々に(つぐな)いを求めてくれればいい。

 (とう)(どう)は、その覚悟をもってこの場にいるのだから。

 (ゆう)の生きた15年を(とう)(どう)は書類の上でしか知らないが、その内容はただの文字の()(れつ)ですら、常人の精神を揺るがすに足る(せい)(さん)なものだった。同僚の幾人かは、書類に目を通しただけで不調を訴えたほどだ。

 あの書類に目を通した時、もし目の前にあの()(どう)どもがいたら、(とう)(どう)(しよう)(どう)的に彼等を殺していただろうと本気で思った。

 (ゆう)がこうして会話を交わす精神を保てたことは、奇跡と言っても良い。

 しかし、彼は(とう)(どう)の言葉を受け、どこか困ったような笑みを浮かべる。

「……よく分からないんだ。僕にとっては、あの生活が当たり前だったから。でも、今はすごく幸せだよ。だって、身体を切られたり潰されたり燃やされたりすることもないし。もう(りゆう)(さん)とか飲まなくてもいいんだよね? だから、(とう)(どう)さんや皆には、本当に感謝してる。改めて、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる(ゆう)を見下ろしながら、(とう)(どう)は深々と(たん)(そく)した。

 応接室に、温くなったコーヒーを(すす)る音が立つ。

 ――(かみ)(もり)(ゆう)は、怒りや(ぞう)()といった負の感情が壊れている可能性が高い。

 (ゆう)のカウンセリングを行った精神科医の報告を(とう)(どう)は思い出した。

 彼の味わった15年は、負の感情などを抱いていては耐えられるものではなかったのかもしれない。

(かみ)(もり)〟の名の通り、神の()()はあったのかもしれないが、それも完全ではなかったということだろう。

 願わくは、〝(ゆう)〟の名の通り、穏やかな人生が、少しでも長く続いてくれればよいのだが。

「……我々としては、君にできるだけのことはしたいと思っている。何か希望があったら、言ってくれ」

「希望……」

 (ゆう)は、(とう)(どう)の言葉を(ぎん)()するように(あご)に手を当てながら、何やら考え込む。

 常人が考え得るたいていのことは(かな)えてやれるだろう。それだけの予算は確保できている。

 少なくとも、(ゆう)がどれだけ(ほう)(とう)な生活を送ったとしても、(きん)(せん)に困るような可能性はほぼないだろう。

 (ゆう)は悩み、悩み、悩みながら――何やら身体をもじもじとさせていた。

 そして、不安と期待の入り混じった、複雑な表情を浮かべて手元を見る。

「……何か、思い付いたのか?」

「ずっと、夢だったことがあるんだ。その、もしできればの話で、無理だったら別にいいんだけど」

「言ってみなさい」

 ずっと抱いていた夢。

 つまり、彼の味わった()(ごく)のなかでの希望。

 それは、日本政府の関係者として、今回の事件の責任者として、そして一人の大人として、全力をもって(かな)えてやるべきものだろう。

 ずいぶんと(えん)(りよ)しているようだが、(きん)(せん)や我々の人脈で実現できる内容なら良いのだが。

「あのね」

 (ゆう)は、意を決したように顔を上げ、(とう)(どう)の顔を真っ直ぐに見ながら口を開く。

 少し興奮しているのか、少し(ほほ)(こう)(ちよう)しているように見えた。

 それはまるで、宝くじを当てた時の使い道を語るような、遠い夢に思いを()せる様子であった。その顔がまだ不安げなのは、はたして(とう)(どう)たちにそれが実現できるのかと疑っているのだろうか。

 よろしい、(かな)()()があるというものだ。

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