レベル99冒険者によるはじめての領地経営
プロローグ






「こんなことになるとは、思わなかったな……」
背後からは、宮廷舞踏会の喧騒がさざ波のように伝わってくる。
そんな中、今さらだが感慨のこもった声で、白いローブを着た黒髪の少年がつぶやいた。
「そもそも、地球からファンタジー世界に転移させられるということがありえないわけだが」
そう、天草勇人――大魔術師ユウト・アマクサは苦笑する。
「それに、王宮へ何度も来ることになるとはなぁ。しかも、主賓でさ」
バルコニーからは、夜の王都が一望できる。ただし、灯っている明かりがささやかすぎるため、詳細までは判別できない。
それを見るとこんなところにいて良いものかと、つい考え込んでしまう。
だから、気づくのが遅れた。
「ここにいたのか。捜してしまったではないか、ユウト」
銀の鈴を鳴らしたかのような、澄んだ声が耳朶を打つ。
「ああ、ヴァル子」
慌てたのは一瞬。すぐに余裕を取り戻し、黒い瞳の少年は旅の仲間を迎え入れる。
美しい、少女だった。
月光の下で輝く金髪は薄闇の中にあっては妖しい魅力を見るものに振り撒き、蒼く美しい瞳は夜の海のように引き込まれてしまいそうでとても印象的。
新雪のように白い肌はシルクのドレスに覆われており、露わになった首回りから胸元へついつい目が行ってしまうのは、普段の鎧姿を見慣れているからだろうか。
綺麗だとか美しいだとか。そんな表現はありふれているし、言われ慣れているだろうが、他に言いようがないのもまた真実。
「むう。そのヴァル子という呼び方はやめろと言っているだろう? 私は、ヴァルトルーデだ」
「長いし」
「なら、ヴァルで良いだろう? みんなそう呼んでいるぞ」
彼女があまりにも綺麗すぎて名前を呼ぶだけで照れてしまう。ただ、それだけ。そんな事情を知る仲間たちからは、訳知り顔で微笑まれていたりする。
「アルシア姐さんたちは?」
「それぞれ楽しくやっているのではないか?」
「それはなにより」
「そっちこそ、こんなところでなにをやっていたのだ?」
「お見合いをセッティングされそうになったんで、逃げてきた。あのまま全部成立してたら、俺の嫁は一〇人を超えてたな」
「それは……」
心当たりがあるのだろう。ドレス姿の美少女が、険しい表情を見せる。
しかし、王侯貴族が強引にでも縁を結びたいと考えるのは、無理もない。
自分たちが一介の冒険者だと思っていても、その業績は英雄と呼ばれるに相応しいものなのだから。
パーティのリーダー、聖堂騎士のヴァルトルーデ。
人間の倍近い巨体で、鎖付きの鉄槌を暴風のように振るう岩巨人の蛮族戦士、エグザイル。
斥候役にして弓の名手。魔術すらも使いこなす草原の種族の冒険者、ラーシア。
魔術と死を司るトラス=シンクの大司教で、神術魔法の達人、アルシア。
〝虚無の帳〟の実験体だった超能力者の少女、ヨナ。
世界移動から一年。ユウトは、この五人と旅をした。
「まあ、あの根なし草どもに比べたら、俺のほうがやりやすいってのは分かるけどな」
「酷い話だが、否定しづらいじゃないか……」
そこで、会話が途切れた。
会場の喧騒が遠くなり、まるでこの世界に二人きりになったかのような錯覚を憶える。
二人だけの世界。
それを壊してしまうことをためらいながら、ヴァルトルーデは話を切り出した。
「実は、頼みがあるのだ」
「頼み? ヴァル子呼ばわりをやめろってんなら善処しないでもないが」
そんなお願いじゃないのは分かっていたし、善処すると言いつつ実行する自信はなかった。公約違反になるが、照れ隠しなのだ。
しかし、ヴァルトルーデはなかなか続きを喋ろうとしなかった。
今の彼女は、見慣れた魔法銀のフルプレートも、致命的な打撃を完全に避ける魔化が施された大型の盾も持っていない。神から賜った討魔神剣もそうだ。
白く煌びやかなドレスに身を包んだ、絶世の美女。そんなヴァルトルーデがもじもじと、顔を伏せたりこちらを見たりしている。
不意に、バルコニーに風が吹き、さわやかな香水の匂いを運んできた。
告白の気配を感じ、心臓が高鳴る。
(いや、なくもないけど、やっぱりないないない)
否定はしつつも、邪な期待が湧くのは止められなかった。
「故郷へ帰る予定なのは分かっている。故郷が恋しいのは人間として当たり前のことだ」
夜風が、二人の間を通り抜けていく。その寒さのせいではなく、少年は肩をすくめた。
準備があるため、故郷に帰るまでには一年ほどの猶予がある。
こちらでそれなりの地位を築いているのだから、残ればいいのではないかと言われたことは、一度や二度ではない。
そして、それが正論だと思う部分もある。
それでも、やはりなにも言わずに両親や友人たちの前から姿を消していると、引け目を感じていた。
帰れるのだから、帰っておきたい。
また戻ってこられるとは、限らないけれど。
「だが、それまで。それまでの間で良いから――私のものになってくれないか?」
「お、おう? って、俺、なんで肯定してるんだよ?」
「そうか。良かった。持つべきものは仲間だな」
「いや、待て。俺になにをやらせるつもりだ」
「私のものになってくれると、言ったではないか」
「説明をしろ」
「う、仕方あるまい……」
もじもじと照れながら言う様は、さっきと同じく告白されるかのようだったが――
「私の秘書になってくれないか?」
「秘書?」
「領地と爵位をもらった――」
「たまわったな」
「ああ。たまわった以上は、領内の安全を確保し、税を集め、貴族としての義務を果たさなければならぬ」
「そりゃそうだな」
いわゆる領地経営というものだ。
「だが、できるわけがないではないか。私は、私はなぁ、字もまともに読めないのだぞ……?」
そうだった。
この忘れがちで単純な事実に、思わず頭を抱える。
神から討魔神剣を賜り、ロートシルト王国を、いや世界を破滅の危機から救い、並ぶ者なき武勇を誇る絶世の美女。
近々、正式に貴族の列に加わり、シルヴァーマーチの一部を拝領してイスタス伯ヴァルトルーデとなる少女。
その唯一と言える欠点は――脳筋。
「学がまったくないんだったな……」
そんな彼女が、叙爵されるに至った理由。
それは、五日前。世界を救ったからだった。
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