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御曹司社長は初恋の幼なじみを逃がさない

御堂志生

第一章 再会 (1)




第一章 再会




 都営地下鉄、麻布十番駅から歩いて数分──。

 加賀美凛はスマートフォンの地図を見ながら指定された住所にたどり着き、新築同然のタワーマンションを見上げた。

「高いなぁ……さすが五億円!」

 二十四歳という年齢で、家政婦歴はなんと十年近い。様々な邸宅を中心に勤めてきた凛だが、タワーマンションに派遣されるのは初めての経験だ。

 しかも今回はワケアリだけに……どうにも緊張する。

『二十代で五億円のタワーマンションに住んでるのよ。それもペントハウス!! すごいと思わない? 代金は三ヵ月分前払いしてくれるって言うんだから、断るのはもったいないでしょう? まあ、ちょっとした条件はあるんだけど……』

 そういって『ちょっとした条件』を後出しにしてきたのは、家政婦派遣会社フリーバードの社長、鳥飼彩乃だった。

 彩乃は八歳も年上のバツイチ、ふたりの子持ちであるにもかかわらず、美味しい話を持ち込まれるとすぐに飛びついてしまう。堅実な考え方をする凛にすれば、どちらが年上かわからなくなるときがある。

 ちなみに凛は、フリーバードの社員ではなく共同経営者。肩書は副社長だ。

 といっても、正規の社員はふたりを除いてたったの三人、あとは数人のパートやバイトを雇っている程度の零細企業だった。

 社長の彩乃は、時間単位で家政婦を派遣する家事代行サービス部門の担当をしている。

 シフトを組んだり、パートを教育したり、手が足りないときは自らシフトに入ったり……という仕事が中心だ。

 一方、凛は──お屋敷と呼ばれるような邸宅を担当していた。

 専属の長期契約を主としているが、雇用主の紹介で臨時の仕事を請け負うときもある。そういった場合、凛自身が引き受けていた。

 今回の仕事はその臨時に近いものだったが……。

『ちょっと待って! その若さでタワーマンション? それって絶対独身でしょう? 金持ちの独身男はパスって、いつも言ってるじゃない!』

 凛が仕事を引き受けるのは、基本的に女主人のいる家庭だ。大きな屋敷の女主人に代わって家政を取り仕切る、あるいは、女主人の補佐をする、というケースが多い。

 もちろん例外はある。数年前に仕事をリタイアし、妻に先立たれた元経営者が、老人ホームに入るまでの数ヵ月、家政を任せたいという依頼を受けたことがあった。

 だが、若い独身男性──それも独り暮らしなど論外だ。

 若い男性に問題があるわけではない。女主人のいる家庭にも十代の息子がいることはままあった。

 しかし、子供には親の存在がストッパーになる。

 一方、タワーマンションに住むような社会的成功者となると……そういった男性は得てして傍若無人に振る舞うものだ。

 彼らは総じて、若い家政婦と二次元のメイドを混同している。『おかえりなさいませ、ご主人様』と言わせるくらいならまだいい。高いお金を払っているのだから、多少触れるくらい許される、という思い込みには我慢ならない。

 若くしてこの仕事を始めた凛は、そういったトラブルを嫌というほど経験していた。

 ほとんどの場合、立場の弱い家政婦が泣き寝入りする羽目になる、ということも……身をもって知っている。

『大丈夫だって、一部上場企業の社長さんなんだから』

『一部上場って……そういうのはなんの保証にもならないの! 第一、ちょっとした条件っていうのも怪しいじゃない』

『ああ、それ? えーっとね……凛ちゃんがご指名なんだよねぇ』

『彩乃さーん、うちっていつから指名制になったのかな? キャバクラじゃないんだからね!』

 完全に断るつもりでため息をついたとき、彩乃がポツリと口にした。

『でも、シオンの社長さんだよ。めったなことはしないと思うんだけどなぁ』

 ふいに、聞き覚えのある大型スーパーの名前を出され、凛は息が止まった。

『それって、篠原グループの?』

『そうそう、その篠原……えーっと、篠原由暉さんっておっしゃったかな? 独身家庭はちょっと、って言ったんだけど、凛ちゃんとは知り合いで、自分の依頼なら断らないはず、って……』

 トクン、トクン、と少しずつ鼓動が速くなっていく。

 凛は中学卒業後、篠原家で住み込みの家政婦をしながら高校に通った。

 由暉はその篠原家のひとり息子だ。凛より四つ年上だった。

 篠原家は小間物屋として江戸時代に創業。その後、呉服屋を経て、現在は大型スーパーシオンのオーナーとして日本流通業界に名を馳せている。

 凛が働いていたころは、由暉の父、博暉が社長を務め、祖父の正暉が会長だった。

 現在は二十八歳になったばかりの由暉が社長──ほんの一ヵ月前、病気療養中だった父親が亡くなったためと聞く。

 凛は由暉の父に大きな恩があった。

 勤め始めて三年目、凛が高校三年生の終わり、彼から大学進学を勧められたのだ。

 入学金や学費、生活費まで援助すると言われては、断る理由などない。凛は篠原家を出て一年間予備校に通い、千葉の大学に合格したのだった。

 由暉の父が凛を援助してくれた理由は、『親に捨てられ孤児となった子供たちへの支援』と言っていた。

 だがそれは表向きの理由にすぎない。

 由暉は凛にとって、〝雇用主のひとり息子〟というだけではなく──。

「お客様、失礼いたします。当マンションにご用がおありですか? よろしければ、お手伝いさせていただきますが」

 凛はハッとして顔を上げた。

 いつの間にかマンションのエントランスに足を踏み入れていたらしい。

 彩乃とのやり取りから、由暉のことまで考え込んでしまい、コンシェルジュのひとりに声をかけられるまでボーッとしていたことに気づく。

(ヤバイヤバイ、これじゃ不審者だわ)

 今日の凛はシンプルな黒のパンツスーツだった。ネット通販の廉価品で、ハイグレードなタワーマンションの来客にふさわしいスーツではない。

 だが、胸を張って堂々と着こなすだけで、印象はずいぶん変わってくる。

 平均的な身長をより高く見せるためのハイヒールも、その印象操作にひと役かってくれるはずだ。

 そういったことを気にするのは、凛の容姿が、平均的な家政婦からほど遠いことが原因だった。

 目の色は、瞳の中にひまわりが咲いたような……いわゆるヘーゼルの瞳だった。

 昔はそのせいでいじめられたこともあったが、今ではチャームポイントのひとつとして都合よく利用している。

 子供のころと比べて変わったのは髪の色だろうか。

 その昔、凛は実に日本人らしい黒髪をしていた。だが、歳を取るごとに色褪せてくすんだようになり……。大人になってからは、染めてもいないのにアッシュカラーに見えるようになった。

 問題は、その髪の色が凛の第一印象を不真面目なものに変えてしまうことだった。緩くウェーブのかかった毛先も、その印象を助長させる要因だろう。

 目の色だけでなく髪の色まで、となると、家政婦らしさが云々などと言っていられない。

 副社長の肩書を得たとき、思いきって外国人風の容姿を前面に押し出すことにした。今はアンニュイな雰囲気を醸し出すメイクとファッションを選び、自らを演出するようにしている。

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