御曹司社長は初恋の幼なじみを逃がさない
プロローグ

プロローグ
桜の花が咲き乱れ、見上げた空がピンク色に染まる春──。
それは凛が八つの春だった。
母は娘を施設に預けたまま、姿を消した。
『ゴメンね、凛。お母さん、仕事が忙しくなったから……またしばらくの間、離れて暮らすことになったの。でも、すぐに迎えにくるから、いい子でいてね』
母が『また』と言うだけあり、凛はすでに三度も施設に預けられた経験があった。
四度目ともなれば、ひとりになってもとくに慌てることはない。母と連絡が取れないと言われても、凛は『知らない』『わからない』と答えるだけだった。
ただ、ひとつだけ嫌なことがあった。大人の事情なのか、預けられるたびに施設が違っていたことだ。
施設が違うと職員も変わってくる。それに仲間──同じように預けられている子供たちの顔ぶれも変わり……。
それは楽しみというより、面倒なことのほうが多かった。
一番の理由が凛の容姿である。
髪はごく普通の黒。問題は目の色だ。黒目の周りはイエローに近く、外に向かうほど深いグリーンに変化していく。母から父のことは聞かされていなかったが、施設の先生は、『お父さんは外国人なのかもしれないね』と言っていたので、たぶんそうなのだろう。
四度目に預けられた施設は男の子のほうが多く、彼らは新入りで年下の凛に対して容赦がなかった。
『おまえの目、変な色だな』
『おまえってさ、外国人なの? だったら国に帰れよ』
彼らの気持ちはわからないではない。
運がいいのか、悪いのか──凛がその施設に預けられた数日後、施設の支援者たちを招いたイベントが行われたのだ。
先生たちは入ったばかりの凛を気遣い、彼女のためにお菓子やジュースを確保して、ホールケーキを切ったときも真っ先に取り分けてくれた。
たかがお菓子……とはいえ、食べ物の恨みは大きいという。おやつにも事欠く状況なら、なおさらだろう。
男の子たちの気持ちも、あとになれば理解できる。だが、八つの少女には酷な話だ。
『きったねー色。どぶ川のヘドロみたいだ』
『ここは日本人のための施設だぞ。外国人が俺たちの分まで食うんじゃねーよ』
年上の男の子たちに囲まれ、凄まれたのは初めての経験だった。凛は身体が竦んでしまい、何も答えられなくなる。
そんな彼女に苛立ったのか、やがて、ひとりの男の子が凛を突き飛ばした。
衝撃でケーキは地面に落ち、真っ白いクリームに土が混じって形も崩れてしまう。
凛は未練がましく、転がる苺だけでも食べられないかと手を伸ばすが……小さな苺は無残にも目の前で踏み潰された。
袋に入ったお菓子も取り上げられてしまい、耐えられなくなった凛はその場から逃げ出したのだ。
母のもとに帰りたい。
その一心で門の外を目指すが──。
門を見つけ、道路に飛び出す直前、彼女の足はピタリと止まる。
なぜなら、母が今どこにいるのか、凛は知らなかった。
それだけでなく、そもそも、自分が預けられている施設の住所すら、凛にはわからなかったのである。
行くところもなく、頼る人もいない。
凛は駐車場の片隅に座り込み、わずか八年の人生で孤独を嚙みしめていた。
『お母さん、会いたいよぉ……助けて……お母さぁん』
母のことを呼ぶうちに涙が溢れてきて止まらなくなった。それでも彼女には泣くことしかできず……。
すると、涙に滲む視界に色鮮やかな何かが差し出された。
『これをやるから、泣くんじゃない』
顔を上げると、ひとりの少年が立っていた。
先ほどの男の子たちと同じ年ごろだが、漂う雰囲気が違う。
少年は黒い詰襟の学生服姿だった。それはあつらえたばかりに違いない。新品のせいか、身体にしっくりと馴染んでいないようだ。黒い学生帽の下に見えるのは、品のある涼やかな目元。整った鼻筋を下に向かうと、薄く引きしまった唇があった。
たしか、イベントで訪れている支援者のひとり、大きな会社の社長の息子ではなかっただろうか。
凛は涙を拭うと、彼が差し出しているものに視線を向けた。
そこには、小さな星形のお菓子がいっぱい入った袋がひとつ。色とりどりの星は、甘いキャンデーに違いない。想像するだけで、凛はコクンと唾を飲み込んだ。
しゃがんだまま手を伸ばして受け取り、
『……ありがと……』
消えそうな声でお礼を言う。
少年は所在なげに近くの車にもたれかかり、大人のように腕を組んだ。
『おまえをここに預けた親が、助けに来るわけないだろう。親に期待するのはやめとけ。あいつらが大事なのは、自分たちが作ったルールに従ういい子だけだ』
彼は凛に聞かせるというより、まるで独り言のように話し始める。
『凛が……いい子でいたら、お母さん、迎えに来てくれる?』
凛が不安を口にすると、少年は意地悪そうに笑った。
『さあ、どうかな? ルールっていっても、あいつらの気分で変え放題だし』
『じゃあ、どうしたらいいの?』
あのときの凛は、子供なりに真剣な思いで尋ねた。
すると少年は──。
『早く大人になるしかない。親のルールに従わなくても生きていけるような。誰にも文句を言われない、ちゃんとした大人になるしかないんだ』
それはまるで、少年自身が泣き出しそうなのを、堪えているかのような声だった。
(わたしと同じくらい寂しそう……でも、どうして? 社長さんの子供なのに。お父さんもお母さんもいて、帰る家もあって、すごく幸せそうなのに)
少年のつらそうな横顔は凛の胸に焼きついて、いつまでも、いつまでも残っていた。
その後──凛は四度目の施設に、中学卒業まで七年間暮らした。
七年の間に母が会いにきたのはわずか数回。しかも母は、親権放棄の書類にサインをしないまま、彼女が十二歳のとき、本格的に行方をくらませたのだ。
凛はそのせいで、養子受け入れ先を見つけてもらうこともできなかった。
そして今年、あの春から十六度目の春を迎える──。
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