略奪の愛楔 檻の中の花嫁
第一章 冷たい部屋に薔ば薇らは散る (1)

第一章 冷たい部屋に薔薇は散る
渋谷区松濤にあるその家を、赤妻晴翔は「ごく普通の一軒家だよ」と手紙に書いていた。
十歳から八年間暮していた埼玉の児童養護施設を、高校卒業と同時に出た四月。白雪美緒は東京の空の下、晴翔と自分の『普通』の認識にだいぶ相違があると感じることになった。
「これが、晴翔さんの普通……」
高級住宅街においても、その邸宅は際立って大きい。建物そのものの大きさもさることながら、そもそも敷地が広い。大型犬を放し飼いしても余りそうな庭と、春を謳歌する色とりどりの花々。
ここで、自分は暮らしていけるのだろうか。
ずっと心の支えだった晴翔の、生涯の伴侶として──
赤妻家と白雪家は、どちらも明治時代に財を成した家柄である。とはいえ、今なお大企業として日本中に名を馳せる赤妻家の長男晴翔と、祖父の代で事業に失敗し、会社勤めをしていた父のもとに生まれた美緒では、生活水準が異なるのも当然だ。
それでなくとも、美緒は十歳で両親を亡くし、児童養護施設ユーカリ園で育った。
かつての好敵手であり、また一時期は共同事業も行っていたという赤妻家と白雪家。明暗のはっきり分かれた二家の間には、曽祖父同士が誓い合った約束がある。
明治中期、赤妻家が事業拡大で大きな負債を抱え、美緒の曽祖父が資金援助をしてなんとか会社を立て直した際の話だ。当時の赤妻家当主が礼を申し出たとき、美緒の曽祖父はそれを断った。そのかわりに、
『いつか、お互いの家に年頃の釣り合う息子と娘が生まれたら結婚させ、双家で日本経済を支えていこう』
と約束したのだという。
当人同士の意思ではなく、家と家を結びつけるための結婚。それも、明治時代にはなんら珍しいことではなかったのだろう。
だが、のちに赤妻家はますますの発展を遂げ、白雪家は没落の一途をたどった。双方の家には、それなりに年齢の近い子どもは生まれていたものの、どちらも男児ばかりだったため、その約束は時代が進むとともに忘れられることになった。
時流、社会通念、結婚観、そしてふたつの家の経済格差を鑑みるに、今後その約束は忘れられたままとなってもおかしくない。
けれど。
今から十年ほど前。
白雪家に生まれたひとり娘の美緒は、天涯孤独となったのち、赤妻家のひとびとと出会った。
♪゚+.o.+゚♪゚+.o.+゚♪
あれは忘れもしない、十一歳になった日のことだ。九月八日──両親を失い、施設で迎える初めての誕生日だった。
美緒のいたユーカリ園は、定員八十名の県内では比較的規模の大きな児童養護施設で、誕生会は月に一度まとめてお祝いをすることになっていた。
小学校から帰ってくると、四人部屋の二段ベッドの下段に荷物を置く。去年までは、父と母と三人でケーキを囲んだけれど、今年はそうはいかない。両親は、昨年の十二月に大型トラックの横転事故に巻き込まれてこの世を去った。折しも、美緒のクリスマスプレゼントを買いに出かけた帰りだったという。
──慣れなきゃ。
ランドセルの横に腰を下ろすと、美緒は自分に言い聞かせた。体操着の入った袋を、ぎゅっと胸に抱きしめる。
──おとうさんとおかあさんがいないのは、今年だけじゃない。来年も、再来年も、その先もずっと、もう二度と会えない。だから、寂しいのに慣れなきゃいけないんだ。
父母ともにひとりっ子なうえ、祖父母は両親よりも早く鬼籍に入っている。家庭の事情で養護施設にいる子は、問題が解決すれば親元に帰れることもあるが、美緒はそうではなかった。
この先、高校を卒業するまでずっとユーカリ園で暮らしていくしかない。誕生日当日にお祝いをしてもらうこともなければ、母の手作りのケーキもなく、父の少し音がはずれたバースデーソングも二度と聞けないのだ。
──だから、慣れなくちゃ。わたしがいつまでも悲しい顔をしていたら、きっとおとうさんもおかあさんも心配しちゃうから……
もう一度、心の中でつぶやいたとき、廊下から聞こえてきた足音が美緒の部屋の前で止まった。それに続いて、強すぎず弱すぎず、木製のドアを響かせるノックの音。
「美緒ちゃん、お客さまがいらしてるけれど」
「えっ、お客さん……?」
学校の友だちを園に招くことはできない。施設に入所した直後は、児童相談所で美緒の担当だった所員が様子を確認しに訪ねてくれることもあったけれど、それもここしばらくはご無沙汰だ。
「応接室でお待ちだから、いらっしゃい」
「はい」
ベッドから立ち上がると、美緒は少し緊張しながら先生のあとをついていく。
やっとユーカリ園での生活にも馴染んできた。もし、児童相談所のひとが来て、別の園へ移るよう言われたらどうしようか。そんなことを考えながら、廊下を歩いた。
応接室で待っていたのは、見知らぬ夫婦とブレザーの制服を着た中学生か高校生くらいの男子だった。
「こちらが白雪美緒さんです」
先生がそう言って、美緒の背をそっと押す。
「あ、あの……」
「まあ、あなたが美緒さんなのね。なんて愛らしいお嬢さんかしら」
美緒の亡くなった母より年上らしい女性が、ぱっと美緒のもとへ駆け寄ってきた。アイラインを引いた化粧が、テレビで見る芸能人のようだと思ったことを覚えている。
この女性は誰だろう。もしや、自分の知らない親戚なのではないだろうか。そんな考えが脳裏をよぎる。
そこに、体格のいい男性が声をかけてきた。まるでどこかの社長のような、貫禄のある人物だ。
「はじめまして、美緒さん。私は赤妻雄一といいます。こちらは妻の辰子、それから息子の晴翔です」
「赤妻……さん、ですか」
だが、名前を聞いても覚えがない。相手もはじめましてと言っているのだから、初対面なのは間違いないようだ。
辰子の隣に立つ制服の男子が、晴翔。
クセのある黒髪を、無造作かつ品よくセットした彼は、施設の男子高校生より大人びて見えた。
「わたくしたちね、ずっと白雪家の皆さんを探していたの。あなたに会うために」
──わたしに、会うために?
黒目がちの大きな目を、美緒はさらにまんまるく見開く。小柄な体に小さな顔、アンバランスな長い睫毛がばさばさと音を立てそうな勢いで揺らいだ。
「白雪美緒さん、我が赤妻家ではあなたを息子の妻として迎えたいと思っている」
雄一が、戸惑う美緒をよそにはっきりと響く声でそう告げる。
妻、という単語が耳から入って脳をすり抜け、ため息とともに口から出ていく感覚があった。そのくらい、十一歳になったばかりの美緒にとって、縁のない言葉だった。
「そんなに驚かなくてだいじょうぶよ。さあ、美緒さん、座ってお話ししましょう」
「は、はい……」
小さな声で返事をすると、美緒は辰子に促されてソファに座る。案内してきてくれた先生は、いつの間にかいなくなっていた。
赤妻夫妻の話によれば──
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