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身代わりハネムーン エリートパイロットと初心な看護師は運命の愛に溺れる

御堂志生

プロローグ




プロローグ




『大きくなったら、だーい好きな人のお嫁さんになりたい!』

 小学一年生のころ、将来の夢を聞かれたとき、そんなふうに答えたことを覚えている。

 その少し前、親戚のお姉さんの結婚式に招かれ、生まれて初めてウエディングドレス姿の花嫁を目にしたことが大きな理由だろう。

 幸せそうな花嫁の笑顔と、お姫様のような真っ白のドレス。それは、女の子が憧れる夢そのものだった。

 あれから十八年──。

(わたしの夢……叶ったのよね?)

 今日、小鳥遊杏子は結婚式を迎える。

 それも、日本有数のラグジュアリーホテルでの挙式披露宴。白を基調にしたロマンティックなブライズルームに佇み、ロココ調の三面鏡に映る自分の姿を見て……杏子は七回目のため息をついた。

 鏡に映る自分の姿に不満があるわけではない。

 それどころか、夢見たとおりのウエディングドレス姿の自分が、自分ではないみたいに思えるくらいだ。

 普段の杏子はノーメイクに近いナチュラルメイクだった。

 しかも、顔の土台からして華やかな造りではない上に、特別なお手入れもしていない。そんな彼女が雑誌で見かけるような、ちゃんとした花嫁に見えるのだから……ヘアメイクしてくれた人には感謝の言葉しか浮かばない。

「ちょっとちょっと、杏子、どうしたの? こーんなおめでたい日に、そーんな難しい顔しちゃったりして」

 鏡越し、母の敦子がびっくりしたように目を丸くして、杏子の顔を覗き込んでいた。

 だが、口調はいつもどおりやけに明るい。

「う……ん、なんか自分じゃないみたいで」

「なーに言ってるの! あんたは母さんの若いころにそっくりなんだからね。美人さんなんだから、自信を持ちなさい!」

 母は杏子を励ますように言いながら、肩をバンと叩いた。

 とはいえ……それはあまりにも事実とかけ離れていて、励ましにならないだろう。

 卵形の輪郭をした杏子は、父親似と言われることが多い。母は丸顔で、誰が見ても妹の舞子のほうがそっくりだ。

 母も舞子も、美人というより、どちらかといえば可愛いタイプだった。

 それは見た目だけではなく……二歳下の舞子の場合、泣いても、駄々をこねても、『可愛い』と言われる。第二子や末っ子にありがちな甘え上手で、失敗したときも、笑って『ごめーん』と言うだけで許されてしまう可愛さだった。

 なんにせよ、舞子を羨ましいと思ったのは一度や二度ではない。

(そういう性格も母さんそっくりなのよね、舞子は)

 何ごとも真剣に、深刻に考えてしまう杏子にとって、母や舞子の態度は不真面目としか思えない。

 ブライズルームにいるのが母と杏子のふたりきりなら──『茶化さないでよ。わたしは真剣に悩んでるんだから』と言い返したことだろう。

 だが──。

「ええ、ええ、お母様のおっしゃるとおりですよ。杏子さんはいつも美人さんですけど、今日は特別に綺麗だわ」

 ここには、本日のもうひとりの主役である花婿、瀬戸達也の母がいた。

 間もなく姑になる女性にめられたのだから、笑顔で答えないわけにはいかない。

「ありがとうございます、お義母様」

「本当に、達也さんにはもったいないくらいの花嫁さんね」

 黒の留袖姿で上品な笑みを浮かべながら、ハンカチで目元を押さえていた。

 達也の母は専業主婦だ。それも、短大を出てから一度も働いたことはないという。そのせいか、実におっとりした印象の女性だった。言動にも余裕があり、上品な立ち居振る舞いが自然に身についている。上流階級の出身ではないと言っていたが、達也の父が商社勤務で、生活がハイクラスで安定していることも大きいのだろう。

 一方、同じような黒留袖を着ていても、杏子の母は……全くしんみりしたところがなく、とても花嫁の母とは思えない。長年、助産師として働いてきたせいか、小柄なくせにやたら声が大きく、非常に逞しい。

「とーんでもない! 達也さんみたいな立派な人に出会えて……でかした! と言ってやりたいくらいですよ」

 母の言葉は杏子の胸をいっそうざわめかせる。

(でかした! って言うのはやめて。本音はそうかもしれないけど、でも、母親なんだから、結婚式でナーバスになってる娘に気づいてよ)

 杏子が恨みがましい目で母をんだとき、扉がノックされた。

 チャペル担当の女性スタッフと花嫁介添人が顔を出し、「そろそろ挙式のお時間ですので」と告げる。

 女性スタッフは続けて、

「お婿様がどちらにいらっしゃるかご存じでしょうか? 控え室やロビーにいらっしゃらなかったので、こちらだと思ったのですが」

 そう言われたとき、杏子にはたいしたことには思えなかった。

 お互いの母親たちも同じ気持ちだったのだろう。

「あの子ったら、ふらふらとどこに行ったのかしら?」

「お手洗いじゃないの? お婿様だって、緊張くらいしますよ」

 そんな杏子の母の言葉に、女性スタッフは小さく笑った。

「そうかもしれませんね。では、紳士用を確認してもらえるよう、男性スタッフにお願いして参ります」

 女性スタッフが出ていくと、母親たちも「先に行きますね」「頑張って!」と口々に言い、チャペルに向かう。

 しばらく時間を空けて、

「お時間になりましたね、お嫁様も参りましょうか」

 花嫁介添人の案内に従って、杏子もブライズルームをあとにしたのだった。

 チャペルで真っ先に顔を合わせるのは、バージンロードを一緒に歩くことになっている父だろう。

 父は母と違って口数も少なく、いるのかいないのかわからないくらい、静かなタイプだった。声を荒らげて怒ることもめったになく、達也が結婚の挨拶に来たときも、冷静沈着に応対していたことを覚えている。

 結婚式前夜、杏子は両親に型どおりの挨拶をしたが……。

『結婚を機に、おまえはうちで働くことに決めたんだろう? 達也くんも今の勤務を続けながら、うちにも慣れていってもらうことになる。これからのほうが、よっぽど顔を合わせることになるんじゃないか?』

 父はやけに落ちついた様子でそんなふうに言っていた。

 父以外の家族はすでにチャペルの中で着席しており、達也も祭壇の前で杏子を待っているはずだ。

 ドレスの裾を花嫁介添人に持ってもらい、杏子は神妙な面持ちで廊下を歩いた。

 チャペルに向かうため角を左に曲がろうとしたとき──。

「どうしてよ!?

 チャペルとは反対側、右の奥の部屋から、このおめでたい日に似つかわしくない、ただならぬ女性の声が聞こえてきたのである。

「親と話し合ってるとこだから、待っててくれって言ったじゃない! 今日までには絶対、決着をつけるって!」

 杏子はその声に聞き覚えがあった。

 それは間違いなく、妹、舞子の声だ。

 右側の奥には、花嫁の親族控え室があったように思う。そこから舞子の声が聞こえてきてもおかしくはないが……。

(まったく、あの子ったら、こんなところで誰とケンカしてるの? ああ、もう、チャペルに入ってる時間じゃない)

 舞子が話している相手は男性のようだ。

 ボソボソと答える声は聞こえるが、何を言っているのかまではわからない。

「それじゃ、困るの! だって、あたし……」

 杏子は花嫁介添人に少し待ってもらうよう頼み、控え室に近づこうとする。

「待って! 待って、行かないで」

 泣きそうな舞子の声が聞こえた直後、控え室の扉が開き──初めて、相手の男性の声が聞こえてきた。

「とにかく、今日の結婚式だけは終わらせなきゃならないんだ。頼むから、駄々をこねて僕を困らせないでくれ。君のことはちゃんと考えてる。悪いようにはしないから」

 その声を聞いた瞬間、杏子は呼吸が止まった。

 そして、続く舞子の言葉に、今度は鼓動までも止まりそうになる。

「妊娠したの! あなたの子よ」

「まさか……噓だろう? そんなこと、急に言われても……」

「噓じゃないわ! 昨日わかったの……だから、お姉ちゃんじゃなくて、あたしと結婚して。お願い、達也さん!」

 開いた扉がゆっくりと閉まっていく。

 グレーのフロックコートを着込み、フチなしメガネをかけた達也と、水色のショートドレス姿の舞子が姿を見せ──。

 その瞬間、杏子の夢は砕け散った。

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