初恋彼氏は溺愛ストーカー!?
1 私の恋は、誰にも言わない。 (3)
「……えっと」
びっくりしすぎてそんな微妙な反応になってしまった。
年上だとは知っていたけど、まさか三十歳になるとは思わなかった。
私の表情に、橋本さんは唇を尖らせる。
「ヤダちょっと~、引かないでよぉ」
「下手したら本当に十七歳に見えるから、冗談にならないなあと……」
「それはそれでショックだからやめて」
彼女は頰を膨らませたりして、仕草まで可愛い。本当に十代でも通りそうだ。
私達は笑い合いながら、どちらからともなく歩き出す。
「和泉さんは? 何歳なの?」
「鈴奈でいいですよ。今年二十五歳になります」
隣に立つと、彼女はとても小さくて、見下ろして話す形になった。
百六十四センチある私の肩ぐらいに目線がある。百五十センチあるのかな? ないかもしれない。年上の人に失礼かもしれないけど、なんて可愛いの……。
「じゃあ私も恵でいいよ! あと敬語もなしね!」
「あ……じゃあ、恵ちゃん?」
呼び捨てに抵抗があったのでそう提案すれば、恵ちゃんは「いいね、それ」とくすぐったそうに笑った。
「二十五歳ってことは、やっぱり一回就職したクチ?」
「あ、実は私、アメリカの大学を卒業しているんです。アメリカは卒業の時期がこっちとは異なるので、一年置いてから受験したんで……したの」
つい敬語を続けてしまい、恵ちゃんに睨まれて、言い直す。すると恵ちゃんは「よろしい」とでもいうように頷いた。
「じゃあ帰国子女だ! 英語ペラペラ!?」
「まあ、それなりに……」
「すごい~」
「いや、今時英語が話せる人はごまんといるし、自分は話せないと思ってる人も、実際トライしてみたら話せるものだよ? 日本人って、英語教育最短でも三年はされてるんだし」
「なるほど。そんなもんかなぁ」
恵ちゃんは唸りながら首を竦める。
「まあ、確かに文法はわかってるからね。あとは苦手意識の問題なのかな。私は完全理系で、文系教科すっごく苦手だったから、院試時も苦労したよ~。大学も工学部だったし、就いた職もシステムエンジニアだったしね」
「システムエンジニア!」
心理士とはあまりに異なる分野に目を丸くすれば、恵ちゃんはカラカラと笑った。
「SEの仕事も面白かったんだけどね。でも、他の世界も見てみたくて。ほら、人生は一回きりだから、やりたいことやらなきゃって!」
私は自分の隣を歩く愛らしい女性をまじまじと見た。この小さな身体のどこに、そんなエネルギーを持っているんだろう。
「すごいね……恵ちゃん。すごいバイタリティ。尊敬する」
しみじみと言えば、恵ちゃんは照れたように頰を染める。
「ええ? そんなことないでしょ? 鈴奈ちゃんだって、アメリカの大学出た後、心理士になるためにここ──」
「和泉先輩!?」
歩きながらすっかり話し込んでいた私達は、会話に割り込むようにしてかかった大声にビクリと身を震わせた。
目を見開いて周囲に目を遣れば、ちょうどすれ違うかたちで通りかかった様子の男性が、身を捩るようにしてこちらを見ていた。
同じくらいの年頃の、まったく知らない顔だ。
「──え……」
ビックリして返事もできないでいると、その男性は信じられない、といったように私を凝視して、やがて笑みを零す。
「和泉先輩ですよね!? 生頼高校で、生徒会長だった!」
母校の名前を言い当てられて、私はギクリと身を強張らせた。
身を守るようにしてバッグを両腕に抱えると、引き攣りそうになる頰を叱咤して、なんとか微笑みを浮かべる。
「えっと、ごめんなさい。誰でしたっけ……?」
相手はどうやら私のことを知っているようだけど、この人に見覚えはない。人の顔と名前はわりと記憶できる方だ。
警戒心もあらわな私に、男性は慌てたように頭をかいた。
「あっ、すみません、いきなり! 僕、ここの法学部の山口と言います。和泉先輩の後輩です。同じ生頼高校の出身で、先輩の一学年下でした。和泉先輩、僕らの時代の伝説の美貌の生徒会長で、憧れてました! すごいなぁ、こんな所でまた会えるなんて、なんか感動です! 今でもすごくきれいですね……」
怒濤のような早口で説明した後輩だという山口君は、はぁ、と溜息を吐いて感慨にふけっている。けれど私はそれどころじゃない。
あの葬り去ったはずの過去に、突然襲い掛かられたような気分だった。
「後輩だったのね。ごめんなさい、覚えていなくて」
「いや、そんなの当然です! 僕が一方的に知ってただけですし! あ、そうだ。和泉先輩、実は──」
「ごめんなさい。もう講義始まっちゃうから」
まだ何か語り出そうとする山口君に、やんわりと断り文句を挟む。
所在なさげに、それでも隣に立っていてくれた恵ちゃんを視線で促すと、一度山口君に会釈をしてその場を離れた。
幾分早足になった私に、小走りになって付いてきてくれながら、恵ちゃんはこそっと囁いてきた。
「あんまり会いたくない人だった?」
私は苦笑する。そんなにバレバレだっただろうか。
「そうじゃないけど……私には、知らない人だったから」
その言い訳を、恵ちゃんはすんなり受け入れた。
「ああ、確かに、まるで鈴奈ちゃんをアイドルみたいな目で見てたもんね、あの彼。『伝説の美貌の生徒会長~!』なんて」
「うーん。そんないいものじゃないんだけど。単に女子の生徒会長が珍しかったんだと思うよ」
苦笑いを見せれば、恵ちゃんはそれを「なるほど」と頷いていた。
その可愛らしい横顔を眺めながら、私はこの時になってようやく、彼女が自分より五つも年上であることを実感する。
彼女は幼げで愛らしい外見だけど、人に対する応じ方がとても大人だ。
相手の意見を遮らず、否定しない。受容の用意ができている彼女の姿勢は、不用意に入っていた私の肩の力を抜いてくれた。
「恵ちゃんみたいな人が、心理療法士になるべき人なんだね」
思わず感想を呟けば、恵ちゃんは目をぱちくりさせて「なあに、やぶからぼうに!」とはにかむ。
私も微笑み返しながら、次の講義の教室に足を踏み入れた。
日本の大学生活で初めて、良い友人に出会うことができた。今夜、父に報告できることがあってホッとする。
その反面、後輩という人物に遭遇してしまったことを、どうにも不安に感じてならなかった。
(大丈夫。そんなこともあるわ。あの山口君が彼に繫がっているわけじゃなし、大したことじゃない)
不安を振り切るように自分にそう言い聞かせて、私は講義のために教科書を開いたのだった。
***
私はいわゆる『優等生』だった。
勉強は嫌いじゃなかったし、やれば点数に繫がる単純作業はゲームのレベル上げのような感覚で楽しかった。
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