獰猛な渇愛 政界の若き支配者の狂おしい情熱

御厨翠

プロローグ / 1章 危険な男 (1)




プロローグ




「──うん、わかった。お父さんとお母さんも楽しんで。それじゃあ、良いお年を」

 仕事を終えてマンションに戻ると、すぐに両親に電話をかけた莉緒は、通話を終了させて深いため息を吐いた。

 十二月某日。あと半月後には仕事納めを迎え、年明けに向けて世間が慌ただしくなる時期に、一年付き合っていた恋人に振られた。いや、正確に言うと、恋人の二股が発覚した末に別れを選んだのだ。

 予兆はあった。付き合い始めは一週間に一度会っていたはずが、仕事を理由に回数が減っていった。半月に一度がひと月に一度になっていき……恋人として最後に会ったのは、二カ月前のことである。

 気持ちが冷めたのはしかたない。ただ、それなら潔く別れを切り出して欲しかった。そのほうが、互いに時間を無駄にせず済んだだろう。

 ──って言ったら、逆ギレされたけど……。

 ほんの三日ほど前に起きた出来事を振り返った莉緒は、ゆるくウェーブのかかったロングの髪をかき上げると、ベッドに腰を下ろした。

 大きな目に長い睫毛、生まれつきライトブラウンの髪であることから、幼いころより『お人形さんみたい』だとめそやされた。年ごろになると凹凸のある女性らしい体つきに成長し、その可憐な容姿から男性に言い寄られることも多々あった。

 だが、見た目の可愛らしさに反し、性格はさっぱりしている。そのため、莉緒の見た目だけで近づいてきた男たちは、『想像と違う』と思うらしい。そんなことを言われてもそう簡単に性格は変えられないし、無理をして変える必要性も感じなかった。

 そんなとき、会社の先輩から紹介されたのが、今回別れた彼である。彼は、莉緒の性格をわかったうえで、付き合おうと言ってくれた。自分に幻想を持たない男といるのは気楽だったし、莉緒も自分なりに彼を好きになっていった。

 しかし、結局彼もまた、これまでの男性と同じだったのだと思い知る。

 付き合い始めたのが去年のクリスマスだったから、記念日は一緒に過ごそうと提案したのが二カ月前。彼も了承したのだが、そのひと月後、外せない用事ができたと断られた。

 それならばと莉緒は、せめて年越しは一緒にしようと誘い、ホテルの予約をした。彼が好きだというテーマパークの近くにあるホテルに宿泊し、パークで年越しをした後に初詣に行く計画を立てたのだ。

 けれども、すべてのお膳立てをした莉緒に、偶然という名の災難が降りかかる。仕事帰りにオフィスの近くで、彼がほかの女性の肩を抱いている場面に遭遇したのである。

 親密な雰囲気を醸し出す彼と見ず知らずの女性は、ひと目で特別な関係だと察することができた。だから莉緒は、彼とその女性の前にためらわず歩み寄り、関係を問い質した。

 彼は最初誤魔化そうとしていたが、やがて観念したのか女性との関係を認めた。そのうえで、「莉緒と別れるつもりはないから」と言ってのけた。「彼女とは、お互いに割り切った関係だから」と。

 彼の言葉は到底受け入れられるものではなかったし、裏切られた気持ちになった。これまで仕事と称して会わなかった時間は、自分以外の女性と過ごしていたのかもしれない。そんな疑念を持ってしまったら、もう信じることはできなかった。

 そこで莉緒は、「気持ちが冷めたのはしかたない。でも、それなら潔く別れを切り出して欲しかった」と言い、別れを告げた。すると彼は、事もあろうに暴言を吐いた。「やっぱり、性格の可愛い女のほうがいい」──そう捨て台詞を残し、修羅場は終了したのである。

 別れはしかたない。ただ、莉緒にとって問題だったのは、彼と年越しをするために予約したホテルである。キャンセルすることも考えたが、せっかく予約が取れたホテルだったし、キャンセル料を取られるのは避けたかったため、両親に部屋を譲ろうと連絡をしたのだが、年末年始にかけて海外で過ごすと聞かされた。両親のほかにも何人か友人に声をかけたが、いずれもすでに予定を立てている。あと半月で年明けなのだから、当然のことだろう。

 ──友達も全滅だし……これは、ひとりで泊まりに行くしかないか。

 両親も海外旅行となれば、ひとり娘の莉緒は帰省してもひとりきりだ。それに年末年始をひとりマンションで過ごすのならば、ホテルでひとり年越しをしても同じだろう。

「……ひとりでダブルベッドって寂し過ぎるけど、まあいっか」

 年が明ける前に、二股をかけられていたことが発覚してよかったではないか。今年のうちに厄落とししたと思って、気分よく新年を迎えればいい。莉緒は無理やり自分を納得させると、ホテルで〝おひとり様〟を満喫することを決めた。




1章 危険な男




 あと二日で新年を迎えるとあり、街はどことなく浮かれた雰囲気を漂わせている。日本最大級のテーマパークに隣接するホテルの館内も同様で、年越しを楽しもうとする家族連れやカップルの姿が多く見受けられた。

 そんな賑やかな人々に混じってひとりチェックインを済ませた菊池莉緒は、思わぬ幸運に恵まれた自身に苦笑した。ホテル側の都合によって、部屋がアップグレードしたのである。もともと莉緒が予約していた部屋はスタンダードだったが、今回宿泊できることになったのは、ホテルの上階──いわゆるスイートルームだ。団体客から出た要望が、ちょうど莉緒が予約していた部屋に合致したようである。その結果、アップグレードを打診され、承知したというわけだ。

「それでは、ごゆっくりとおくつろぎください」

 部屋の説明を終えたゲストアテンダントが一礼して部屋から立ち去ると、莉緒は改めて客室を見渡した。

 スイートルームといっても一番下のランクだったが、それでも十分な部屋の広さがあり、サービスも充実している。ただし、今回はアップグレードの宿泊であることから、スイート専用の一部サービスは受けられないという。

 ──食事の場所と専用ラウンジが利用できないだけで、あとは普通のスイートの宿泊とそん色ないもんね。これは幸運と言えば幸運だけど……。

 つい苦笑を零した莉緒は、ひとりため息をつく。

 彼と過ごす年越しのために予約していたはずが、まさかひとりで宿泊することになるとは思わなかった。しかもその部屋がアップグレードするなんて、なんとも皮肉である。広い部屋にひとりでいると、寂しさが強調される気がした。

「って、感傷に浸ってる場合じゃないか」

 せっかく良い部屋で過ごせるのだ。ここは楽しまなければ損だろう。二股男にいつまでも心を残していては、新たな気分で新年を迎えられない。

 気を取り直すと、さっそく階下にあるフィットネスクラブへ足を向けた。温水プールのほかにジムがあり、エアロバイクやトレッドミル、スミスマシンなどが設置されている。宿泊者のみ利用可能な施設だが、さすがにこの時期に汗を流している利用者はいなかった。

 ──あ……でも、泳いでる人もいるんだ。

 レンタルの水着に着替えた莉緒が、タオルを手に温水プールに向かうと、ひとりで泳いでいる男性が目に留まった。二十メートルのプールには三つのコースがあり、男性は左端にあるレーンを優雅に泳いでいる。

 綺麗なフォームなのは、素人目にもわかる。つい莉緒が見入っていると、コースを泳ぎ切った男性がプールから上がった。

 ──すごい美形……。

 男性の顔を見た莉緒は、まずその端正な顔立ちに驚いた。

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