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ラブみ100%蜜甘新婚生活 エリート弁護士はうぶな新妻に夢中

立花実咲

第1話 憧れの人 (3)

(ダメダメ。自分にはやるべきこと、目の前の目標があるでしょう)

 今はとにかく弁護士である彼の役に立てるよう、自分にできることをしなくてはと思い直すのだった。




 その日の夕方。久我に頼まれていた過去の判例のコピー、それから明日裁判所に提出する書類などをまとめていたときのことだった。

「それが終わったらちょっと話があるんだ。いいかい?」

 ボスに声をかけられ、結架はすぐに手元の仕事をキリがいいところまで終わらせ、執務室へと向かった。

「失礼します」

「ああ、早かったね。急がせてすまない」

「いえ。お話というのは……」

 ボスが結架一人を執務室に呼び出すことは珍しいので、なんだか緊張してしまう。

「ああ。さっそくだが、単刀直入に。お見合いをしないかい?」

「──?」

 一瞬、言葉が出なかった。何を言われたのかとっさに判断できなかったのだ。

「あの、ボス……今、お見合いとおっしゃいましたか?」

「ああ、言ったよ。君にいい話があるんだ。引き受けてくれると嬉しいんだが」

 いつもの弁護士の顔ではない、まるで祖父が孫を見るかのような表情を浮かべているボスに、結架は戸惑いを隠せない。

「まだ私は新人も同然です。今は司法試験予備試験に向けてがんばらなくてはいけませんし、仕事もきちんとこなして先生方のお役に立てるよう努力しなくては……」

 それに、久我が独立してこの事務所からいなくなるかもしれないという事態に傷心中の自分には荷が重すぎる。

「重々承知だ。君は年齢的にもまだ焦る頃でもないしね。だが、他にあてがなくてね。困っていたんだ。ここはどうか私の顔を立てると思って頼まれてほしい」

「ですが、あのっ」

「なーに、お見合いという形式を取る前に一度会ってもらうだけで構わない。それでダメならダメで仕方ないだろう。縁とはそういうものだ」

「は、はあ」

「ね、どうか頼むよ」

 色々と言い訳を考えたが、結架が言葉を発するタイミングを見計らって、人の情に訴えるボスの手腕にあえなく撃沈。さすが検察泣かせの英雄と言われているだけのことはある、と感服した。

 結局、結架はボスの頼みを最後まで断りきれず、誰かもわからない見合い相手との食事を引き受けることになってしまった。そのうえ、今夜すぐにでも食事の席をと言われてしまい、啞然とする。

 せめて相手の情報くらいは知りたかったのだが「相手も君の情報は知らない。お互いに平等であるべきだし、こういうことにはサプライズも必要だ」と笑顔で押し切られてしまった。

 得られた情報は、一流企業に勤めている三十歳そこそこの真面目な男性ということだけ。ボスの知り合いというのが唯一の安心材料だった。

 午後七時にすべての業務を終わらせたあと、結架は事務所を出てすぐにセレクトショップに飛び込み、着替えることにした。約束の時間が午後八時ということだったので、いったん電車に乗って住んでいるアパートまで戻る時間はなかったのだ。

(断ることを想定していなかった……っていうことよね。女性にはいろいろと準備というものがあるんですよ……ボス~)

 それに、男性経験がないのに加えて人見知りする性格なのだ。今の事務所の職員たちと打ち解けるのもけっこう時間がかかったと思う。弁護士を目指す上でそれはどうなのだろうと自分でも思うところがあり、自己課題としている部分だ。そんなわけで、相手と上手に会話できるかどうか自信がない。

 指定されたレストランに向かう道すがら、ふと、木嶋が言っていたことが脳裏をよぎった。結婚しても事務職員を続けている人もいる。女性の幸せを考えたらその道もありかもしれない。或いは結婚してから一人前の弁護士として独立する方法もある。

(結婚なんて、考えてなかったな)

 結架は四月生まれなのでまもなく二十五歳になる。このまま司法試験予備試験に合格できずにつまずいていたら、弁護士になれるのなんていつになるやら。あっという間に三十代になってしまいそうだ。

 結架はぼんやりと久我のことを思い浮かべた。結婚するなら彼のような人がいい。けれど、彼が相手をしてくれるわけがない。さっきお疲れ様でしたと声をかけて別れたばかりだが、無性に彼が恋しくなってしまった。

 この二年の間に出会いがなかったとは言わない。だが彼ほど素敵な男性はいなかった。彼以外の人に気持ちが向いたことは一度もないので、お付き合い経験もゼロのまま。大学時代の友人には驚かれるが、無理して他の誰かと付き合おうとは思わない。今は勉強と仕事が最優先。

 でも、もしも……男性としても弁護士としても魅力的な久我のような人がお見合い相手だったとしたら、結婚を了承してしまうかもしれない。

(なんてね。先生以外に素敵な人なんて今までだって見つからなかった。それに、今日はボスの顔を立てるために食事を一緒にするだけ)

 久我が独立するというショッキングな話題に傷心していた結架は、現実から逃れるようにありえない妄想を広げてみたけれど、しくなるからそれ以上はやめた。

 あれこれ煩悶しているうちに、指定されたレストランに到着した。

 結架は緊張に身を包みながら、係の男性に声をかける。

「すみません。神崎の名前で予約されていると思うのですが」

「神崎様のご予約ですね。お待ちしておりました。お連れ様が先にいらっしゃっております」

 それを聞いて結架はますます緊張してきた。

 一体どんな人が待っているのだろう。ボスの知り合いという点で安心していたが、どんなふうに話をしたらいいだろう。

 息をするのが苦しい。心臓が破けそうなほど鼓動が速まっている。いやだ。もう逃げ出してしまいたい。今からでも断って……そう考えている間にも席に案内されてしまう。

 そしてついに着席している相手を見た結架は「え……っ」と声を出してしまった。なんとそこにいた彼は、たった今思い浮かべていた久我だったからだ。

 ありえないことが起きた。結架は呆然として、咄嗟に店内を見渡し、現実を受け止めようとする。

 深紅色の内装をベースにした店内には芳醇なワインの香りが漂い、やかに交わされる和やかな会話がピアノの音色と共に鼓膜に流れてくる。

 そして結架は再び目の前の久我を見た。

「せ、先生……!? どうしてここに」

 久我はどう返答しようか困ったように眉を下げて「まずはどうぞ」と着席を促した。

 結架はハッとする。係の人が側にまだいたのだった。

「あ、すみません」

 一歩踏み出した足がよろめきそうになり、慌てて椅子の背をんだ。

「大丈夫ですか?」

「す、すみません。ありがとうございます」

 重ね重ね恥ずかしい。案内係に椅子を引かれて、結架は慌てて着席をする。しかし動揺はおさまらず、膝の上に置いた手が震えていた。

(落ち着こう。落ち着かなければ。落ち着くべきだ)

 結架は自分にそう言い聞かせつつ、ボスとの攻防戦を思い返す。サプライズが必要だよと、いたずらっぽく笑っていたボスのことを。

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