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ラブみ100%蜜甘新婚生活 エリート弁護士はうぶな新妻に夢中

立花実咲

第1話 憧れの人 (1)




第1話 憧れの人




 桜の花がどこからかひらりと舞い落ちてきて頰をやさしくめた。

 見上げれば、い太陽が燦々めき、青々とした宝石のように空を輝かせている。パリッとした空気が心地よい、爽やかな朝だ。

 今日は新年度に入って最初の出社日。オフィスの手前の道路で信号待ちをしていた菅野結架は、交差点の向こう側にある人物の姿を発見し、途端にそわそわとしはじめる。

 信号はちょうど赤になったばかり。残りの待ち時間の表示がもどかしい。

 人の波に隠れて見えなくなりそうな彼を今すぐにでも追いかけたい衝動を何度かやり過ごし、信号が青に変わった瞬間、結架は陸上競技の走者の如くその場から駆け出した。

 五センチヒールの靴がアスファルトを小刻みに叩き、朝の澄んだ空気に軽快な音が響きわたる。時折、怪訝な顔をして振り向く人もいたが、結架は気にしない。あと少しで『彼』の背に届くのだ。

 息を切らして駆け寄ると、ついに目標の人物を目の前にえた。

「おはようございます。先生」

 結架が声をかけると、彼は立ち止まり、驚いたようにこちらを振り向いた。

「おはよう。君は朝から騒々しいね」

 彼は眉をハの字にして、やや呆れたようにため息をついた。

「月曜日、朝一番に先生に声をかけると、なぜか一週間よいことが起きるんです。先生には迷惑かもしれませんけど」

 結架は肩をめつつ、袖が触れるか触れないかくらいの距離に肩を並べた。

「迷惑じゃないけど。ずいぶんとめられてるもんだなと思ってさ」

 ふっと口端を上げ、彼は笑った。

 さらりとした黒髪から切れ長の双眸がちらちらと見え、彼の端整な甘いマスクをより際立たせている。すらりとした長身でスタイルの良い彼は、久我修司……三十二歳、結架の勤め先である神崎法律事務所のパートナー弁護士だ。

 神崎法律事務所では、実績があり、経験が豊富なベテランの弁護士のことをパートナー弁護士と呼ぶ。中でも久我は、結架が入社する一年前に大手法律事務所からヘッドハンティングされた優秀なパートナー弁護士だ。

 パートナー弁護士の下には新人から中堅クラスのアソシエイト弁護士と呼ばれる弁護士がつくように構成されている。

 結架はというと、その二つには属さない、パラリーガルと呼ばれる法律事務所専門の事務職員だ。神崎法律事務所はボスの他にパートナー弁護士五人、アソシエイト弁護士四人、パラリーガル三人が在籍している。結架は今年で入所三年目を迎えるが、社会人としてもパラリーガルとしてもまだまだ駆け出しである。

「先生は私の恩人ですし、尊敬する方ですから」

「まだ言ってるのかい?」

「当然じゃないですか。私が今在るのは先生のおかげですもん」

 結架はそう力説する。大袈裟でもなんでもなく本当のことだ。

 結架の父と久我の父は大学時代からの友人だった。久我の父もまた弁護士をしており、結架が高校生の頃、父が経営していた飲食店が倒産危機にあったとき、久我のことを紹介してくれた。彼は当時アソシエイト弁護士として父親の下についていたのだ。

 結果的に、久我親子が色々と親身になってくれたおかげで窮地をなんとか乗り越えることができた。それ以来、結架は弁護士という職業に憧れるだけでなく、久我本人にも憧れるようになっていたのだった。

 大学の法学部をなんとか出ても、ロースクールに通う余裕もなければ司法試験に受験する資格を得られる司法試験予備試験にすら合格していない状況で、進路をどうするか悩んでいたとき、久我が神崎法律事務所を紹介してくれた。

 パラリーガルという職種は知っていたものの、弁護士のことしか頭になかった結架だったが、働きながら法律に触れられるというところに興味を持った。司法試験予備試験に向けて勉強するだけではなく、現場のことを知るチャンスである。

 紹介してもらった神崎法律事務所のボス弁護士である神崎英雄は久我の父と知り合いでもあり、結架のことが度々話題に出ることがあったらしい。

 つくづく縁に恵まれていると結架は思う。縁を繫いでくれた周りの人に日々感謝をしながら、一日も早く弁護士になれるよう精進しているところだ。

「君も入所して三年目か」

 懐かしむように久我は言った。

「はい」

 結架もまた懐かしい気持ちになる。

「……そろそろかな」

 と、久我は呟き、何か考え込むような顔をした。

「え?」

 結架が首をかしげると、久我はすぐに我に返って微笑いた。

「ごめん。なんでもないよ」

 話しながら歩いていると、神崎法律事務所が見えてきた。

 向こう側から見慣れた人物がやってくる。彼は結架と久我の姿を捉えるやいなや、季節を間違えた真夏の太陽のように大胆な笑顔で手を振った。

「もっと騒がしいのが一名いたな。常夏の住人A」

 久我がぼそっと呟く。結架は思わず笑った。

「おはようございます! って、何笑ってるんですか」

 常夏の住人A改め、深山夏樹は疑問符を浮かべたような顔をして二人の間に割って入ってくる。久我の隣を歩いているときに、春を感じさせる大人の甘い香りがふんわりとしていたと思ったら、シトラスの爽やかなオードトワレの香りに打ち消された。

「深山弁護士はムードメーカーですねっていう話ですよ」

 結架がフォローすると、ほんのり栗毛の髪をかきあげながら、深山はまんざらでもなさそうな顔をする。

「深山くんを見ていると、元気をもらえます……って、よく言われるかな」

 しかしすぐに久我が釘を刺した。

「まあ、ほどほどにな。クライアントもいろいろだ。あまり前のめりになるなよ」

「心得てます」

 深山は背筋を伸ばした。彼は主に久我の下についているアソシエイト弁護士なのだ。入所したての頃、あまりに暑苦しい深山を見て、久我がボスに他の部下に替えてほしいと直談判しかけたという名(迷)エピソードがある。

 和やかに三人でオフィスビルのエレベーターに乗り込み、七階で降りると、ガラス張りのスタイリッシュな法律事務所がすぐに顔を見せる。深山が先にドアを開き、久我と結架を先に通してくれたあと、最後に深山が中に入った。

「三人揃って仲がよいね」

 のどかな声で三人を出迎えたのは、経営者であるボス弁護士、神崎英雄だ。若い頃から敏腕な弁護士で、現役晩年は敗訴したことがない、検察泣かせの英雄とえられるようになった優秀なボスだ。

「おはようございます」

「おはようございます。ボス」

 三人がそれぞれ挨拶をすると、神崎は穏やかに「おはよう」と微笑み、中心にいた久我の方を見た。

「久我弁護士、君に話がある。案件に取り掛かる前に、こっちに来てくれるかい」

「わかりました」

 久我が返事をする。

 神崎は結架に「コーヒーを頼む」と命じた。さっそく結架が取り掛かろうとすると、横から「良かったら」と声をかけられた。

「今、ちょうど準備してたところなの。先に二人に持って行ってあげて」

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