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水島忍

第一章 義兄、突然の『後見人宣言』! (1)




第一章 義兄、突然の『後見人宣言』!




 ああ、またやっちゃった!

 望月愛梨はフライパンの中の真っ黒に焦げたハンバーグを呆然と見つめていた。

 豪邸に住み、家政婦がなんでもやってくれる何不自由ない生活を捨てて、この七階建てのワンルームマンションに引っ越してきたのは一週間ほど前のことだった。

 愛梨は料理が下手なわけではない。昔はそれなりにこなしていた。ただ、豪邸生活に慣れきってしまったため、料理の仕方を忘れてしまっただけだ。

 そう。もう少ししたら……思い出すわ。

 もっとも、ハンバーグが黒焦げになったのは料理の上手下手の問題ではなく、ただの注意力不足だ。他のことをしているうちに、ハンバーグのことをうっかり忘れていたのだ。

 お気に入りのふんわりとした生地のルームウェアに身を包み、フリルのついた赤いエプロンをつけて、楽しく料理をしていたはずなのに、せっかくの夕食が台無しだ。

 愛梨はセミロングの髪をポニーテールにまとめた頭を振り、溜息をついた。

 慣れないことをすると、いつもこうだ。料理は以前していたのだから、厳密には『慣れないこと』ではない。だが、どうもやり方をすっかり忘れているようだ。

 自分という人間はつくづく不器用にできている。本当に呆れてしまう。

 少し童顔で幼く見えるが、愛梨は二十四歳だ。仕事もちゃんとしている。食品会社の総務で働いて三年目だ。最初は失敗続きで、どうなることかと思ったが、さすがに今は新人の面倒だって見られるようになった。

 家事もしばらくやっていないから腕がびついているが、この生活に慣れればきっと勘を取り戻すはず。

 とはいえ、このハンバーグ……。諦めたほうがいいかも。

 フライパンの中にある残骸を見て、もう一度、溜息をついた。

 そのとき、玄関のチャイムが鳴り響いた。このマンションは古い建物で、オートロックはない。誰でも扉の前のチャイムを鳴らせるのだ。まったく、マンションといっても名ばかりだ。

 愛梨は顔をしかめながら、玄関に近づき、覗き穴から外を確認する。

「あ……やだ」

 そこに立っている男を見て、思わず呟いてしまう。もちろん彼が誰だか見覚えがあるからだ。その男は愛梨が在宅なのを確信しているのか、苛立ったように扉を叩いた。

「さっさと開けるんだ!」

 なんて傲慢な言い方だろう。まるで上司だ。いや、愛梨の上司はここまで傲慢な物言いはしない。

 しかし、これ以上、騒がれては困るので、仕方なく扉を開けた。

 そこには、長身のスーツ姿の男性が立っていた。きりっとした眉に涼しげな目元、鼻筋が通り、薄い唇はしっかりと引き結ばれている。彼は少し天然のウェーブがかった長めの髪を後ろに撫でつけ、鋭い視線をこちらに向けていた。

 彼の名は茅野恭介。三十二歳でカヤノ・コーポレーションという大きな会社の副社長──いや、今は代表取締役社長の座についている。

 そして、愛梨の義理の兄でもあった。

「え……と、なんの用かしら」

 彼は問いかける愛梨を無視して、中に押し入ってきた。そして靴を脱ぎ、勝手に上がり込んでしまう。

「ちょっと待ってよ! 入っていいなんて言ってないじゃないの」

 愛梨は慌てて後を追いかけた。彼は狭い部屋を見回し、廊下と一体化した狭いキッチンスペースのコンロの上に置いてあるフライパンの中身に目をやった。

「なんだ、これは?」

「ハンバーグよ!」

「これがか? ただの炭じゃないのか?」

 確かに真っ黒に焦げている。しかし、炭は言いすぎだ。それに、彼は招待もされていないのに、しかも勝手に上がり込んできたのに、そんな失礼なことを言う権利はない。

「ちゃんと食べられます!」

「……本当か?」

 噓に決まっている。だが、もしかしたら、焦げているのは表面だけで、中のほうは食べられるかもしれない。

「とにかく、何をしにきたの? わたしの夕食が何か見にきたわけじゃないでしょう?」

「当たり前だ。僕にそんな暇はない」

 恭介は、腹が立つほど傲岸不遜な態度でそう言った。

「それなら、なんの用事でいらしたのか、話していただけないでしょうか? お義兄様?」

 嫌みな口調で尋ねると、彼はあからさまに嫌そうな表情になった。

「可愛げがない義妹だな」

 愛梨はムッとしたが、黙っていた。ここで言い合いをしていたら、永遠に彼がここに来た理由が判らないままになりそうだったからだ。さっさと話をして、帰ってもらいたい。

「君はどうしてこんなところに引っ越してきたんだ? というより、どうして家を出た?」

 ここに引っ越してきて一週間も経ってから、そんなことを訊かれるとは思わなかった。だが、彼は今まで知らなかったのだろう。六年前に彼の父親と愛梨の母親が結婚したため、二人は義理の兄妹という関係になったものの、それほど交流があったわけではない。しかも、彼は豪華なマンションを持っているらしく、そこで一人暮らしをしていて、一緒の家に住んだことは一度もないのだ。

 それぞれの親同士が結婚したときも、彼は愛梨に対してとても冷ややかだった。挨拶くらいはしたが、話しかけてもこなかったし、家族の中で何かおかしいことがあって笑っていても、彼だけは笑っていなかった。

 その頃からイヤな奴だと思っていたけど……。

 こうしていきなりやってきて、頭ごなしに叱りつけるようなことを言われると、その直感は正しかったと思う。

 そもそも小柄な愛梨は恭介のような背の高い男があまり好きではなかった。あまりにも自分と違いすぎて、なんとなく怖いのだ。ともあれ、愛梨は目の前の気に食わない男をむようにして、質問に答えた。

「あの家はもうわたしの家ではないからよ」

 彼は肩をすくめた。

「所有権のことなら、前からあそこは君の家ではなかった」

 もちろん、あそこは継父の家だ。

「それはそうだけど……。母がお継父さんと結婚したんだから、わたしが一緒に住んだっていいでしょう?」

「そうだ。だから、今も遠慮せずに住むといい」

 ううん……。そういうわけにはいかないわ。

 不意に愛梨は切ない気持ちにとらわれた。あの家はやっと見つけた自分の居場所のようなものだった。できれば失いたくなかったけれども、今は出ていかざるを得ない。

 母と継父が交通事故で亡くなってしまったからには。

「わたしはもうあの家に住む資格はないでしょ。あそこはあなたの家よ」

「それなら、僕が許す。僕にはもう住むところがある。あの家には君が住め。家政婦つきだから、家事なんかしなくていいし、炭のようなハンバーグも食べなくてもいい」

 う……。嫌みかしら。

 いや、彼は真面目に言っているのだ。

「わたしはあなたとなんの関係もないんだから。あそこに住む資格がないというより、権利がないと言ったほうがいいかしら」

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