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シンデレララブ!

山内詠

『御曹司に甘くて美味しい求婚、されました♡』山内 詠 イラスト/駒城ミチヲ (3)

「あ、浄水器とかそういうのは間に合ってるんで!」

 相手の顔をまともに見ることもなく扉を閉めようとする。セールスに長々とお付き合いしても時間の無駄だ。

「違う! セールスじゃない!」

 けれど扉の間に足を差し込まれ、閉められなくなってしまった!

「じ、じゃあなんですか!?

 男性の必死さに遅まきながら恐怖が湧いてくる。だけど足差し込まれているし、気づいたらがっちり摑まれていて、扉はぴくりとも動かない。

「これを返しに来たんだ!」

 慌てる私の目の前に差し出されたのは、どこかで見覚えのあるお椀。

「これ……」

 臙脂にピンクと白のウサギ柄が描かれたそれは、少し前に見知らぬ誰かに渡してしまった私のお椀だった。

 ……このお椀を持っているということは、目の前にいる男性はあの時の!

「先日は世話になった。お礼が遅くなって申し訳ない」

 私が理解したことがわかったのだろう。男性がすかさず頭を下げる。

「えっ、あっ、いっ、いえいえっ! 私ってば大したことしていませんしっ! やめてくださいっ!」

 慌てて止めると、男性はほっとした様子で頭を上げてくれた。

「本当にありがとう」

「い、いえ……」

 顔を上げた男性と、ばちっと目が合って初めてその容姿をちゃんと確認していなかったことに気づく。こ、こんな格好いい人だったっけ? あの夜は男の人の涙に意識が向いていたからあまり造作に目がいっていなかった。

「名乗るのが遅れたね。僕は豊岡という」

 流れるような動作で差し出された名刺を受け取ると、なんと百貨店などのテナントでよく見かける有名菓子メーカーの社名が刻まれている。ロゴマークは何度も目にしたことがある見慣れたものだ。

「えっ、ええっ!?

 一応菓子製造という同じ業界の人だけど、私の勤め先とじゃ雲泥の差!

「とっ、取締役!?

 そして有名過ぎる社名の下にはなんと「取締役 豊岡健司」の文字が!

 あまりのことに名刺と男性を交互に何度も見てしまう。こ、こんな有名な会社の取締役って……この人相当偉いのでは……!?

 いやまず気にしなくちゃいけないのはそこじゃないっ!

「ていうか、どうして私の家がわかったんですか……!?

 するとなぜか男性は苦笑しつつ教えてくれた。

「どうしても何も、このアパートに住んでいると教えてくれたのは君の方なのだが」

「あっ!」

 思い返してみれば、そんなことを口走ったような気もする。

 自分が怪しい者ではない、と説明したかっただけなんだけど、ちょっと女のひとり暮らしの自覚足りなさ過ぎじゃない、私!?

「で、でも、部屋までは教えてませんけど……」

「君が走り去ったあと、追いかけたんだよ。そうしたら、この部屋の電気が点くのが見えてね」

「ああ……なるほど」

 ならば私の住居を推測するのは難しくないだろう。

「大したものではないが、よかったら」

 ようやく納得した私に、男性はすっと紙袋を差し出してきた。

「あっ、これキャラメルサンドですかっ!?

 現金だけど、品物を確認するなりドアストッパーを外して受け取ってしまう。

 渡されたのは男性の勤め先のメーカーから昨年発売された焼き菓子だった。チョコレートに包まれたキャラメルをサクサクのクッキーで挟んだもので、食べるとキャラメルがまるで溶け出すように溢れてきて本当に美味しい。

 ただ、未だに大人気で限られた店舗でしか扱っていないため、入手するには平日でも一時間以上並ばなくてはならない品だ。

「ご存じだったか」

「はいっ! これ本当に大好きで! でも機会がなくてなかなか買えなかったんです。ありがとうございます!」

「喜んでもらえてよかった」

 私の喜んだ様子を見て、男性はほっとしたように頰を緩めた。

「それで……大変不躾なのだが、ひとつ頼みがあって……」

「はい、なんでしょう?」

 なぜか深刻そうに声を潜めた男性に、大好きなお菓子を前に上機嫌になってしまっていた私は、にこやかに応えた。

「君の味噌汁にれてしまった」

「はぃ?」

 聞きようによってはプロポーズのようなセリフに、一瞬思考が停止する。

「君の味噌汁がまた、食べたいんだ」

 繰り返されてようやく頭の中に入ってきた。それでも意味がわからない。

「以前ご馳走してもらったものがどうしても忘れられなくて……」

「そ、そんな特別なものじゃないですよ」

 なにしろなんの変哲もない、豚汁と梅おかかのおにぎりだ。

「あの時は特別というか、気持ちが弱っていたからそう感じただけだと思います」

 成人男性が恥も外聞もなく泣いているような状況だもの。普通じゃない。

「そう言うなら、もう一度食べさせて頂けないかな? 再び口にすれば特別かどうかはっきりするしね。もちろん、お礼はする!」

 食い下がる男性はまた勢いよく頭を下げる。

 そのあまりに必死な姿に、悩んでしまう。やっぱり、大したものじゃなくても自分の作った料理を褒められれば悪い気はしないし。かといって、男性の名刺が本物だという証拠はどこにもない。

 背後ではおでんと味噌汁が仲良く煮えている。もちろんご飯も炊けている。

「……おでんでよければ、どうぞ」

 頭を下げ続ける男性の態度と美味しいお菓子に絆されて……私は男性を招き入れた。


「どうしたんだい?」

 いつの間にか箸が止まっていた私に、健司さんが心配そうに尋ねてくる。

「なんでもない」

「ぼんやりしていたら、僕が全部食べてしまうが?」

 片目をつぶりながら悪戯っぽく言われて、思わず笑ってしまう。

「健司さんと初めて一緒にご飯を食べた時のこと思い出していたの」

 すると健司さんはちょっとバツが悪そうに頰をかく。

 というのも初めての夜、健司さんは私ひとりならばゆうに三、四日分はあったであろうおでんも、お弁当に回すはずだった小松菜の和え物や塩サバも、ぜーんぶ綺麗に平らげてしまったのだ。あまりの食べっぷりに茫然としてしまったっけ。

「今日は足りるかなぁ?」

 そうわざとらしく言ったのは、たっぷり作ったのに、すでに大皿に盛った肉野菜炒めは半分以上無くなっているからだ。

 なんでも、健司さんは仕事が大変だと食欲が増すらしい。スマートな外見からは全く想像出来ないけれど。今夜はまあ、そこまで大変じゃない感じかな?

「あれからもう半年も経つんだね」

「……正直、あの日のことは忘れてほしい」

「忘れられるわけないでしょ!」

「いつまでも意地悪なことを言うなら、やはりこの肉は僕が頂いてしまおう」

「駄目です、それ私のですっ!」

 慌てて箸を伸ばしたけれど、目当てのお肉はさっと大皿からわれてしまう。

「はい、あーん」

 けれど健司さんが摘まみ上げたお肉は、私の口元へと差し出される。

「あー……んっ」

 一瞬躊躇したけれど、当たり前な顔で私も受け入れる。

 ……こんなこと、普通カップルとかがやるものだと思うんだけど。

 口をいっぱいにしている私を健司さんはとても楽しそうに眺めている。その顔を見ていたらまあいいかって気になってしまうんだよね。

 もちろん私たちは、恋人同士ではない。

 当然だけど最初からこんなおかしな関係だったわけじゃない。

 だって冷静に考えたら友達でもないほぼ初対面同士の男女が、女の自宅でご飯を食べるなんて、気まずくならない方がおかしい。

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