話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

シンデレララブ!

山内詠

『御曹司に甘くて美味しい求婚、されました♡』山内 詠 イラスト/駒城ミチヲ (2)

 疲れて帰宅したあとの唯一の楽しみである食事を妥協したら、英気を養うどころか明日まで引きずってしまう。……食い意地が張り過ぎている自覚はある。

「あとは食べるだけだったのにぃ」

 湯気の立つ豚汁とおにぎりを横目に、財布だけ摑んでアパートを出る。冷めた分はまた温め直せばいいけど、今まさに食べようとしていた気持ちの行き場がない。こうなったら七味だけじゃなくて普段は我慢しているデザートも買ってやる!

 勢い込んで外に出たものの、冬の空気は乾燥して冷たくて、お風呂に入って無防備になった頰をぴりぴりと刺してくる。ああ、寒い!

 少しでも早くコンビニにたどり着きたくて、近道である公園を突っ切るルートを選んだ。

 この公園の中を通らないで最寄りのコンビニへ向かうとかなり遠回りになってしまう。

 ただ、木々に遮られ周囲の灯りが全く届かない夜の公園は、子供たちでやかな昼間とは全然雰囲気が違っている。だからちょっと怖くて、普段ならば暗くなってからは通らないようにしていた。

「ささっと行っちゃえばいいだけ!」

 セルフで気合を入れ、街灯の少ない公園の中に足を踏み入れた。変な人だっておばけだって、こんな寒い日にわざわざ出てきたりしないだろう──そう思っていたのに。

 公園の中ほどまで来て、私は気づいてしまった。

 ベンチに誰かが座っていることに!

 ……どうしよう。

 数少ない街灯に照らされている姿から、どうやらスーツを着た男性のように見て取れた。

 こんな寒い夜、駅から離れた暗い公園のベンチにひとり座っているなんて、一体何!?

 途端に頭の中を悪い想像がぐるぐる回る。でも引き返すのは変だし、ただ休憩しているだけかもしれない。内心びくびくしながらもなんでもない風を装って男性の前を通り過ぎようとした、その時。

「……っ」

 私は思わず足を止めてしまった。

 なぜなら男性は──泣いていたのだ。

「……あの、大丈夫ですか?」

 見知らぬ相手だというのに声をかけてしまったのは……男性の表情がとてもとても、辛そうだったから。

「あっ、ああ……」

 男性は声をかけられて初めて私の存在に気が付いたようだった。慌てたように袖口で濡れた眼を拭うと、取り繕うような笑顔を浮かべてみせた。

「何か大変なことがあるなら、近くに交番ありますけど……」

「いや、なんでもない。ちょっと……仕事で色々あって落ち込んでいただけなんだ。見苦しいところをお見せしてしまったね」

 男性は何にも悪くないのに私に謝ってくれた。けれどどこか無理をしているのだろう。小さくため息を吐きながら立ち上がり、「大丈夫だから」とぎこちなく笑みを浮かべた。

「あ、あの! ちょっとここで待っててもらっていいですか!?

 言うなり私は今来た道を全速力で引き返した。

 泣いているとはいえ、男性は立派な大人の人だ。それなのになぜか私には彼が今すぐ煙のように消えてしまうんじゃないかと怖くなった。

 もしこのまま彼を見送ったら、後悔する。そんな衝動に襲われたのだ。

 さっき出たばかりのアパートに駆け込むと、食べようとした時のままのおにぎりと椀に入った豚汁にラップをかける。

 そして今度は豚汁をこぼさないように、だけど出来る限り急いで男性の元へと戻った。

「これ、食べてください!」

 ぐいっと強引に押しつけると、律儀に待っていてくれた男性は突然のことに呆気に取られた様子だった。けれど素直に豚汁の椀とおにぎりを受け取ってくれる。

「こんな寒いところで落ち込んでいたら、気分がいで当然です! お腹いっぱいにして温かくすれば、気持ちはうんと楽になりますよ!」

 気分が落ち込んだり疲れた時は、まず温まること、そしてお腹をいっぱいにすること。凍えて空腹のままではよくなるものもよくならない……男性に説いたのは、昔おばあちゃんから教わったことだった。

 勢いよくし立てたのはいいものの、ぽかんとしたまま立ち尽くす男性に、ちょっと不安になってくる。これじゃ不審者なのはこちらだ。

「と、豚汁にもおにぎりにも変なものは入ってないですからっ! おにぎりの具は梅おかかですっ。私はそこのアパートに住んでいる者で、怪しいものではありませんからっ!」

 慌てて身振り手振りを交えつつ付け足すと、男性はなぜか突然噴きだした。

「……っ、ふふふ、すまない」

 ひとしきり笑ったあと、男性は軽く謝ると「いただきます」と豚汁を一口った。熱いものが喉を滑り降りていくのを確かめるように、男性は軽く目を閉じる。

 そして再びが開いた時、その瞳には先程まではなかった明るい色が見て取れた。

「美味しい……」

 思わず漏れた、という声に、なんだかお手伝いが成功した子供みたいに得意になる。

「『美味しい』って感じるなら、大丈夫ですね!」

「ああ。ありがとう」

 男性の顔に先程のぎこちないものとは違う柔らかな笑みが浮かんでいる。

 その笑顔を見ていたら、ますます豚汁が食べたくなってしまった。もう七味はいいから早く食べたい!

「じゃあ、私はこれで!」

「あ、ちょっと!」

 急いでを返した私の後ろから男性が呼び止めるような声が聞こえたような気がした。けれど寒さと空腹が勝って私は振り返りもしなかった。

 その時は七味ではなくラー油を垂らして食べたっけ。これはこれでアリだな! と新しい世界を発見出来たのよね。

 この出来事は私としては見知らぬ人にした小さな親切というか、お節介に過ぎなかった。だからすぐに記憶の彼方に押しやってしまった。

 なにしろ「公園で落ち込んでいた人に豚汁とおにぎりを振る舞った」って完全に炊き出しだし、この時は本当に仕事も忙しくて、色々気にしていられなかったのもある。

 ところが新年の賑やかさも落ち着いた一月最後の水曜日、そんな豚汁のお節介を再び思い出すことになってしまった。


「よーし、よく煮えてますな……!」

 鍋の蓋を持ち上げると、湯気と共にお出汁の匂いがキッチンいっぱいに広がる。アルマイトの鍋の中には、たっぷりのおでんがくつくつ美味しそうに煮えていた。

 東京でのひとり暮らし。外食先は山ほどあれど、毎食じゃお金も健康も続かない。となれば、自炊が一番。

 お菓子の販売店に勤めているので、基本休日はシフト制。それでも毎週水曜日はいつも休みを貰えていた。だから自然と、水曜日に料理の作り置きをするようになった。

 寒い時期はやっぱり煮込み料理や汁物の登板が増える。おでんはそのまま食べても美味しいし、ルーをぶち込んでカレーにするのもよし、具を刻んで炊き込みご飯にするのもあり、と結構アレンジがきくのだ。

 おでんだけだとちょっと青みが足りないから、小松菜とツナの和え物を添える。あとご飯のお供として塩サバも焼いた。どちらも多めに作ったので、明日のお弁当の支度はだいぶ楽出来る。

「さーて、ご飯にしよ!」

 茶碗を片手に炊飯器を開けたその時、玄関の呼び鈴が鳴った。

「……誰?」

 すでに時刻は夜の八時を回っている。この時間アポ無しで訪ねてくる友達はいないし、何か荷物を頼んだ覚えもない。

 居留守を使おうかな……と一瞬考えた。けれど外の通路に面した台所の換気扇がガンガン回っちゃっているから、いるのはバレバレだ。

「はい……?」

 チェーンをかけたまま渋々玄関から顔を覗かせると、スーツ姿の男性が見えた。こんな時間にセールス?

「シンデレララブ!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます