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シンデレララブ!

山内詠

『御曹司に甘くて美味しい求婚、されました♡』山内 詠 イラスト/駒城ミチヲ (1)




『御曹司に甘くて美味しい求婚、されました♡』山内 詠 イラスト/駒城ミチヲ

 豚肉の脂が十分に融け出たところで、刻んだ野菜を火の通りにくい順にフライパンに投じる。じゅわっと広がった小気味いい音にテンションもつられて上がっていく。

「よいしょーっと!」

 フライパンをりながら、なんて楽しいんだろうと──私本郷七海は思わずにやにやと笑ってしまう。鉄のフライパンで炒め物をしていると、いっぱしの料理人になったような気分になれるんだよね。普段はもっぱら手入れの楽なテフロン加工のフライパンばかりだから特別感があるというか。なんとなく鉄の方が美味しく出来る気もするし。

 野菜にほどよく火が通ったところであらかじめ合わせておいた調味料を加える。

「ん、いい感じ!」

 フライパンからキャベツをひとかけら摘まんで、味を確認。今回は味付けに豆板醬をプラスしてちょっとピリ辛にしてみたんだけど、ばっちり決まってる!

 本日のメニューは肉野菜炒めにブロッコリーとチーズのおかか和え、でたささみと大葉をたっぷり載せた冷奴、味噌汁の具はほうれん草と油揚げ。あと昨日から仕込んでおいた生姜をきかせたキュウリと大根の浅漬けだ。

 九月に入ってようやく暑さも和らいできたけれど、まだまだ残暑は厳しい。だから今夜はさっぱり味の副菜とがっつりな味付けの主菜の組み合わせにしてみた。

「よーし、完成!」

 肉野菜炒めをお皿に移し、彩りに糸唐辛子を載せ終えると思わず満足のため息が出た。完成した時の達成感も、料理の楽しみのひとつだと思う。

 母のお手伝いというより邪魔をしていた小さな頃から、お料理は大好きだ。

 なにしろまるで魔法のように……さっきまで泥がついていた野菜たちが、パックに入ったままの肉たちが美味しいご飯に変身してしまうのだから!

 小さな頃、大家族だった我が家で母や祖母がたくさんの料理をこしらえる姿を見て、子供ながらに感動したっけ。「いつか私もお母さんやおばあちゃんみたいな、魔法使いになるんだ」なぁんて決意したのは、微笑ましい思い出だ。

 とはいえ今は実家を離れ、東京の空の下で働きながらひとり暮らしの身の上。仕事も忙しいし、毎日一汁三菜きちんと用意するのは正直難しい。

 だから普段のメニューはレンジでチンのお手軽作り置きや、どかんと一品料理多かったりする。

「出来たかい? なら早く食べよう」

 催促の言葉と同時にぬっと背後から腕が伸びてくる。その指は止める間もなく出来立ての肉野菜炒めをひときれ摘まみ上げ、当然のように口に運んだ。

「うん、美味い!」

「ちょっと! つまみ食いはダメですよ!」

 いつもならサボりがちな副菜を含め、こんなにたくさん料理を作ったのは……もちろん、自分以外に食べてくれる人がいるから、だ。

「目の前に美味そうな料理が並んでいるのにお預けは酷いだろう」

 彼はそう言うと汚れた指をぺろりと舐めた。その仕草が妙に色っぽくて、ドキドキしてしまう。しかも距離近いし!!

 やばい、今日も彼──豊岡健司さんは本当に格好いい!

 弧を描く薄い唇が印象的なその顔は、まるで彫刻のように整っている。長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳は優しく細められ、そこに漂うのは大人の色気だ。身長一五五センチの私が見上げてしまうくらい背が高いのに、品のある口調や仕草ゆえか威圧的な感じはない。

 すごくスマートで洗練された、都会の人。今日だって、仕事帰りだというのにスーツには乱れひとつなかった。

 上着を脱いでネクタイを外して襟元をげている今の姿も、最高に素敵!!

 東京に何年住んでもイマイチ馴染むことが出来ない田舎者の私とは、全然違う。

 ちらっと目に入った電子レンジの扉に映った自分の姿に、思わずため息が出そうになる。

 二重の幅が広いのと目尻が下がっているせいで、なんだか眠そうに見える眼はぷくぷくと丸い顔と相まっていつも年齢よりも幼く見られがちだ。髪も天然パーマのおかげでふわふわと広がりちっともまってくれない。見慣れているけれど、美しくも可愛くもない、中途半端な顔。

 一応、ヘアメイクを頑張れば多少は見られるようになる、とは思う。でも今はほぼすっぴんと同じような状態。服はちょっとだけ意識して、可愛いと評判なブランドのピンク色のパイル地でできているルームウェアだ。

 せっかく会えたんだから、やっぱりもっとおしゃれすればよかったかな。でも自分の家で服もメイクもキメキメってなんか変だし。

「これ、運んでもらえますか? 私、味噌汁よそうんで」

「了解」

 健司さんは私の耳元でふふっと微笑うと、肉野菜炒めの盛られた皿を軽々と持ち上げた。

「そこ、頭気をつけてくださいね」

「大丈夫だよ」

 健司さんが苦笑する。

 私の住んでいる1Kアパートは元々古い和室をリフォームで洋室にした部屋だ。玄関から部屋への通路はそのまま台所を兼ねる間取りになっている。

 昔ながらの造りの鴨居は低く、台所から部屋へ繫がる引き戸のところで健司さんはこれまで何度か頭をぶつけている。

「そんなこと言って、結構やらかしてますよねっ」

「僕だってたまには失敗するさ。ああ、美味そうだ」

 テーブルに並べられた料理を見た健司さんの嬉しそうな声に、頑張ってよかったと胸が温かくなる。

「じゃあ、いただきます!」

 向かい合わせに座り、ふたり揃ってぱちんと手のひらを合わせた。

「ああ、七海の味噌汁は本当に美味いなぁ。待っていた甲斐があった」

 味噌汁を一口飲むなり、健司さんはけるような笑みを浮かべた。

 インスタントじゃなくて、ちゃんと出汁を取った以外はなんの変哲もない味噌汁だけど、健司さんはいつも褒めてくれる。

「この肉野菜炒めも美味いな。ご飯が進む」

「卵絡めてみます? CMでやっているみたいに」

 男の人らしく豪快におかずを頰張る健司さんに尋ねてみる。CMでは回鍋肉だったけど、こってり味のこの肉野菜炒めに卵は絶対に合うはず!

「卵かぁ、いいね! でもまずはこのまま楽しむよ。今度卵を載せて食べてみたい」

「生卵でもいいけど、目玉焼きとかもよさそうですよね。いっそ、ふわふわの炒り玉子をまぜるとか!?

「それだと別の料理になりやしないか?」

「あ、そっか。でも玉子入りの炒め物も美味しいですよ!」

 青梗菜と炒めるのもいいし、今の時期ならアスパラなんかもいける。お肉より安く食べきりサイズの卵は、ひとり暮らしの食卓の強い味方だ。

「じゃあそれを次食べたいな」

「わかりましたっ! じゃあ来週は玉子炒めで!」

 毎週水曜日、健司さんは私の家にやってきて、一緒にご飯を食べる。

 それだけの関係が、もう半年続いている。


 健司さんと出会ったのは、忘れもしない昨年の十二月、クリスマスが終わって街が一気に新年へと駆け出した年の瀬のことだった。

「まじか……」

 お気に入りの七味の缶を、ほかほかと湯気を上げているお椀の上で思いきり振っても、欠片すら出てこない。善光寺参りをした時に食べて以来気に入り、わざわざアンテナショップで買い求めている、とびっきりの七味が、ない!

「……仕方ない」

 大きなため息をいたあと、私は最寄りのコンビニに向かうため、渋々部屋着の上にコートを羽織った。正直、テーブル七味じゃ物足りないけど、豚汁にたっぷりのネギと七味は外せないっ!

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