いとしい君に愛を乞う 不器用な暴君は妻を溺愛する
プロローグ (3)
「いちいちうっせぇなっ、息子で遊ぶな」
「あ、ちょっと待って。せっかくだしロールキャベツも持って帰って」
「おい、まだ持たすのかよっ」
台所に消えていく好恵の後ろ姿に啓太が叫んだ。
「ったく……、つうことは今夜もロールキャベツか」
「啓太君、ロールキャベツ嫌いなの?」
美味しいのに、と首を傾げれば「限度の問題なんだよ」と言われた。
「毎日毎日キャベツばっかり食わしやがって。俺は芋虫かっつうの」
「でも、芋虫も美味しいから食べるんだと思うよ?」
「んなこと、分かってるよ! いちいち突っ込んでくんなっ」
美緒が泉田野に来たときはもう少し普通に話してくれていたのに、最近の啓太は怒ってばかりだ。
(思春期なのかなぁ)
中学三年にもなれば、多感な時期だ。出会ったばかりのときはあどけなさの方が強かった啓太も、気がつけば目線が少し高くなっている。
「啓太君、少し背が伸びたんじゃない?」
「ん~、今一六五くらい。多分、まだ伸びる」
「お父さんも背高いものね」
いずれもっと大人になれば、こうして話すこともなくなるのだろうか。
啓太の成長を嬉しく思うも、少しだけ寂しさもあった。
「何見てんだよ」
「ううん。何でもない」
「──変な奴」
嫌そうに眉をひそめて、ぷいっとそっぽを向いた。そういう仕草はまだ子どもだった。
「おまちどおさま、これも持っていって。タッパーはいつでもいいから」
一人分には多すぎる量に啓太がげんなりと眉を下げた。
「母さん、美緒にこれは無理だろ」
「いいのよ。冷蔵庫に入れておけば明日も食べられるじゃない。ねぇ?」
「そうですね」
微苦笑を浮かべれば、啓太に呆れた顔をされた。
「じゃあ、啓太。よろしくね!」
紙袋にロールキャベツが入ったタッパーを慎重に入れて、ついでにと持たせてくれた総菜に「安かったから」と買い置き用の醬油まで入っていた。
「ありがとうございました。ユキちゃん、帰るよ」
促しても、タイルの冷たさが心地いいのか、ユキは寝そべったまま見向きもしない。
「あらら、いいわよ。このまま寝かせてあげて。あとで連れて行くわ」
「でも、それじゃご迷惑ですし……」
「全然平気よぉ。鷹塚のおばあちゃんが亡くなったときも、しばらくうちで面倒見ていたんだし、ユキちゃんにとってここは第二の我が家ってところなんじゃない?」
にこやかな笑顔に見送られて、美緒は恐縮しながらも先に出ていった啓太を追いかけた。敷地を出たところで、啓太が美緒を待っていた。
「走るなよ、こけたらどうすんだ」
「ご、ごめんね。てっきり先に行ってるものだと思ったから」
「んなわけないだろ。……結局持たされたのか? しかもまた重そうなの入ってんじゃん。何で醬油なんだよ。まったく美緒を気遣ってない感じだよな」
「そんなことないわ。たくさん野菜も分けてくれたし、おかげで当分お買い物に行かなくてすむもの」
醬油も総菜も好恵たちの優しさ以外何ものでもない。
「でも、お醬油までいただいちゃったのは申し訳ないから、今度買ってお返しするって伝えてくれる?」
「別にいいんじゃね? 気になるなら、何か美味いもんでも作って持ってけば? たまには違う味で母さんのマンネリ化した食卓に革命を促してくれた方が、全然ありがたい」
「好恵さんの方が料理上手なのに、革命なんて起こせるわけないわ」
美緒の腕前では、好恵の作る美味しい料理を食べてきた啓太を唸らせるようなものを作れる自信はない。
肩を竦めれば、「使えねぇな」と言われた。
「でも、母さんもばあちゃんも、それだけ美緒のことを気に入ってるってことだよ。ばあちゃんなんて特にさ、本当の孫みたいに思ってんじゃねーかな。誰にでも平等だけど、自分の作った野菜だけは本当に気に入った相手にしかやんないんだ」
「私なんかに気を遣ってもらって、もったいないお話だわ」
「自分のことを〝なんか〟とか、言うんじゃねーよ」
窘められて、睨まれた。
「あ……、ごめん」
「別に。分かればいい」
新井家の人たちはみんな美緒に親切だ。
啓太の歩調がゆっくりなのも、美緒の脚を気にかけてくれているからなのだろう。
(優しいのね)
「美緒はさ、いつまでここに居るつもりなんだよ」
「まだ決めてない。……でも、ずっとは居ないと思う」
美緒は今、祖母の家の管理人という名目で住まわせてもらっているだけにすぎない。
「でも、美緒が居なくなったら鷹塚の家はどうなるんだ」
「多分、他の誰かが管理することになると思うの」
「ふぅん」
離婚を言い渡され行く当てのなかった美緒は、父方の従兄にあたる鷹塚征の勧めもあって、祖母の家の管理をすることになったのだ。
「──別に、ずっと居たらいいじゃん」
新しい職を探そうにも、この脚を抱えてどれくらいのことができるのか見極められないうちは征の好意に甘えるしかない。
美緒にはもうここしか居場所がなかった。
「……でも」
「地区のおっちゃん連中が言ったこと、まだ気にしてんのか?」
言い方こそ愛想はないが、気遣わしげな口調に苦笑した。
「そんなことはないよ」
「あれはやっちんのじいちゃんが勝手に勘違いしただけだろ。ばあちゃんもめちゃくちゃ怒ってたぞ。次郎吉は余計なことを言いすぎるって」
この辺りは昔から家同士の呼び名があり、次郎吉もそのひとつだ。本名は徳田という。
徳田は美緒のことを征の結婚相手だと勘違いしたのだ。
『違うよ、徳田さん。彼女は僕の従妹の薙沢美緒さん。僕の叔父繁治さんの一人娘だよ。しばらく祖母の家を管理してもらうことになったんだ』
『確か百井とかいう家に婿養子に行ったっていう。えろう綺麗な人だったと聞いてるが……。へぇ、どうりであんたも別嬪さんなわけだ』
美緒が百井の姓でないことに、彼らは何かしらの事情を察したのだろう。結婚した身でありながら一人で祖母の家の管理人になるくらいなら、夫婦仲が円満でないことも分かったはずだ。
『何だい、あんた。離婚でもするのかい』
すぐに周りの人たちが徳田を窘めたが、美緒は場を取りなすようなうまい言い訳もできず、『すみません』と小さな声で詫びた。
「昔の人だから、ついきついことを言っちまうこともあるけど、そういうときは黙ってないでばあちゃんに言えよ。じいちゃん連中も悪気はないんだしさ」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。徳田さんもあのあと、謝りに来てくれたもの」
洒落た洋菓子の箱を携えて、徳田は「すまんかった」と頭を下げてくれた。
「やっちんのおばちゃんにもめっちゃ叱られてたんだって。次の日、学校でやっちんが言ってた」
徳田が持って来た菓子折は、隣町まで行かなければ売っていないものだ。わざわざ若い子が好きそうな菓子を選んだのも、もしかしたらそれを持っていけと言われたからなのかもしれない。
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