最高のスパダリに、新婚ママと赤ちゃんは思いっきり愛されています

玉紀直

第一章 兆し (2)

 恋人の朱宮将斗とは、高校一年生のときからつきあっている。お互いひと目で気に入ったのは同じだったらしく、両想いだと感じるのも早かった。

 同じ大学に進学し、卒業後は同じ会社に就職した。とはいえ、彼は本社、清香は支社に配属されている。特に隠す社風でもないので、将斗と清香が恋人同士なのは同期や先輩、上司も知っている周知の事実だ。

 大学卒業から始めた同棲も六年目。もちろんお互いの親にも会ったことがあるので、親公認の仲なのである。

 つきあいだけで考えれば、もう十三年、将斗と一緒にいる。喧嘩らしい喧嘩をした覚えもなく、関係は順調といっていいだろう。

 将斗といると、楽しくて、気持ちも穏やかになれて……。ずっと、一緒にいたいと思う。

 ……思う、のだが、……慣れすぎて……なじみすぎて……なんとなく熟年夫婦みたいだと感じることもしばしば。

(一緒にいることに慣れすぎて〝空気みたい〟とか、危険よね。……そうしているうちに自然消滅、とか……)

 ありえないことではないだろう。

 ……少しでもこんなことを考えてしまうようじゃ、もしかしたら潮時なのでは……と思うこともある。

 なんといっても、もう、半年ほどセックスからも遠ざかってしまっているのだ……

「ただいまー、清香ー。……あっ、電話中か?」

 リビングのドアが開き、清香と同じく部屋の暖かさにホッとしたような笑顔で将斗が入ってきた。

 恋人の立場からいっても惚気としかとられないが、仕事のときは生真面目な男前に見える顔つきをしているだけに、こうしてホッと嬉しそうな笑顔を作るとギャップを上乗せしてかわいらしく見えてしまう。

 考え事をしていたせいで彼が帰ってきたことに気づけなかった。清香はスマホをソファ前のローテーブルに置き、コートとバッグを腕にかけた。

「ううん。終わったとこ。おかえり、将斗」

「ん? おまえも、今帰ってきたとこ?」

 コートとバッグを持っているのでそう思ったのだろう。清香が「うん」とうなずくと、将斗は笑顔で彼女をねぎらった。

「そうか。じゃあ、清香にも『おかえりー』だな。帰り道、寒かっただろう? 今夜はまた冷えるよな」

「なんだかんだで十二月に入ったしね。寒くなくちゃおかしいって。えいっ」

 清香はおどけて右手の指先を将斗の頰にくっつける。冷たい手をあてて驚かせてやろうとしたのだ。しかし反対に将斗に右手を頰にあてられ、その冷たさに肩をすくめた。

「やだっ、将斗、手ぇ冷たっ。駐車場から部屋までくらいしか外にいないくせに、なんで駅から歩いている私より冷たいのよ」

「そんだけ寒かったんだよ。清香は手袋をして歩いているだろ? 俺はしないしな。やっぱ短い距離でも手袋して歩いたほうがいいかな」

 清香は自分の手を引っこめたが、将斗はくっつけたままだ。それどころか鞄を床に落として、もう片方の手まで頰にくっつけてきた。

「もおー、やめてよぉ、つめたーいっ」

「清香のほっぺ、あったかいなぁー」

 やめてと言いつつ、清香も将斗の手を払おうとはせず、楽しげに笑い声をあげる。彼とこうしてジャレていられるのが、とても楽しいのだ。

 将斗は本社へ自分の車で通勤している。清香は支社へ電車通勤だ。距離的にはあまり変わらないのだが、方向がまったくの正反対であるため一緒に通勤したり待ち合わせて一緒に帰ったりということができない。

 そのせいか、同じ会社なのだという実感はあまりない。それでも、仕事で扱う商品の話や相談事ができること、本社エリート組といわれる若き企画開発課課長としての彼の噂をちょくちょく耳にできるのは、同じ会社に勤めている特権だ。

「あ、そうだ、清香、ちょっといい?」

「なに?」

 なにかを思いついたように、将斗が清香の両頰にあてた手で彼女の顔をわずかに上げる。「なに?」という問いかけには、行動をもって答えた。

「はい、『ただいま』と『おかえり』の、チュー」

 そう言って、二回連続でチュッチュッと清香の唇にキスをしたのだ。

「なっ、なに、かわいいことしてくれちゃってるのよぉっ」

 将斗の手が離れると、清香は照れ隠しに彼の腕をパシッと叩いた。

 彼女が照れていることは将斗にもお見通しだ。彼は余裕たっぷりにアハハと笑い声をあげる。

「なんかさ、おはようのキス、とか、おかえりのキス、とか、そういうのをしてるカップルとか夫婦は、してないカップルより五年分寿命が長いんだってさ」

「なにそれ」

「会社の女の子が言っていた。なんかホルモンの関係らしくて、どこだかの国の研究結果なんだって。SNSで拡散されていたって」

「ふぅん……、五年かぁ」

「たいしたことないから、意味ない?」

 清香は将斗の肩に手を置き、伸び上がって彼の唇に同じようなキスを二回した。

「あるっ。五年長生きしたら、きっとそれだけ楽しい」

「さすが清香。前向き。じゃあ、これからはちゃんとするか」

「一緒に暮らし始めた最初のころはしてたような気がするけど?」

「じゃあ、初心にかえろうぜ」

「忘れないように頑張る」

「いつの間にかしなくなってたもんな」

 将斗に同意して「そうだそうだ」とうなずき、清香は着替えるために移動しようとする。寝室に大きなクローゼットがあり、二人はいつもそこで着替えをしているのだ。当然将斗も一緒に行くだろうと思っていた。

「清香」

 しかし彼は動かないまま清香の腕を摑み、彼女を引き寄せて唇を重ねてきたのである。

 清香は一瞬目をぱちくりさせる。このキスは挨拶のキスとは違うようだ。

 強く唇を押しつけ、舌をちゅくちゅくと吸われる。腰に回った片腕は、清香を離すまいという力強さを感じさせた。

(うわぁ……、なに……?)

 こんなキスをされるのは久々で、清香は動揺しかかる。それでも、将斗の腕の力強さと口腔を撫でる舌が気持ちよくて意識がけそうになった。

(そういえば……、以前はよくこんなキスしてたなぁ……)

 半年も身体を重ねていないという事実だけでも問題だというのに、濃厚なキスをするのも久しぶりとなると深刻さは増す。

「清香の中……あったかいな……」

 気持ちがいいと、そんな囁きまでいつもと違うように聞こえてしまう。将斗のひんやりした舌を考えれば、清香の口腔や舌が温かいと言っているとわかっているのに、思考が口に出せないちょっと淫らな想像をさせた。

 それにしても、最近には珍しくいいムードだ。これはもしかして……

 久々の予感にドキリとする。唇を離した将斗が清香の肩にひたいをのせてきて、さらに鼓動は跳ね上がる。

「さーや……」

「な……なに……?」

 おまけに彼がちょっと甘くなったときに使う呼びかたをされ、清香はまるで高校二年生のときの初体験並みに緊張をしてしまった。

 ……しかし、将斗はそんな期待と緊張を見事打ち砕いてくれたのである。

「……腹減った……」

「は……?」

「帰ってきて、が炊けている匂いがしてから腹減ってしかたがないんだけど……。晩メシ、なに?」

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