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ここだけの話、モテすぎ眼鏡医師と一緒に暮らしています。

伽月るーこ

第一話 ここだけの話に隠された、秘密 (1)




第一話 ここだけの話に隠された、秘密




 結婚──と書いて、どう読むかは人によってそれぞれだ。

「幸せです」

 仕事終わりの女子更衣室。

 大きくなったお腹を撫でさすり、産休に入っている後輩が微笑む。どうやら妊婦検診の帰りに、わざわざ顔を見せに来てくれたらしい。

「こういうとき、勤め先が病院っていうのは安心できていいですね。見知った先輩方の顔を見ると、不安も吹き飛びます」

 そう言って、彼女は笑った。幸せそうに微笑む彼女の、新しい命を授かった丸いお腹を見た同僚たちは、入れ替わり立ち替わり優しく撫でていく。

 桜井ほのかも、そのうちのひとりだ。

 すでに出産を経験している諸先輩方の「前に出てるから男の子かしら」「予定日はいつだったっけ?」「肌着はちゃんと用意した?」という声と、後輩の返答を聞きながら、ほのかはそっと手を伸ばす。

 ──……あったかい。

 手のひらから伝わったのは、幸せのあたたかさだった。

 大好きな人の腕の中にも似たぬくもりを手のひらに感じ、自然と口元が緩む。ほのかはもう少し触っていたいと思いつつ、彼女に身体を労る言葉を告げて一歩退いた。いくら終業時間が過ぎたとはいえ、妊婦を長く留めるのは気が引ける。

 そして、着替えるために人の輪から離れて自分のロッカーを開けた。

 そのドア裏にある小さな鏡の中を覗き込む。

 こげ茶の髪をひとつにまとめて右肩へ流している自分の顔は、少し疲れているようだ。ほのかは髪をまとめているシュシュを取って手首につけると、髪を軽く整える。それは、内側に軽くくるりと丸まった。ふわふわの猫のような髪、黒目がちのつぶらな瞳、ふっくらとした唇。同年代の友人と比べると、どこか幼さが残っているような気がする。もう少し大人っぽさというか、色気が欲しいと何度となく思う顔が、そこにはあった。

 出そうになったため息を堪え、ほのかは病院から支給されている制服に手をかけて着替え始めた。

 その間に、妊婦の後輩は旦那が迎えにきたらしく、挨拶をして更衣室から出ていった。

「いいなぁ、お迎え! なんか、愛されてるーって感じがしますよね!」

 閉じられたドアを見て羨ましそうに声を出したのは、この槻野辺病院で同じ医療事務として働いている実川真実だ。

 二十四歳、独身。〝おしゃべり好きの女子が、クラスの中にひとりはいる〟という法則に当てはまる、この部署のムードメーカー的存在だった。

「あー、坂本ちゃんの幸せそうな顔を見てたら……、結婚もいいですねぇ」

 うっとりとした声で続けた真実に答えるように、少し離れたロッカーが閉まる。

「私にもそう思った時期があったわ……」

浮橋さんにもですか?」

「ええ。昔なら、海辺の一軒家で白い犬を飼って、窓辺で編み物をしながら旦那の帰りを待っていたいって夢を語っていた気がするわ……。ま、婚活で現実を見てからは、専業主婦できるぐらいの収入が旦那さんにあればいいかなって思うようにしてるけどね」

 憂い顔で〝夢〟を語る浮橋の隣で、同じく婚活に勤しむ砂上が続ける。

「そうね、お金は大事よね。私は……イケメンなんて贅沢なことは言わないけど、それなりに整った顔で、年収がそこそこあって、趣味も気もあって、会話も弾んで、両親の介護の心配のない次男だったら、結婚するのは誰だっていいかな」

 こともなげにさらっと〝理想〟を語り、周囲から〝それは誰でもいいわけではない〟という空気が流れた。それが砂上に伝わっているのかわからないが、その隣でロッカーを閉めた人物が話に入ってくる。

「ふたりして何をおっしゃっているのかしら。まずは準備よ。準備が大事。私なんて、いつ結婚してもいいように、資格だけは取り揃えているわ。この間取ったインテリアコーディネーターの他にも、薬膳コーディネーター、家庭料理技能検定三級、秘書検定二級、夜景鑑賞士検定三級……あと、何を取ったのか覚えていないけど、いつプロポーズがあっても平気なように抜かりはなくってよ……!」

 一見、現実的で先を見通していると思われがちだが、その実〝重い〟のひと言に尽きることを、美好は言う。そんな彼女に誰も何もつっこめるはずがなかった。

 周囲が何も言えないでいると、婚活真っ最中の三人はコツコツと少し高いかかとを鳴らして歩き、周囲を見渡した。

「まぁそういうわけで、今夜も私たちは婚活をがんばってきます」

「輝かしい未来のために」

「ええ。プロポーズをしていただくために! あ、ちなみに坂本さんは旧姓で、現在は櫻井さんだから気をつけてね、実川さん」

 瞳の奥で闘志を燃やしている浮橋、淡々と抱負を述べる砂上、迫力あるキメ顔を見せた美好が順番に言い、更衣室を出ていった。化粧を直してばっちりな三人を見送り、残ったそれぞれは自分の身支度へと何事もなかったかのように戻っていく。

「……そうだ、サクライさんだ。って、あれ? そういえばサクラの字って旧字体?? んん? どっちだっけ?」

 自分で言いながら混乱し始める真実に、チーフの佐藤がさりげなく助け舟を出す。

「旧字体のほうよ」

「ありがとうございます。この病院、妙に〝サクライ姓〟が多いから、ややこしくなるんですよね。えっと、産科の先生に、整形外科の先生、それからほのかさんとー、この間出向できた内科医の〝さわやか先生〟かー……。あ、さわやか先生と言えば佐藤さん、昼間の迷子!」

「あ、どうなった? ロビーでお母さんを探してた男の子」

「佐藤さんが休憩行ったあと、さわやか先生が一緒に探してるのを見ました」

「んまー、それ絶対かわいい」

「かわいかったです。ちっちゃな子の手を握ってお母さんを探す姿なんてもう!」

「あああ、それは絶対にかわいい! 私も見たかった……!」

「私も見たけど、すごく和んだわぁ。さわやか先生、人間できてるし、素敵な先生よねぇ」

 まるで某歌のおにいさんでも見ているかのような口ぶりに合わせ、諸先輩方と楽しげに話をしている真実の声を聞く。その話に、うっかりうんうん、ときそうになったところで、ほのかは動きを止めて傍観者を決め込んだ。余計な話題を振られないよう気配を消し、淡々と自分の着替えを続ける。

「まぁそういう先生だから、結婚してるのも頷けるんだけどねー」

「でも、あの結婚指輪本物かしら?」

「え?」

「ここだけの話、大病院の息子だから、虫よけの指輪なんじゃないかって誰かが」

「えーえーえー、そうなんですか!?

 驚きの声をあげる真実が、その場でぴょんぴょん跳ねる。

「私も本当のことは知らないんだけど、もしかしたらバツイチって噂もあるみたいよ」

「ああ、その推理もあったか!」

 真実と楽しげに話しているスタッフたちは、最近出向でやってきた爽やかな内科医に夢中になっていた。左手の薬指に指輪をしていることから、彼が本当に既婚なのか、もしかしたら独身かバツイチかもしれないという憶測が憶測を呼び、ここ最近は彼のことについて、直接彼から聞いたわけでもないのに、無責任な盛り上がりをみせている。

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