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新婚から恋をはじめましょう 敏腕社長秘書と若奥さまの極上トロ甘生活

御厨翠

1章 初恋の人が旦那様になりました (3)

 年齢は、二十代後半から三十代前半。目鼻立ちのはっきりとした端正な顔立ちだった。身長は杏南が見上げるほど高かったから、百八十センチ近くはあっただろう。スーツを上品に着こなしている均整の取れた体形は、まるでファッション誌のモデルさながらである。

(わたし、さっきからあの人のことばっかり考えてる……)

 女子高に通う杏南にとって、身近な男性といえば父親と教師くらいだ。それ以外に異性の知り合いはいないから、大人の男性と話すこともほとんどなかった。

「もう一度、会いたいなぁ……」

 思わず心の声を漏らした杏南に、しおりが目を見開いた。

「まさか、助けてくれた人に一目惚れでもしたの?」

「一目惚れ……?」

 しおりに指摘された杏南は、自分の状態を改めて考える。けれども、恋をした経験がないため、自分が一目惚れしたのかどうかの判断がつかない。

 素直にそう伝えると、しおりがどこか楽しそうに言った。

「もしそうだとしたら、杏南にとっては初恋だね。まあ、もう二度と会えないかもしれない人が初恋の相手なんて、ちょっと可哀想だけど」

「しーちゃんの意地悪……」

 進めていた足を緩めた杏南は、恨めしげにしおりを見る。確かに、知っていることといえば、同じ沿線を利用していることと、彼の利用駅が『聖女子学園』のひと駅先にあることだけで、これでは再会は難しい。そう思うと、無性に切ない気持ちになって、なぜ名前だけでも聞いておかなかったのかと悔やんでしまう。

「……今度会ったら、絶対名前を聞く!」

「やっぱり一目惚れじゃない。うん、いいと思うよ? もしも再会できたら、なんか運命って感じするしね」

 そうは言いながらも、しおりは再会できないと踏んでいるようだった。杏南とてそう都合よく出会えるとは思っていないが、根気よく探せばいつか会えるかもしれない。

 彼ともう一度会いたい。そう思った杏南は、この日から駅でスーツ姿の男性を目で追うことになった。



(はあ……なかなかあの人を見つけられないなぁ……)

 十一月初旬。杏南は、小野田製菓創立四十五周年記念パーティの会場を訪れていた。父より「社会勉強のために出ておきなさい」と言われたためである。

 高校卒業後は付属の大学に進学するが、その後は父の会社に入社するよう勧められている。もちろん杏南もそのつもりだ。昔から小野田製菓のお菓子が大好きだったし、何より父や祖父が守ってきた会社である。なんらかの形で、自分も貢献できればと思っていた。

 しかし現在杏南の頭の中は、以前助けてくれた男性で占められている。

 痴漢事件から約四カ月経過したが、助けてくれた男性との再会は叶っていない。もっとも、杏南が利用するのは女性専用車両だったし、探すにしても自分の乗降する駅舎くらいだ。夏休みを挟んでいたことも影響し、結局会えずじまいである。この会場にもスーツ姿の男性は多くいるが、杏南の探している人物の姿はなかった。

(ここにいるわけないよね……)

 痴漢から救ってもらって以来、スーツ姿の男性を捜すことがすっかり癖になっている。

 どうしてここまでムキになって彼を捜しているのか、以前しおりに聞かれたときはわからなかったが、今なら答えられる。やはり杏南は、あのとき名前も知らない彼に一目惚れしていたのだ。だからこれほど会いたいのだと、出会いから四カ月でようやく自覚した。

「杏南、ぼんやりしているが疲れたのか?」

「ううん、ごめんなさい、お父さん」

 慌てて首を振った杏南は、父に笑みを見せる。

 ホテルの大宴会場を貸し切って開かれたパーティは、小野田製菓の主だった役員はもちろん、取引先企業の重役なども招かれている。立食形式のパーティだったため、杏南も父に伴われ、娘として様々な役員たちに挨拶をしていた。

 ただ、学生だからと制服で参加していたため、少々場違いな感が拭えない。招待客も中高年の男性が多く、杏南が楽しめるような雰囲気ではなかった。

「小野田さん、ちょっとよろしいですか?」

 招待客のうちのひとりが、正孝に声をかけてきた。仕事の話だと察した杏南は、目礼するとその場を離れた。こうなると、杏南はひとりきりになって、ますます肩身が狭くなる。

 母も参加しているが、社長夫人として招待客たちに対応しているため、あまり世話をかけられない。かといって、制服姿でうろうろしていれば、すぐに社長令嬢だと知れてしまう。そうすると周囲によけいな気遣いをさせるだろうし、上手く対応できる自信がない。

(適当に何か食べて、少ししたら抜けさせてもらおう)

 スイーツビュッフェの中から大好きなタルトを皿に取ると、なるべく目立たないよう会場の隅に移動した。もともとスイーツに目がないため、パーティに参加することが決まったときから楽しみにしていたのだ。

(うん、やっぱり美味しい!)

 小さなタルトの甘さを堪能し、顔を綻ばせたときだった。

「こんな場所で、おひとりですか?」

「えっ……」

 背後から声をかけられて振り返ると、にこやかな笑顔の男性にグラスを差し出された。

「どうぞ、オレンジジュースです」

 声をかけてきたのは、スーツ姿の見知らぬ男性だった。杏南より少し年上で、二十代前半といったところだろう。たれ気味の目尻と笑顔から、穏やかな印象を与える。小野田製菓の社員証がついていないところを見ると、取引先企業の社員かもしれない。

「ありがとうございます……」

 男性に視線を合わせて杏南がお礼を言うと、相手は一瞬驚いた顔を見せた。けれどもすぐに笑みを張り付け、杏南の傍らに立つ。

「僕は、大松百貨店代表取締役社長の息子で、梅本健太郎といいます」

 大松と言えば老舗の百貨店で、海外にも店舗を出店していた。売上高は国内でもトップクラスを誇り、シニア世代には高級店として知れ渡っている。小野田製菓の大手取引先である。

「……小野田杏南です。父がいつもお世話になっております」

 杏南は天然のウェーブがかかった髪を揺らし、頭を下げた。しかし視線を上げると、なぜか梅本の顔が杏南をのぞき込むように近づいていた。

「あの……?」

「いえ……あなたが小野田製菓の社長令嬢でしたか。小野田社長のお嬢さんが、こんなに可愛らしい方だとはね。もっと早くに知っていればよかったです」

 やけに距離を詰めてくる梅本に、杏南は内心焦っていた。

 初めて会ったというのに、いやに馴れ馴れしい。自分が異性に慣れていないからそう感じるのかとも思ったが、すぐにそうではないとわかる。梅本は舐めまわすように杏南の全身に視線を巡らせたのち、無遠慮に髪に触れてきたのだ。

「僕は、もっとあなたのことを知りたい。どうです? ふたりで抜け出しませんか」

 耳元で囁かれ、ただただ首を振った。取引先の社長子息を相手にして、礼を失しては父の顔に泥を塗ることになる。この場で騒ぎ立てることは避けなければいけない。

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