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新婚から恋をはじめましょう 敏腕社長秘書と若奥さまの極上トロ甘生活

御厨翠

プロローグ / 1章 初恋の人が旦那様になりました (1)




プロローグ




 六月の某日。杏南は鏡に映った自分の姿を見て、幸福の絶頂にいた。

 それもそのはずで、今日は杏南自身の結婚式であり、ここは式場の控室である。しかも新郎は初恋の相手とあって、いっそう幸福感が増していた。

 プリンセスラインのウェディングドレスは、ウェストからたっぷりとボリュームのあるティアードドレスだ。オフショルダーからのぞく美しいデコルテラインと相まって、清楚さと可憐さを兼ね備えたシルエットになっている。色素が薄くロングで天然のウェイビーな髪をサイドで編み込み、ゴールドの刺繡が入ったベールを着けると、式場のスタッフに「可愛い花嫁さんですね」と褒め称えられた。今年大学を卒業したばかりの二十二歳の花嫁は誰が見ても初々しく、潑剌とした色気を醸し出している。

(とうとう今日……芦屋さんと結婚するんだ)

 愛しい男性の顔を思い浮かべた杏南が満面に笑みを浮かべたとき、控室の扉がノックされた。

「──杏南」

 振り返ると、杏南の父である小野田正孝と母の葉子が控室に入ってきたところだった。

 父は国内大手の老舗菓子メーカー『小野田製菓』の代表取締役社長を務めている。杏南は、創業者一族である小野田家のひとり娘だ。幼いころから大切に育てられてきた。まさに箱入り娘と言っていい。

「綺麗だ」

「素敵よ、杏南……」

「ありがとう、お父さん、お母さん」

 感慨深そうに自分を見つめる父母に微笑むと、杏南は頭を下げた。今日この日を迎えるにあたり、ふたりには数多くサポートをしてもらっている。感謝してもしきれない。

「お父さん、お母さん……今まで育ててくれて感謝してます」

「よしてくれ。改まられると、式の前に泣けてくる」

 若干寂しさを滲ませる父を見て、杏南の目にも涙が浮かぶ。すると、ふたたび扉がノックされ、式場のスタッフが入ってきた。

「小野田様、お時間です」

「行こうか、杏南」

「……はい」

 スタッフに誘導されて、父母とともにチャペルへ向かう。その間に、徐々に緊張感が高まってきた。

(ずっと……ずっと好きだった人のお嫁さんになれるなんて……夢みたい)

 杏南が夫となる芦屋大輔と出会ったのは、今から四年ほど前。当時、高校生だったころである。とある事件によってふたりは一瞬すれ違い、そして再会した。杏南はこの出会いを運命だと思って、ずっと彼にアプローチをしてきた。だが、大輔とは十四歳差ということ、そして杏南が社長のひとり娘ということもあり、なかなか恋が実ることはなかった。

 それだけに、今日の結婚式を迎えられたことは、望外の喜びなのである。

「扉を開けたら音楽が流れますので、そのままお進みください」

 チャペルの前に到着すると、スタッフに声をかけられる。杏南がいたとき、母が彼女の前に立った。ベールダウンの儀式を済ませれば、いよいよ入場である。

「幸せになるのよ」

 母が杏南のベールを下げると、スタッフによって両開きの扉が開かれた。父に肘を差し出された杏南は、そっと自身の手をそこに添える。

 チャペル内には、パイプオルガンの厳かな音色が響いていた。壁面にはステンドグラスがはめ込まれており、外部の光が射し込んで幻想的な色が降り注いでいる。しかし杏南は、見事な光景も左右に座る参列者も目に入っていなかった。

 花嫁の目に映るのは、祭壇の前で自分を待つ花婿のみである。

(こんなに素敵な人がわたしの旦那様になってくれるなんて……信じられない)

 大輔の姿を見つめた杏南は、内心で叫んでいた。彼はフロックコートを身にっていて、その長い手足と長身によく映えていた。サイドに流した黒髪に細いシルバーフレームの眼鏡は理知的で、まるで海外王室の王子様のような華がある。

 父にエスコートされてバージンロードを進む杏南を、大輔は笑みを湛えて見つめていた。普段はクールと称される容貌の彼は、すべてのパーツが完璧に配置されている。シャープな輪郭に高い鼻梁は日本人離れしていて、眼鏡の奥にある黒瞳は吸い込まれてしまいそうなほど艶めいていた。控えめに言っても、かなりの美形だ。

 杏南は、まだ夢の中にいるような心地で、自分の夫となる人に向かって歩みを進めながら、彼と出会ってからの日々を振り返った。




1章 初恋の人が旦那様になりました




 時をること四年前の夏。当時十八歳だった小野田杏南は、電車で高校に通っていた。

 実家の最寄り駅から三駅、時間にして十五分ほど電車に揺られた先にある『聖女子学園』は、良家の子女が通う名門校だ。紺地に柘榴色のリボンと襟に二本の白いラインが入ったセーラー服は、名門の証として知られていた。そのため、他校の学生たちからは羨望の眼差しを注がれている。

 母の母校だったことで勧められて入学を決めた杏南だが、友人にも恵まれてつつがなく学生生活を送っていた。

 唯一の不満といえば、電車の乗降客数が多い沿線のため、朝夕の通学時はかなりのラッシュに巻き込まれることだ。

(苦しい……やっぱり一本遅らせて乗ればよかった)

 最後に乗車したためドア付近の位置にいたが、杏南が降りる駅に着くまでこちら側のドアは開かない。だから、三駅分の間はすし詰め状態の車内で身じろぎできないことになる。

 杏南は、同じ年の友人よりも童顔で小柄だった。けれども、制服を押し上げるくらいに豊かな胸と、日焼けをしていない白く長い手足が絶妙なアンバランスさを醸し出している。加えて可憐な容姿も相まって、意図せず男の視線を集めていた。本人はそういった視線が少々怖くて普段は女性専用車両に乗るのだが、この日の朝はたまたま急いでいたこともあり、普通車両に乗ってしまう。

 乗車率二百パーセントの車内に乗り込んだとたんに後悔したが、すでに遅い。スクールバッグを胸に抱え、身を縮こまらせて電車に揺られていたときである。

(えっ……!?

 臀部に違和感を覚えて、ビクッと肩を震わせた。制服のスカートの上から尻の丸みに沿うようにして、人の手のひらが当てられたのだ。

(まさか痴漢!? でも、勘違いかもしれないし……)

 満員電車では、他人の身体に挟まれて身動きできないこともある。偶然に当たっただけかもしれず、声を出すのもためらわれた。

 杏南は勘違いであることを祈りつつ、身を硬くして俯いた。けれどもその祈りもむなしく、ただ当てられていただけの手のひらが、尻の形を確かめるように上下に動く。

「っ……」

 痴漢だ。そう認識すると、全身に怖気が走った。

 恐怖で声を出すこともできず、小刻みに身体を震わせる。落とした視線の左右には男の革靴やスニーカーがあり、周囲に女性がいないことを知ると、いっそう恐怖が強まった。

(やだ……怖い……っ)

 痴漢は杏南の背中にぴったりとくっつき、手のひらで尻を揉んできた。なんとかして逃れたいと思うのに、身体がんで動かない。

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