話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

溺愛シーク 異国のプリンスと極甘・玉の輿婚

大村瑛理香

第1章 同居 (3)

 私は決心して、ホテル検索を続けるアシムに声を掛けた。

「あっ……あのね。今更だけど、やっぱり最初の予定通り、うちに滞在して?」

 アシムはスマホから私に視線を移すと、出逢って初めて戸惑う表情を見せた。

「しかし、あなたを困らせるのは私の本意ではないのです」

 アシムのその表情に、心の底からそう思っている事が分かった私は胸が痛くなった。


 彼は私を頼りに来てくれた人。それなのに、初めて訪れた日本で、困ったり悲しんだりはして欲しくない。

「いいえ、あなたを歓迎するわ」

 アシムは私の手を取った。

「いいのですか?」

 心底ホッとしたような表情で喜ぶ彼の様子に、ここで断らなくて良かったと思う。

「危うく路頭に迷うところでした。あなたは私の女神です。恩にきます」

 アシムは私の手を、スッと自分の胸に当てた。

「あ……」

 たったそれだけの事で男性に不慣れな自分は口から心臓が飛び出してしまいそうになる。

(大丈夫かしら? 私……)

 彼のホストファミリーとしての責任感や使命感と同時に、男性を初めて家に泊める事への地に足がつかないような不安を抱きながら、私は喜ぶアシムを見つめていた。


☆☆☆


「そうと決まったら、さっそく私の家に向かいましょう。荷物を運ぶのを手伝うわね」

 そう言ってスーツケースを運ぼうと手を伸ばすと、彼がやんわりとそれをった。

「私が持ちます」

「でも一緒に持つわ」

「女性に重い物を運ばせてはいけません」

 アシムは彫りの深い、きれいな二重の目でウィンクしてみせた。

「わかったわ。じゃあ駐車場に向かうわね」

 空港を出て、駐車場に停めておいた車まで案内した。車に到着すると、彼は首を傾げた。どうやら考え事をする時、首を傾げるのが彼の癖のようだった。

「亜利沙が運転するのですか?」

「ええ、そうよ」

「ダメです。私に運転をさせて下さい」

「え?」

 突然そう言われて驚く。

「でもアシム、免許は? それに日本も日本車も初めてじゃない」

 そもそも動かすだけでも無理じゃ……そう思った私は疑わしげにアシムに尋ねた。

「それならば安心して下さい。日本で運転する為に必要な国際免許を取得済みです。アメリカでは毎日運転していますから。日本の交通ルールも全部頭に入れてきました」

 そう言うと、国際運転免許証とアメリカのライセンスカードを取り出して見せてくれた。

「確かに。でも……」

 突然会った人に自分の車の運転を任せて良いものか……。

「女性に運転させるのが心苦しいのです」

 渋る私の右手をアシムが手に取った。そして顔近くまでうやうやしく持ち上げると、

「どうか私に命じていただけませんか? レディ」

 そう言って私を優美な瞳で見つめた。まるで映画のワンシーンのようなエレガントな請いに、ドギマギした私は断れなくなっていた。

「わ、分かったわ。でも疲れていたり、不慣れで危ないと思ったらすぐに運転を代わってもいい? そういう約束でなら──」

「分かりました。しかし旅先での運転は慣れていますから、心配はご無用です」

 アシムは私から車の鍵を受け取ると、助手席のドアを開けた。

「どうぞ」

 慣れたエスコートに戸惑いながら、私はアシムに言った。

「ありがとう、でもその前に荷物をトランクに入れるのを手伝わないと」

「いいえ、レディに重い物は持たせません。こちらで待っていて下さい」

 アシムはニコッと笑って言い、私を助手席に乗せてドアを閉めると、車のトランクに手早くスーツケースを収めた。

「お待たせしました」

 荷物をすべて入れた後、運転席に滑り込むように乗った彼の為に、私はカーナビに自宅の住所を打ち込んだ。

 ナビが案内を始めると、彼はキーレスのエンジンを躊躇う事なく掛け、慣れた様子で車をスムーズに発進させた。

(驚いた。本当に丁寧な運転……)

 ほんの数十メートル車を動かしただけで、毎日運転しているのはもちろん、彼がかなりの運転上級者だという事が分かる。

 車は空港を出て、スムーズに高速に乗った。

「アシムって、運転がとても上手なのね」

 私の驚く声に、彼は前方をしっかりと見たまま笑顔になった。

「褒めていただき光栄です。実は国際B級ライセンスを持っています。ル・マン24を目指したかった時期もあったのですが」

 今、さらりとい事を言ったような気がした。

「で、でも日本での運転は初めてでしょう? この車だって……」

「先ほども言いましたが、旅先での運転は慣れています。標識とルールさえ覚えればどこの国でも運転操作は変わりません。車も、TOHOTAは我が国で何度も運転した事があります。砂の多い我が国においても、日本の自動車メーカーのタフさと誠実さはとても人気です」

 砂が多い国……私はアシムに尋ねた。

「アシムはアメリカ出身ではないの?」

 毛先にほんの少し巻きの出る綺麗な黒髪……アメリカ系とは断言し難い、エキゾチックな雰囲気を持った彼の容姿に、おそらく他の国の出身だとは思っていたけれど。

「はい。私は中東の『イリアーガ』という国の出身です」

「イリアーガ……? 勉強不足でごめんなさい。今初めて知った国だわ」

「いいんですよ」

 アシムはハンドルを握ったまま、少し寂しそうに微笑んだ。

「世界的には知名度の低い国です。あなたが知らないのも無理はありません。小さな国なので、他国から国を守る勉強をする為に国費でアメリカに留学に来ました」

(そっか……彼は苦学生なのね。国費留学できるくらい頭も良くてしっかりしているんだわ)

 私は、頷きながら聞いていた。

「そうだったの……。うちに着いたら、アシムの国の場所を教えて?」

「もちろんです」

 私は、この不思議な魅力を持った男性をそっと見つめた。

 普通の学生には全然思えない。なのに話していても緊張しないし、むしろ会話が弾むのが楽しい。

 それに……彼といると何故だか胸の辺りがぽっと熱くなる。

 初対面なのに感じる、この不思議なトキメキが何なのか、よく分からないまま、私は助手席でアシムに気付かれないように深呼吸した。


☆☆☆


「ここが私の家よ」

 カーナビが案内終了を告げ、我が家に着いた。

 アシムは華麗な運転テクニックでぴったり車庫入れすると、車から降りて助手席のドアを開けてくれた。

「ありがとう」

 やはり慣れないエスコートに、私はどぎまぎしながらアシムを玄関に招いた。

「さっきも言ったけど、一人暮らしだから気兼ねはいらないわ」

 アシムは車からスーツケースを降ろしながら、私に尋ねた。

「亜利沙の家族はどこに住んでいますか?」

「両親は私が高校生の時に事故で亡くなってしまったの。この家を遺してくれた父はもともと商社勤めで、私も小さい頃はあちこちの国に連れられて行ったの」

 アシムと話しながら、私は玄関のドアを開けた。

 目黒にあるこの家は親子三人での暮らしを想定して建てられてはいたが、最近都心でありがちな狭小住宅ではなく、この辺りでは比較的ゆったりとした土地に間取りも贅沢に造られていた。

「溺愛シーク 異国のプリンスと極甘・玉の輿婚」を読んでいる人はこの作品も読んでいます