話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

溺愛シーク 異国のプリンスと極甘・玉の輿婚

大村瑛理香

第1章 同居 (2)

「私が慌てても飛行機が早く到着するわけじゃないのにね」

 まだかまだかと毎日待ち侘びた私は、ずいぶん早めに空港に到着してしまった。

 空港に入るとフライトインフォメーションのモニターを見て、彼女が乗っている便が予定時刻通りの到着である事を確認し、混雑する到着口の柵周りを避けてミーティングポイントのベンチに座った。ここからなら到着口がよく見える。私は用意したアシムの名前を書いたボードを膝の上に載せて、待ち合わせの相手が出てくるのを落ち着かない気持ちで待っていた。

「まさか本当に審査に通るなんて、ね」

 エントリーシートを送信した2週間後、アメリカのイォール大学から正式なホームステイの依頼メールが届いた。

 私は飛行機が到着するまで、ドキドキしながらメールを読み返していた。

「名前はアシム・カリア・シィノーク……何系の名前かしら? 経済学部の大学院で勉強している28歳。滞在期間は10日間。──どんな女の子かな」

 私は送られてきた情報から、まだ見ぬ女の子との生活を思い描いた。

「ちょうど私も仕事が夏休みに入るから、あちこち案内できるし、夜も少しお出掛けをしたり、お酒を飲みながら話なんてできるかも──」

 ワクワクしながらスマホを握りしめた。

 そう──この時、この瞬間まで、私は女子学生がやってくると欠片の疑いもなく待っていたのだから。


☆☆☆


 彼の唇が手の甲から離れてからも、まだ私はパニックで硬直したままだった。

「亜利沙?」

 名前を数度呼ばれて、やっと脳が目の前の人物について考え始めた。

 つまり、この人が、私の家へホームステイにやってきた人だって事なの……?

「でも……あなた……」

 この緊急事態にどうやら脳が思考停止したらしく、気が付けば日本語だけが口からポロポロ出てくる。

『同性で』と大学には申し込んだのに、目の前に立っているのは、どう見ても『男の人』──。狼狽するばかりの私に、彼はにっこりと微笑み、流暢な日本語を話し出した。

「亜利沙の事は一目で分かりました。書類の写真通りですね」

「写真?」

「ええ、ホストファミリーの審査であなたが大学へ送った書類です」

 確かに、審査の為に私の画像は送っていた。

「そっ……そうね、だけど……あの……」

「どうしましたか?」

「あっあのっ、もし失礼な質問だったらゴメンなさい」

 性別に関する質問は時としてタブーな事がある。本当はもっとオブラートに包んで聞くべきかもしれないが、そんな余裕はもはや自分にはなかった。

「あのっ……あなたは、男のひと……よね?」

 直球で尋ねた私に、不思議な質問をする、といった表情でアシムは笑った。

 なんて笑顔の素敵な人なんだろう……彼が微笑むたびに自分の置かれた状況を忘れて見惚れてしまいそうになる。

「ええ、見た通りです」

 185センチくらいは軽々とありそうな長身、細身だけどしっかりとした肩幅。彼に答えてもらわずとも、どこからどう見ても『見た通り』男性……だった。

「大学から亜利沙に送ったメールにも性別が書いてあったと思いますが」

「えええ!?

 私はスマホをバッグから取り出すと、最初に大学から送られてきたメールのアシムのプロフィールを確認した。

「確かに……FemaleじゃなくてMaleって書いてある……」

 愕然とした。

 当然女性がやってくるものだと思い、しっかりと性別の欄を確認していなかった。浮かれて、書類の記載を見落とす初歩的なミスをしていたなんて信じられない。

「どうしよう……嘘でしょ?」

「どうしましたか?」

 スマホを握りしめて混乱するばかりの私に、アシムは不思議そうに尋ねた。

「あの……実は私は一人暮らしなの。だからホームステイは女性を希望していたんだけど」

「私が宿泊する事は難しいのですか? もしかしたらひと部屋を二人でシェアする形なのでしょうか?」

「いいえ、家は二階建ての一軒家だし、二階をすべて使ってもらおうって思ってたの。でも……」

 女の子ならば何も問題はない。だけど目の前の人は若い異性で。それはもう、一人暮らしの一女性としてはたとえ一晩でも一緒に……なんて絶対ダメだと思う。

 焦る私を目の前にして、問題点が分からないといった風にアシムは手を顎に置き首を傾げた。

 そんな仕草も様になる──動揺しつつ、つい見惚れてしまう自分に、今それどころじゃないでしょう! と心の中で叱りながら、私はアシムにどう説明したら分かってもらえるか、ぐるぐると思考を巡らせていた。

「あのね、今まで家に男の人を泊めた事がないの」

「では、私が初めてのステイなのですね」

「泊めてあげたいのはやまやまなんだけど……」

「やまやま……初めて聞く日本語です。ちょっと待って下さい」

 そう言うと彼は「やまやま……」ときながらスマホで意味を検索し始めた。

「なるほど、したいけどできない、という意味ですね。覚えました。すみません、2週間ほど日本語を特訓しましたが、まだ実用レベルではなくて」

「2週間!? それでこんなに日本語が流暢なの?」

「語学は趣味なので。日本語は大変興味深い美しい言語ですが、難しいです」

「いいえ、十分すぎるほどよ」

 彼の語学能力の高さに驚いていると、

「つまり私の宿泊はやはり難しいと」

「ええ……男の人はお断りしたいの」

「どうしても、ですか?」

 澄んだ紺碧の瞳がじっと私を見つめる。そんなに綺麗な目で見つめられたら、断りの言葉を口に出しい──。

 実はこの歳になっても男の人とお付き合いすらした事ないどころか、女子校育ちで、男の人といると緊張する……なんて、恥ずかしくて口に出せず、私は赤くなっていた。

 そんな私の様子をアシムはしばらく見つめた後、いた。

「分かりました……。亜利沙にも事情があるのですね」

 分かってもらえた……ホッとして私は顔をあげた。

 ステイを断られたというのに、アシムは申し訳なさそうな表情で、私に謝った。

「あなたを困らせるつもりはありません。日本に来て、亜利沙と話ができただけで私は満足です。心配しないで下さい」

「あの……日本には誰か知り合いは……」

「残念ですが、初めての来日で知人もおらず、行く先に当てがありません。でも大丈夫です。私にはこれがあります。泊まるホテルは見つかるでしょう」

 アシムは再びスマホを取り出し、検索を始めた。

 せっかく日本を楽しみにやってきて、宿の当てもない状況なのに、ひと言も私を責める事なくホテルを一生懸命探している。

 その姿を見て、私の良心がちくちくと痛んだ。

(一度引き受けておきながら、このまま彼を放り出してしまうの?)

 アシムはいくつかのホテルに電話を入れたが、日本は夏休みシーズンで、10日間どころか、そう簡単に今日の予約すら取れない。

 そもそも大学から来たメールで、私が性別を確認しなかったのがトラブルの発端だし……この人なら悪い事はしなさそう。だけど──。

 沈黙したまま5分ほど葛藤していた私は、決心した。

(せめて、1日だけでも……ううん)

「溺愛シーク 異国のプリンスと極甘・玉の輿婚」を読んでいる人はこの作品も読んでいます