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暴君彼氏は初恋を逃がさない

石田累

プロローグ (1)




プロローグ




 二度あることは三度ある。

 三度目の正直。

 よりそんなことわざがあるくらいだから、二度起きたことが三度起こる可能性は、それなりに高いのだろう。

 けれど入江陽乃にとって、氷崎理鷹との出会いに三度目はいらなかった。そんな偶然も正直も絶対にいらない。人生最大の黒歴史。彼との思い出は十年前の十月三十一日、陽乃がまだ高校一年生だった頃にる──


◆◆◆


 ──やばい、かっこいい、やばい、かっこいい。マジかっこいい、やばかっこいい。

 スマートフォンを操作しながら、陽乃は興奮を抑えてその人の姿を窺い見た。

 そのスマートフォンは動画モード。盗撮といえば盗撮だが、いや、どう考えても盗撮だが、この絶好のチャンス、たとえそれが軽犯罪に当たろうと逃がすわけにはいかない。

 学校終わりの午後の電車内。いつも空いている車内は、今日は異様な人の群れで混み合っていた。カボチャ男、斧を背負った死神、緑の怪物ゴブリン……。

 今日はハロウィンだ。最近流行り始めたパレードに参加するためのコスプレだろうが、正直、今の陽乃にとっては目障りでしかない。人混みで半分くらい隠れているが、ロングシートに座る陽乃の真向かいには、今、憧れの王子が座っているのだ。

 黒の学ランは、このあたりでは『クロ学』と呼ばれている富裕層向け男子高のものだ。華奢な痩身で、身長は百七十センチくらい。上品な光沢を放つ詰襟が、彼のほっそりと長い手足を包み込んでいる。抜けるような白い肌と長い睫毛。制服よりも黒い闇色の髪と切れ長の澄んだ双眸。完璧、どこをとっても完璧の一語に尽きる。

 ──はぁ……。今日もやばいくらい美しすぎる……。

 陽乃は、小さな液晶に映る王子の姿をうっとりと見つめた。

 彼は今、長い足を優雅に組み、ややうつむき加減で片手に持つ本のページをっている。秀麗な眉を悩ましげに寄せ、時折、物思いにるような眼差しになる。

 カメラの倍率を最大にして、陽乃は、彼の表情の微細な変化に身悶えした。

 ああ王子。どうしてあなたはいつも一人なの? もしかして、美しすぎて周囲から敬遠されてるの? それとも目の前に見えるのは、全て私の頭が創り上げた幻想……?

 その時、画面上部にSNSの通知がきた。

《明日、たくやがひなに告白するって》

《まじか、ひなもついに彼氏持ちじゃんwww》

 グループ会話に自分の名前が出たので、陽乃は渋々、画面をSNSに切り替えた。

《たくやとかありえない。今、電車で王子と遭遇中♡》

《誰、王子って》

《ひなが電車で一目惚れしたクロ学のメンズ、それでひな、毎日反対方向の電車に乗ってむっちゃ遠回りして帰ってんの、まじ馬鹿ww》

《もしかしてその人が、ひなの妄想王子なの?》

 むっと唇を尖らせると、陽乃は画面を再びカメラに切り替えた。

 腹は立つが、仲間たちの会話はね間違ってはいない。どこでどうインプットされたものか、昔から陽乃には男性に対して確固たる理想形があるのだ。

 まず、肌は透き通るように白くなければいけない。髪はの濡れ羽色のごとく黒く艶めき、双眸は妖しいほどに切れ上がっていなければならない。唇は珊瑚のような上品な赤みを帯び、手足は長く、所作のひとつひとつが指の先まで美しくなければならない。

(んー……、そんな人……どこかで見たような、聞いたような気はするけど……)

 六歳年上の姉、に以前その話をしたところ、そんな風に言って首をかしげていたから、もしかしたら二人で一緒に見た映画かアニメの登場人物だったのかもしれない。

 陽乃だって、そんな漫画みたいな人物が現実にいるとは思っていない。が、いたのだ。高校一年の夏──つまり今から一ヶ月と少し前、遊び帰りに間違って乗った方向違いの電車の中で、理想のイメージとほぼシンクロした人物に巡り会ったのである。

 その時到着駅を告げるアナウンスが流れ、本を閉じた王子が鞄を持って立ち上がった。

 陽乃もまた、ここで電車を降りて自宅方面に向かう電車に乗り換えなければならない。

 王子の背中を目で追いながら立ち上がった陽乃は、ふと目を止めた。

 ──あれ? あの人……。

 気のせいだろうか。今、王子の後に続いて電車を降りた男性を、前も同じタイミングで見た気がする。かっちりしたスーツにいかにも数字に強そうな銀縁眼鏡。銀行マンか税理士みたいな雰囲気だが、時折周囲を見回す目つきの隙のなさがお父さんに似ている……。

 はっとした陽乃は、急いでその考えを頭から追い払った。

 陽乃の父は、桜田門にある警視庁の刑事である。普段から折り合いが悪く、喧嘩ばかりしている父のことを、何も今思い出さなくてもと思ったのだ。

 ──しかも、お父さんみたいに、人を疑いの目で見ちゃうなんてサイテー。あー、やだやだ。警察官なんて身内に持つもんじゃないよ。

 入江家の場合、姉の杏も警察官志望で、先日二次試験の合格通知が届いたばかりだ。病死した母も警察官で、双方の両親もまた警察官──とにかく警察官だらけの家系なのである。

 動画を眺めながら階段を上がろうとした時、不意に複数の影に覆われた。え? と思って顔を上げると、真っ黒な学ランが陽乃を取り囲んでいる。

「ねぇ、君さ。最近、この電車でよく顔見るよね」

「見慣れない制服だけど、どこ高? 俺らこのあたりじゃクロ学って呼ばれてるんだけど」

 王子と同じ高校なのは見れば判る……が、王子とは似ても似つかぬ顔も雰囲気もすぎる面々。少し緊張しながら、陽乃は壁際に後退した。

「えと……私、急いでるので」

 クロ学は偏差値の高い進学校には違いないが、同時に、金を積めば誰でも入れるとの裏評判がある。いわばドラ息子御用達の学校なのだ。

 を返して階段を駆け上がろうとしたが、あっけなく行く手を塞がれた。面白半分に別のグループも集まってきて、陽乃一人を十人近くが囲む状況になる。

「はーい、スマホゲットね」

 左右から、スマートフォンと鞄を奪い取られ、さすがの陽乃も血の気が引いた。

「ちょっと、何するのよ、返してよ!」

 抗議も虚しく、鞄から財布と生徒手帳が引き出される。この騒ぎにも、仮装した人たちが入り交じる通行人は知らん顔だ。

「──ぶっ、どこの高校かと思ったら星宮女子か。どんだけ低レベルの高校だよ」

「陽乃ちゃん、俺らの気が済むまで遊んでくれたら、スマホもお財布も返してあげるよ」

 ──なに、こいつら、マジで最低じゃない。

 こうなったら、伝家の宝刀を出すしかない。いつも反発ばかりしている父親だが、こういう時の威力は抜群──

「あれ、これ、ヒサキじゃね?」

 その時、陽乃のスマートフォンを奪っていった方から、素っ頓狂な声が上がった。

「うーわっ、すげ、ヒサキばっか撮ってるこの女。なにこれ、盗撮?」

 え、え、え? ヒサキ?

 ヒサキってもしかして王子の名前? 火崎、久木? できれば漢字で教えて欲しい。

「やっべ、こいつ、ヒサキのストーカーだったわ」

「キモッ、これってあれじゃね? 警察に通報したら捕まっちゃうんじゃね?」

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