ずっと君が欲しかった
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佳生は街を歩いていたらスカウトされた。華やかな世界に足を踏み入れることへの憧れと期待。自分もその一部になれることにワクワクし、それからとんとん拍子にモデルとなったのだ。
最初のうちは楽しかった。自分がキレイにメイクされ、キレイな服を着てポーズを決める。これがどれだけの人の目に付くんだろう、と思うと楽しかった。
でも、すぐに気づいた。
自分は職業モデルではなくて、単なる読者モデルだということ。
高校を卒業して大学生となったあとは、いったいどうするのかということ。
「読者モデル、続けるんだろ? 佳生のページ、反響いいんだよね」
雑誌編集者の益田がそう言って、佳生の頭を撫でた。
「大学進学しても、続けてくれるといいね。もう進路決まってるんだろ?」
軽く言われたけれど、本当にこの世界しか知らなくて大丈夫なのだろうか、と頭の中を不安が何度も過ぎる。
「それは、そうですけど」
じゃあ、大学生まで読者モデルをやったとしてそのあとは?
自分の中で疑問が生まれた。このまま流されて、まだ先のことだと思えばいい。でも先っていつまでなのだろう、と佳生は急に怖くなってきた。
大学は行きたかったわけじゃない。なりたいものはなかった。親は大学へ行くようにと言って、佳生に受験勉強をさせた。
「読者モデルって、だいたい、みんないつまで続けてます?」
「……そうだな、まぁ、大学卒業したら辞める子もいるし、そのまま芸能界を目指す子も一握りは……二十代のうちだろうなとは思うよ」
益田が笑いながらそう言ったのを聞いて、じゃあ、佳生はいつまで? と自分に問いかけたくなった。辞めるタイミングや、その先のことなんてどうやって考えればいいんだろう、と。
大学を卒業したそのあとは、どうすればいいのだろう。
「まだ先のことだ。大学生になっても続けるだろ?」
続けてどうなるんだろう。続けたら本物のモデルになれるのか。そう聞きたくても、うまく聞けない佳生がいた。
そう思っていたときに、モデルのリサが通りすぎ、華やかな衣装を身に着けカメラの前に立つ。
「リサさん、キレイですね。足長い」
「ああ、リサはハーフだからね。身長も高いし、これからコレクションなんかにも出るんだろうな」
有名になりつつある、モデルさん。比べて佳生は、ただの読者モデル。
身近で一般の人が手本にしやすいように選ばれたのだろう。
「高校卒業したらしばらく時間あるだろう? よかったらこのスケジュールで撮影……」
益田の言葉がどんどん遠くなっていった。聞いているようで聞こえない。
もう十八歳。職業を決めて就職する人もいれば、そのために専門学校へ行く人だっている。
佳生も十八だというのに、ただ大学へ行くことだけを決めてその先を考えていない。読者モデルをしていると、不意に頭の中が冷えて、私はなにをやっているんだろう、と思うときが多くなってきた。
モデルは楽しい。でも、ほんの少し経験するだけで、自分の限界がわかってきた。真面目にやればやるほど、冷めていく自分に気づく。だから、この仕事のことを考えれば考えるだけ、これからの自分、そして将来はどうするのかという不安ばかりが募っていく。
「佳生、聞いてる?」
益田から言われて、はい、と返事をする。ちゃんと聞いていなかった自分を内心叱咤しながら、益田の言葉を反芻した。
「じゃあ、リサのあとは佳生だからな」
「はい」
笑顔で返事をしたあと、撮影をしているモデルのリサを見る。
彼女はキレイだ。ハーフモデルだけあって、手足が長い。日本人からかけ離れた目鼻立ち、はっきりとした二重目蓋。切れ長の目は意志が強そうで、流し目で見られたらどんな男でも虜になりそうな色っぽさ。しかもブラウンの目だから、明るいメイクもシックなメイクもよく似合う。弧を描く赤い唇も、色気があって女の佳生でもドキドキしてしまう。
もし佳生がリサのように生まれていたら、きっとこんな悩みはなく、まっすぐにモデルの道へと進んだだろう。
どんな人でも迷いはあるとしても、今目の前に提示されている将来があるリサを、うらやましく思った。
☆ ☆ ☆
悩みは尽きぬまま、高校を卒業し、依頼があったので撮影のためスタジオに来ていた。
実は両親にいつまでモデルを続けるか悩んでる、と言ったら軽く返事をされた。
『モデルなんてバイトみたいなものでしょう? きちんと大学を卒業して、就職活動して、できるだけいい会社に入ること。将来何がしたいかなんて、四年もあればおのずと見えて来るから。女の子だし、結婚もしないとね』
母らしい答えだった。父もそれに同意するようにうなずいていて、佳生は内心ため息を吐いた。
うなだれていると、階上からやや大きな声が聞こえてきてその方向を見る。
「いいじゃないか、お前暇だろう?」
「暇の何が悪い」
「ギャラ、出るんだぞ?」
「俺は、人は、撮らない」
ギャアギャア喧嘩している益田を初めて見る。目を丸くして見ていると、益田が床に置いてあった大きな銀色のケースを持って階段を下り始めた。
「益田、返せ」
冷静で低い声。耳に響くいい声だった。聞くと落ち着き、安心するような感じがする。
返せと言いながら、彼はため息を吐いただけで、益田を追いかけようとしていない。むしろ、その銀色のケースは要らないと言っているようにさえ見える。
一連の流れを、ほかのモデルや雑誌編集者、もちろんスタジオにいたカメラマンも見ていた。ポカーン、という感じだったが、カメラマンの一人が、声を出す。
「藤守常盤じゃん……マジかよ」
カメラマンは彼を知っているようだった。
佳生は階下に着いた益田から、上にいる彼に視線を移した。
「わ……」
洗いざらしのようなデニムに、白の綿シャツ、ブルーのスニーカー。彼の格好はオシャレでもなんでもないのに、すごくカッコよく見えた。きっと、背が高く骨格がしっかりしているからだろう。
何よりも目が印象的だった。
左の目は茶色なのに、右の目は濃い青だ。印象的な力強い、はっきりとした二重目蓋。彫りが深い、綺麗で端整な顔。
背が高く、足も長い。まるでモデルみたいだった。いや、モデルでもこんなに端整かつ魅力的で、強烈な印象を与える人には、佳生はいまだかつて出会ったことがない。
「益田、それ取ってどうすんだ?」
大きな銀色のケースは彼の物なのに、本当に執着がなさそう。まるで他人の物のような言い方だ。
「これがなきゃ仕事できんだろ、馬鹿め……って重いな、さすがに」
へへーん、という感じに言う益田が、やけに子供っぽく見えた。
「欲しいなら持って行け。お前の上司にカメラの費用は請求しておく」
そうして踵を返そうとする彼に、待った、と言った益田はモデルのリサを前面に出すように肩を押した。
「ほら! 美人なモデル、いるぞ!」
ほらほら、とでも言うように、リサをグイグイ押している。当のリサはと言えば、彼を見て悪い気がしないのか、見上げて微笑みさえ浮かべていた。
「だから?」
まったくもって興味はない、とでも言うように彼はそう答えた。さすがにそれには、佳生もポカンと口を開けてしまう。リサの微笑みは女の佳生が見ても魅力的でキレイだと思う。なのに彼は、そんなこと微塵も感じていないような、そんな目をしてリサを見ているのだ。
リサは、明らかに笑みを消して瞬きをしながら、呆然としていた。佳生が感じた通りのことを、彼女も感じているのだろう。美人なモデルと誰からも言われ、褒められるのが常のリサだ。だからなんだ? と本気で言う相手に初めて会ったのではないだろうか。
「日本で言う、ハーフモデル?」
さらに追い打ちをかけるように、興味なさそうに言うと、あたりがシンと静まり返る。整った顔立ちでモデル並みの身体をもつイケメンは、微かに笑ってリサを見た。
リサはというと、次に怒りをあらわにした目で彼を見て、言い返す。
「失礼ですね! 私は、容姿だけでモデルやってるわけじゃない!」
「ああ、そうか」
リサは怒っているが、彼は冷静だ。言葉が少なく、否定しているようにも、肯定しているようにも聞こえる。リサや周りにとっては前者に聞こえていると思う。
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