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俺様御曹司の激愛包囲網 かりそめのはずが心まで奪われました

佐木ささめ

第一章 最低なお見合い (3)

 親子喧嘩をハラハラした表情で見守っていた美哉が弟に声をかける。

「克哉。お父さんにあんな言い方──」

「いいんだよ!」

 言葉をった克哉が、怒っていながらも泣きそうな表情をしているため、美哉の口が閉じられる。

「今の世の中は男だって家事をして当たり前だ! でなけりゃ共働きなんて不可能だろ!」

「……そうだね」

 弟の心遣いに喜んでいると、己の声の震えが収まっていることに気づく。

 この結婚話に傷ついているのは自分だけじゃない。そう思うだけで心が救われるような気持ちになった。

 それ以上は互いに何も言わず、二人して夕食を作り上げた。


     §


 翌日の土曜日。午前中から美容院へと送り込まれた美哉は、メイクとヘアセットと着つけを施してもらい、市内でも有数の高級ホテルの一室にて、両親と共に小和田一家と向かい合った。

 藤木家では決して利用しない最上クラスのホテルで、見事な日本庭園に面する個室が茶番の舞台である。大きな窓からは松を配した情緒豊かな庭が一望できて、季節の花が色とりどりに咲き誇ってとても素敵だ。

 本日は雲一つない快晴。青空の下で新緑が芽吹く様は眺める者の心を癒すだろう。

 だがその見事な景色をまったく堪能できない精神状況に、美哉は何度も溜め息を吐きそうになっては、慌てて息を止める。

 目の前には一人一万円では絶対に足りないであろう会席料理。見た目も料理の価値を高めるため、食べるのがもったいないような美しさだ。しかし帯に締め上げられて苦しい思いをしながら、お上品に箸でつまむ行為は苦行でしかない。己の感情が顔に出ないよう、必死に衝動を押し殺して笑顔を保ち続けた。

 これってなんの修行なのでしょうか。美哉は誰にともなく疑問を胸の内で呟きながら、目の前に座る金持ちのボンボン──小和田弘文──を盗み見る。そして見るたびに「こりゃ駄目だ」と瞑目するのであった。

 まず、彼は胡坐をかいている。母親はもとより父親の小和田社長でさえ正座をしているのにもかかわらず。もちろん美哉も彼女の両親も正座をしている。

 あんたが脚を崩しちゃいかんだろ、と声を大にして言いたい。いや、それよりも罵倒したい。

 次に彼は自分の見合いだというのに、いかにも「めんどくせぇ、帰りてぇ」と言いたげなオーラを漂わせている。

 そんなに帰りたいんだったら帰って破談にしてください。美哉は口を閉じて切に願っておいた。

 そして極めつけはマナーの悪さだ。昼の時間帯であるけれど、場を和ませるためにお酒を飲むのは構わない。が、一人でグビグビと手酌で飲み続け、挙句の果てにゲップをするなど言語道断だ。さらに口を開けて咀嚼するものだから、クッチャクッチャと聞きたくもない音が全員の耳に入り込んでくる。

「いやお恥ずかしい。甘やかして育てたもので……」

 申し訳なさそうな表情をする小和田社長だが、息子を叱責しないうえに見ようともしない。彼の母親である小和田夫人の方は、

「ヒロちゃん、あなたのお見合いなんだから、ね?」

 あろうことか他人の目前で三十路を過ぎた大の男を愛称で呼び、しかも軽く注意する程度で真剣に叱ることはない。

 ──おいおいご両親、いくら甘やかしたからって、これは教育を間違えたでしょ……

 想像以上の無礼千万に、美哉の両親もさすがに顔色を失っている。さらに父親はこめかみに青筋を立てて、テーブルの上に置いた両の拳をブルブルと震わせる。母親は今にもぶっ倒れそうだ。席を立つこともできない藤木家の面々はショックを受け続けている。

 それを目敏く察した小和田社長はそそくさと食事を終えると、「後はお若い者同士で」とお決まりの文句を言い捨て、夫人を伴い退席した。

 二十一歳の美哉はともかく三十歳過ぎの弘文が若いとは思わないのだが、そんな些細な訂正ができる立場でもない美哉は、見合い相手の後ろをついて庭を歩くことになった。

 しかし初めて振袖を着ているうえに慣れない草履を履いているため、弘文の速い歩調について行けない。

 ──あの、そこはもうちょっとゆっくり歩くものではないでしょうか。

 女性をエスコートすることさえできない彼は、一度も振り返ることなくズンズンと歩き続け、庭園を一周して元の位置まで戻ってからようやく振り向いた。

「おい、おまえ」

「……は、はいぃ」

 ヘンな声が出てしまった。ゼェゼェと息を乱す美哉はまともに答えることができない。それなのに彼は一向に頓着せず、早口で喋り続ける。

「処女か?」

「……えっと、それは、まあ」

 なんと答えればいいのか理解しかねたので頷いておく。残念ながら〝彼氏いない期間=年齢〟なので未経験だった。しかし見合いしたばかりの打ち解けてもいない女性に対し、セクハラ発言をするなど本当にこの男は非常識である。

 こんなやつと結婚せねばならないのか。美哉が肩で息をしながらげんなりとしていると、非常識男の舌打ちで強制的に現実へ戻された。

「捨ててこい」

「え?」

「俺は血が大っ嫌いなんだ。俺の大事なモノが血まみれになるのは冗談じゃねぇ」

 言い捨てた弘文は美哉へ背を向けると、一人でホテルの中へと戻っていく。美哉は呆然と突っ立ったまま、卑猥なことを言われた羞恥で赤くなり、とんでもない侮辱を言われたことで青くなるという、奇妙な顔色でそこからしばらく動けなかった。


     §


 その後、どうやってホテルの中へ戻り、ロビーラウンジにて一人で紅茶を飲んでいる状況になっているのか、美哉はよく覚えていない。ただ庭に突っ立っているうちに春の日差しで暑さを感じ、フラフラとロビーに入ってぼんやりとしていたのだ。

 すると団体客としき一団がロビーへ入ってきたため、場所を開けようと立ち上がって進んだ先がラウンジだった。

 接客係に案内されるまま席に着いたのは、このまま帰宅して両親に会いたくなかったのが理由だ。心を落ち着けなければ、さっさと帰っていった親の顔を見た途端、二人を罵倒してしまうだろうから。

 目の前に供された薫り高い紅茶を一口飲めば、渋味を感じさせない澄んだ味わいが、負の感情に支配された美哉の精神を穏やかにしてくれる。一杯目を飲み干してティーポットに残っているお茶をカップへ注ぐ頃、ようやく元の自分に戻ったと感じた。ここまでまともな思考などまったく働かなかったぐらいだ。視線を天井へ向けて大きく息を吐く。

 ──これからどうすればいいの……

 したくもないお見合いを強制されたうえに、相手は常識知らずの最低男で、おまけに処女を捨てなければ結婚しないと宣言された。ここは泣くべきではないか。いや、このまま逃げ出しても許されると思う。両親だって処女を捨てねばならない条件を告げれば、結婚話を白紙に戻してくれるだろう……か。

 そこで美哉はがくりと頭を落として項垂れる。克哉から聞いた話を思い出せば、自分のために両親が結婚を取りやめることなどありえない。

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