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俺様御曹司の激愛包囲網 かりそめのはずが心まで奪われました

佐木ささめ

第一章 最低なお見合い (2)

 成人式の際は着物を購入するお金などないうえに、レンタルする資金さえも惜しくてワンピースを新調しただけであった。自分以外の同級生が、全員華やかな振袖を身にった成人式で、ひどく寂しい思いを抱いた記憶がある。

 それなのに振袖がなぜここにあるのか。いったいこれはどうしたのだと両親へ詰問すれば、父親の遠縁に当たる子が今年の成人式で購入したものらしい。頼み込んで借りてきたのだと、父親は苦労話を織り交ぜて答えた。

 美哉は、その淡い水色の布地に菊が散りばめられた美しくやかな着物に、そっと指先で触れながら思う。おそらく己の人生において、最初で最後になるであろう振袖を着る機会が、成人式ではなく望まぬ見合いだというところが自分の生き様に相応しいと。

「仕方ない、なぁ……」

 すべてを諦めて受け入れるため、己へ言い聞かせるように呟く。

 物心がつく時期より長女として家族のために立ち回り、多くのことを我慢してきた自分にとって、〝諦め〟という感情は身近なものだ。

 涙をこぼしても二人の弟にかかりきりの母親からは、「お姉ちゃんなんだから」と相手にされず、自社工場に人生のすべてを捧げた父親は、我が子の相手をする余裕などない。

 おかげで己の精神には諦め以外にも〝忍耐〟が染みついている。不満を言っても生活環境は変わらないし、上を見てもきりがない。だからいつも、仕方がないと呟いては自身を慰めていた。

 それでも吐き出した声が湿ってしまう。深呼吸をして涙の成分を散らすと、「夕飯の用意をするから」と告げて自室へ向かった。部屋着に着替えて食事の支度をし始めると、台所の入り口に背の高い影が立つ。

「おかえり、美哉。なんか手伝おうか?」

 双子の弟・克哉だった。美哉には双子の片割れである克哉と、高校三年生になるもう一人の弟がいる。

「ありがと。じゃあ……そこのボウルにあるゆで卵を潰してくれる?」

 頷いた克哉がフォークでゆで卵をぐしゃぐしゃと押し潰し始めた。今日のおかずはチキン南蛮なので、タルタルソースを作ってもらおう。

 しかし克哉と平日のこの時刻に顔を合わせることは珍しい。彼は昼間、見習い技師兼経営補佐として工場で働いており、夕方から夜間大学に通っている。土曜日も授業があるため顔を合わせる機会は少ない。なので自然と疑問がこぼれた。

「あんた、大学はいいの?」

「うん。自主休講」

「ちょっとぉ、大丈夫?」

 夜間コースでは少しでも単位を落とせば留年まっしぐらだと、この弟から聞いている。しかし当の本人は「大丈夫」としか言わない。

 うちに留年させるほどの余裕はないわよと説教しそうになったが、弟の横顔がやけに強張っているので口をつぐむ。あまり踏み込まない方がいいかと判断し、違うことをった。

「……まあ、あんたぐらい頭が良ければ大丈夫なのかな」

 弟は優秀だ。同じ高校に通っていたので彼の成績はよく知っている。だが克哉はぴたりと手を止めて、姉を睨むように見つめた。

「本当に頭がいいのは美哉の方だろ」

「え?」

「成績はずっと学年首席だった。全国模試だって、俺は一度もトップなんて取ったことがなかったのに」

「いきなりどうしたのよ」

 確かに自分は高校時代、県下随一の進学校で首席以外になったことはない。だが父親から就職を望まれていたため受験勉強はせず、進学のための塾にも通っていなかった。通うお金もなかった。

 すると夜間大学を受験する克哉が、大手進学塾の授業料が全額免除になる特待生試験を勧めてきたのだ。

 結果は全教科満点。塾側より、テキスト代も模試代もすべて無料にするので、頼むから入塾してくれと懇願されて一時期だけ通ったことがあった。

 その間に受けた全国模擬試験では、何度か全国一位になったことがある。美哉と同レベルの秀才たちに首席を奪われても、たいてい五位以内につけていた。

 しかしそれは三年も前の話だ。昔話を持ちだした弟に首をると、克哉が怒りを込めた口調で話し出す。

親父とお袋が話していたのを聞いたんだ……美哉の結婚話を……」

「ああ、それね。まあ仕方ないわよ」

「仕方なくねぇよ! あいつらは最低の人間だ!」

「え……」

 激昂した弟の口から飛び出た話は信じられないものだった。

 午前中、事務所で両親が交わしていた話によると、小和田家の三男坊と美哉の結婚話は、彼らが考えた案なのだという。

 小和田社長が厄介者の息子を片づけたいために嫁を切望していることは、この業界にいる者ならば誰でも知っている。なので美哉を餌にすれば必ず食いつくはずだと、あの馬鹿息子が結婚できるなら融資など安いものだと彼らは言い切った。

『どうせ嫁に出すのだから、親の役に立つべきだ』

『そうね。でも家事をする子がいなくなっちゃうのは嫌だわぁ』

『結婚したら、通いでうちを手伝えって言えばいいじゃないか』

『それもそうね。専業主婦になるから暇でしょうし』

 ……美哉は手にしていた包丁を危うく落とすところだった。我に返ると慌ててまな板へ包丁を置いて、怒りで真っ赤になる弟の顔を凝視する。

「うそ……だってお母さん、泣いていたよ……」

「そんなもん、美哉のためじゃない。嫁入りの支度金が惜しいって嘆いていただけだ」

 美哉の両手が小刻みに震え出した。縋るものを求めてエプロン生地をきつく握り締めるが、破ってしまったら替えのエプロンがないことを思い出し、手の力を抜く。

 現実的な思考が冷静さを取り戻す一助になったのか、美哉は大きく息を吐いて弟に背を向けた。

「……ごめん。それ以上は聞きたくない」

 手の震えは精神力で抑えられたが、声の震えはなんともできなかった。それに気がついた克哉が項垂れる。

「すまん……俺、何もしてやれなくて」

 深い悔恨をませる声音に、やっと弟の気持ちを思う。自分と克哉は双子だからなのか、とても仲の良い姉弟だ。

 そのため克哉は、両親の美哉に対する扱いにずっと不満を漏らしていた。双子の姉弟であるのに自分だけが大学へ行くことを許されて、美哉は就職をしろと父親から言われたときなど怒り狂ったものだ。自分よりも優秀な成績を収めているのに、ただ女というだけで人生が制限されるなど時代遅れだと主張していた。

 しかし、親から経済的な援助が必要な学生にできることなど何もない。本人だってわかっているからこそ己の無力に打ちのめされているのだろう。

 そのとき台所の前を父親が通りかかって険しい声を放った。

「なんで克哉が手伝っているんだ。美哉にやらせておけばいいだろう」

 男尊女卑の思想を持つ父親は、男は台所に立つべからずと常に口にしている。そして矛先は美哉へも向けられる。

「おまえも弟をこき使うんじゃない。女の癖に恥ずかしくないのか」

「うるせぇよ! 手伝わないなら口出しするな! 邪魔だ!」

 振り向きざま怒声を上げる克哉に父親が気圧される。そのまま親の存在を無視してゆで卵を潰し続けていると、やがて父親は「親になんて口をきくんだ……」とブツブツ不満をこぼしながら去っていった。

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