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俺様御曹司の激愛包囲網 かりそめのはずが心まで奪われました

佐木ささめ

第一章 最低なお見合い (1)




第一章 最低なお見合い




 今年は暖冬の影響か、春を表す桜の花弁が舞い散る時期は早かった。四月上旬の今日、中部地方の某県ではすでに道路が薄桃色の絨毯で彩られていた。金曜日の今夜はそれほど気温が下がらずお花見日和であったのに、そこかしこで落花を惜しむ声が聞こえてくるほどだった。

 藤木美哉もその一人だが、でる花のない花見と称した飲み会の誘いを断り、足早に帰宅の途に就く。現在の時刻は午後六時四十五分。食欲旺盛な弟たちはおを空かせているだろう。早く食事を作ってあげたい。

 やがて実家が経営する工場を脇目に、事務所兼自宅の玄関を開けた。

「ただいまー」

 帰宅の挨拶を告げると、居間から出てきた母親と父親が共に玄関先まで出迎えにきた。いつもはそのようなことをしない二人の顔を見た途端、彼女の表情がわずかに曇る。母親は目を真っにしており、父親は苦虫をみ潰したような表情なのだ。

 ──これは何かあったわね。

 嫌な予感が足元から立ち昇ってくる。娘がそう思うのも無理はないほど、ただならぬ両親の姿だった。

「おかえり、美哉。ちょっと話があるからこっちに来なさい」

「ご飯の支度をしてからじゃ駄目なの?」

 美哉は中学生の頃から、忙しい両親に代わって家事や弟たちの世話を一手に引き受けている。就職した現在も朝の弁当作りや、帰宅後の家事は自分の仕事だ。

 だが母親はハンカチで目元をぬぐいながら首を左右に振った。

「夕飯の支度は後でいいから、とにかくいらっしゃい」

「……わかった」

 まさか工場が倒産したとか言うんじゃないでしょうね。実家は藤木鍛造所という名で町工場を経営しているのだ。

 悲壮感が漂う両親の後ろ姿を見つめながら狭い居間へ入る。五人家族が一度に食事をとれる大きな座卓の中央に、クリーム色をした薄いアルバムが置いてあった。

 母親からそれを見なさいと言われたので、ずっと無言のまま黙り込む父親の顔を盗み見る。この場から助けてくれないかと甘い期待を抱いたが、父親は止めようともしない。

 わざとらしく溜め息をこぼしてアルバムを手元に引き寄せ、のろのろと表紙を開く。

 それはアルバムではなく釣書だった。手書きの毛筆で見合いに臨む者のプロフィールが書かれている。身上書以外には家族書も添付されていた。

 これを見ればかずとも、お見合いをしろと言いたいことは理解できる。だがこの釣書で紹介されている男性が問題だった。

「この小和田弘文さんって、大口取引先の小和田鉄鋼の息子さんよね?」

 家族書の父親欄には、株式会社小和田鉄鋼代表取締役と書かれている。確認せずともわかりきっていることだが、向かいに座った両親を真っ直ぐに見つめると、二人は気まずそうな表情で目をらした。

 これは最悪だわ。美哉は顔を天井へ向けて大きな溜め息をいた。

 小和田鉄鋼は業界でも上位に位置する大企業であり、美哉の両親が経営する町工場はそこへ製品を納めるがりがあった。とはいっても連結売上高一千億円、社員数七千名の大企業と、従業員が十四名しかいない町工場では、繋がりといっても細々としたものだ。下請けの下請けの、さらに下請け以下の関係でしかない。

 その大企業の御曹司と零細企業の娘の縁談。どう見ても玉の輿であるのに、美哉も彼女の両親も表情は暗い。

 なぜなら見合い相手が超問題児なのだ。

 弘文は三人兄弟の末っ子として両親や兄弟から甘やかされて育ったせいか、非常識を具現化した社会的不適合者として、悪い意味で超有名だった。このお坊ちゃまは幼少時より素行が悪く、未成年の頃から何度も警察に補導されたと聞く。そのためいくら御曹司でも、この男と結婚を望む馬鹿な女はいない。実際、ボンボンは三十路になっても独身だ。

 つい最近では婦女暴行未遂でとうとう警察に捕まったと噂で聞いたが、新聞やテレビ等のニュースで彼の名前を見たことはないので、おそらく親の力でみ消されたのだろう。

「で、釣書を私に見せるってことは、小和田社長の息子さんと見合いしろってこと?」

 父親へ向けて尋ねたのだが、答えたのは母親の方だった。

「あなたにとっても悪い話じゃないわ。だってあの小和田鉄鋼の息子さんよ? うちみたいな家とは格が違うし──」

「お母さん、それ本気で言ってる?」

 ギロッとみつけてやれば母親は目を逸らしたので、今度は父親を見据える。

「断ってよ、こんな話」

 釣書を閉じて座卓へ放り投げる。その瞬間、黙りこくっていた父親が床にいつくばり、額を畳にこすりつけた。

「すまん美哉! 融資を得るため嫁に行ってくれ!」

「……どういう意味よ」

 なんてお約束な場面だろう。いまどきトレンディドラマでも使わないネタではないだろうか。と、うんざりしながら土下座中の父親の体を起こす。

 詳しい話を聞きだしてみれば、工場が債務超過で倒産寸前らしい。だが銀行からの融資はことごとく断られ、にもる思いで大口取引先の小和田鉄鋼へ融資を頼み込んだところ、小和田社長はあっさりといてくれた。ただし、融資の条件は小和田家の三男坊である弘文と、藤木家の一人娘である美哉の結婚とのこと。

 それを聞いた美哉は、もうこの見合いから逃げられないと理解する。再び天を仰ぎ、買い物袋の中で転がっているチューハイを取り出してプルタブを開けると、勢いよく缶をった。

 母親から、「あら、美味しそうね、それ」と物欲しそうな声をかけられたので、腹立ちまぎれに言ってやった。

「飲みたいなら代金を払ってよ」

「まあ! なんて言い方をするの、親から金をとろうだなんて」

「娘から給料を巻き上げるのは構わないの?」

 すると母親は目を逸らし、父親は聞こえよがしに「仕方ないだろう」とブツブツいている。

 美哉は給料の振込先通帳を親に管理されているため、自由になるお金は月に二万円しか渡されない。

 実家が経営している工場の運転資金に使うと言われれば、それ以上の文句は飲み込むしかなかった。父も母も傾きかけた工場を再生しようと必死で、遊ぶために持っていくわけではないと知っている。とはいっても、高卒の一般職の稼ぎを火の車へ投入しても焼け石に水であると思うのだが……

 一時でも最悪の現実から逃避したいと、美哉はぬるくなったチューハイを飲み続ける。レモンの果実がれる爽やかな味わいは、自分の喉にはひどく苦く感じられた。

「……それで、見合いって、いつなの」

 やけ気味になりながら父親へ顔を向けると、明日の土曜日という驚くべき答えが返ってくる。

「明日って、急すぎるわよ!」

「大丈夫だ、ちゃんと着るものも用意してある」

 服装ではなく心の準備のことを言いたかったのだ。しかしそこで立ち上がった母親が、隣室から着物一式を持ってきたので美哉は目を丸くする。自分は振袖など持っていないのに。

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