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腐女子のわたしが鬼畜彼氏に極愛されました。

水戸泉

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「おう、絵理菜ちゃん。外にお客さん来てるよ」

 午前零時、居酒屋のシフトが終わる頃。絵理菜は、店長からそう告げられ、従業員通用口へと向かった。

(誰だろう。美香かな。それとも、さくらちゃん?)

 絵理菜は大学の友達の顔を思い浮かべたが、連絡もなく突然バイト先へやってくる理由が思い浮かばない。

 絵理菜の友人たちは、絵理菜ほどではないにせよ、みな金銭問題で苦労している。よほどの理由でもない限り、交通費を使って絵理菜のバイト先までは来ないはずだ。

 絵理菜の通う関東芸術大学の学生すべてが貧しいはずもなく、中には金持ちの子弟もいるが、経済状態によって集まるグループが違ってくるのは必然だった。コーヒー一杯飲むのにも、絵理菜たちは自動販売機かファーストフード店で、経済的に困窮していない学生は喫茶店に行く。決して不仲なわけではなく、単純に、行動をともにするにはハンデがありすぎた。

 店の制服から私服に着替え、バックヤードを通り抜け、絵理菜は通用口のドアを開けた。電灯が切れかけて点滅を繰り返す薄闇に佇んでいたのは、見知らぬ男だった。

「あの……?」

 遠慮がちに声をかけた絵理菜の顔を見ると、男はぱっと顔を上げ、表情を明るくした。年齢は二十代半ばくらいか。

 少し長い髪を金色に染めている。服装は派手なスーツで、一見するとホストのような風体だ。

「仲井千恵美さんは、きみのお母さんだよね?」

「はい」

 初対面の挨拶もなく、唐突に母の名前を出され、絵理菜は面食らいながら頷く。男はポケットから名刺を取り出した。

「俺、こういうもんです。よろしくね」

 上等そうな紙に刷られた名刺には、『(株)ドリーミング・フューチャー企画部部長・小林祐介』と書かれていた。

「ドリーミング・フューチャーの、小林さん……?」

「まずはお母さんのこと、ご愁傷様でした。ご焼香にも行けず、すみませんっした」

「あ、いえ……」

 丁寧に頭を下げられて、絵理菜もつられてお辞儀する。

 実際のところ、絵理菜は母の葬式を出せなかった。火葬場からそのまま納骨したのだ。それも、無縁仏と同じ共同墓地に。

 葬式代はどうしても捻出不可能だったし、絵理菜の両親はそれぞれの親族とつきあいもない。絵理菜には、いずれ墓を買い母の遺骨を引き取るという『夢』まで追加されてしまった。

 だが、そんなことは初対面の小林祐介の知るところではないだろう。絵理菜も葬式について、それ以上言及しなかった。

 小林は小脇に抱えていたブリーフケースからA4サイズの書類を取り出し、絵理菜に見せた。

「これね。実はうちの会社で、お母さんにお金貸してたの。知ってる?」

「え!?

 絵理菜は飛び上がらんばかりに驚いて、小林から書類を受け取った。確かに、絵理菜の母である千恵美の字で署名捺印がされている。金額は、一千五百万円。絵理菜にとっては莫大な額だ。




「お母さんの借金のこと、知らなかった?」

 小林に聞かれて、絵理菜はこくこくと二回、頷いた。

 絵理菜は、自分がそれを知らなかったこと自体にはショックを受けない。母には言い残す時間がなかった。風邪をこじらせて肺炎にまで至り、アパートの部屋で独り亡くなり、一週間以上発見されなかった母に何が言い残せただろう。突然死ぬことなんて、母は想定していなかったに違いない。

 小林は困ったように頭を搔いた。

「お母さんが亡くなって三ヵ月以上経っちゃってるからねえ。きみ、相続放棄はしていないよね? 何もしないで三ヵ月経つと、相続したことになっちゃって放棄できなくなるんだよねー」

「そんな……」

 絵理菜は呆然とした。

 そんなことは知らなかったし、そもそも母に遺産があるはずがないから、相続について考えたこともなかった。借金の存在も、頭になかった。

 けれどもよくよく考えてみれば、母に借金があったとしても不思議ではない。父は多額の借金を残して失踪したのだし、母はスーパーとコンビニのバイトを掛け持ちして絵理菜を育てた。月収は二十万にも届かない。おそらくこの一千五百万円の借金のうち半分以上は確実に、父が作ったものだろう。

 学費こそ出してもらっていないが、絵理菜が帰郷すれば、母はいそいそと絵理菜の好物を料理したし、寝具や生活用品も買ってくれた。

 その上、母は病気がちで、ここ数年、病でバイトを休みがちだった。風邪をこじらせたのは医療費を倹約したせいだというのは、想像に難くない。

(わたしが、進学なんかしたから……)

 絵理菜は今、改めて、進学などしたことを悔やんだ。

 好きなことをしていいという、母の厚意に甘えてはいけなかった。

 高校を出たらすぐに就職して、上京などせず、母と暮らせばよかったのだ。そうすれば母は死ななかったはずだし、治療費くらいは出せた。

 契約書に書かれた母の字が悲しくて、絵理菜は母の死後、初めて泣いた。絵理菜が泣くと、小林は覿面に慌てた。

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