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俺様ホテル王のプロポーズ

玉紀直

プロローグ / 第一章 戸惑いの再会 (1)




プロローグ




「見つけたぞ、俺の雛鳥

 威圧的な声が、目の前に壁を作る。

 廊下の壁に追いつめられ両側を腕でふさがれると、まるで自分がの中へ入れられたかのような錯覚を起こした。

 目の前にある壁は、一八〇センチを超える長身の男性。しさを感じさせる容姿と堂々とした風格は、一五三センチの小柄な水谷雛に、息が止まるほどの圧迫感を与える。

 実際、雛は彼の姿を目にした瞬間、息が止まったのだ。

 なぜ、彼がここにいる。

 なぜ、別れたはずの彼が、目の前にいるのだろう。

 目を大きく見開き言葉も出ない雛を見て、南條一鷹はニヤリと口角を上げた。

「相変わらず、そそるえ顔をするな」

「かずっ……」

 一鷹さん、そう口から出そうになり、雛は慌てて口をつぐむ。

 自分はもう、そんな親しげな呼びかたをしても良い人間ではない。

「どうした? 昔みたいに呼ばないのか?」

「あの……」

「ああ、そうか。おまえの立場では呼べないな」

 雛のベストについたネームプレートを指で弾き、一鷹はの奥で含み笑いをらす。プライベートな理由以外で彼に親しげな態度をとれない理由が、ここにあるのだ。

【ホテルクリスタルリゾート コンシェルジュ 水谷雛】

 雛は、このホテルの従業員という立場。そして一鷹は客。

 それも総支配人自らが出迎えるという対応を当然のように受ける、上級の賓客だ。

 以前あった関係を引き合いに出したって、気安く呼べる相手ではない。

 ネームを弾いた手が雛のを摑む。固定された視線の先にある一鷹の表情に、雛はビクリとした。

 それは、獲物を見つけた鷹の目だ。

「一度捕まった雛鳥が……鷹の巣から逃げられると……、本気で思っていたのか?」

 彼の言葉に息を呑んだ直後、雛の身体が硬直する。一鷹が雛にくちづけ、柔らかな唇をり始めたのだ。

「……ン……、んっ……」

 喉でき、一鷹を押しのけようとする。しかし密着してしまった身体は、まさしく壁に挟まれてしまったかのように雛を潰し身動きさせない。

 戸惑う雛の口腔へ滑りこむ厚い舌。歯列をなぞり、奥で縮まる彼女の舌を誘いだす。逃げようとしても強引にめとられ、彼の口腔で吸いたてられた。

 舌先からビリビリと流れてくる電流が背筋を伝う。雛は思わず膝を震わせた。

 激しいキスに腰が抜けてしまいそうだ。抵抗をしようとするが、もはや舌どころか唇にも力が入らない。かろうじてできるのは、彼のスーツの両脇を摑むことくらい。

 彼のいいなりになるしかない。とても支配的なキスだった。

「……逃げられると思うな」

 小さなきは、とても大きく雛の身体に響く。

 余韻を残すように離れていく唇。苦しいほどの蹂躙から解放されたというのに、唇は甘くれ、今までの激しさを惜しんでいるかのよう。

 雛の顎を摑んでいた手が離れても、視線は一鷹から離すことができなかった。

「じゃあ、あとでな……雛」

 ドキリとするほど端整な微笑み。彼女の名を呼ぶ声はどこか甘く、鼓膜の奥を熱くする。

 それなのに、雛の心をいっぱいにするのは戸惑いとり。

 雛から離れ、一鷹は廊下を歩いていく。そのうしろ姿を目で追い、雛はこの状況が信じられないでいた。

 一年前。そのころは恋人だった彼が自分の前に現れたこともそうだが、それよりも彼の言った言葉の意味が分からない。

 ────逃げられると思うな……

「……逃げてなんかいない……」

 きを漏らす唇が熱い。

 キスの余韻が甘い感情を呼び覚まし、同時によみがえる切なさがそれを冷ましていく。

「わたしを突き放したのは……一鷹さんのほうなのに……」

 いきなりいかかった衝撃に耐えるよう、雛は早鐘を打つ胸を両手で押さえた。




第一章 戸惑いの再会




 都市群から郊外を抜け、車で約一時間。

 そこでは、豊富な自然と広大な敷地でのアクティビティを売りにした、各種リゾート施設やホテルがを並べている。

 中でも、特にリラクゼーションに力を入れ、温かく落ち着いた雰囲気を大切にしているのが、ホテルクリスタルリゾートだ。

 しと休息を求めて訪れるリピーターが多く、利用客の年齢層も高めであるせいか、リゾートホテルであるにもかかわらず騒がしさがない。

 そんなクリスタルリゾートで、昨日、ホテルの従業員すべてを震撼させる出来事が起こった。

 ホテル業界の若獅子。二十九歳の若きホテル王といわれる、南條ホテルグループのオーナー、南條一鷹が、プライベートパーティーの会場にクリスタルリゾートを利用したいと申し入れてきたのだ。

 ごく親しい知人、二十人程度の小さなもの。パーティー用の部屋を確保することに問題はなかったが、メニューやアルコールの指定、また、内装からグラスにまで要望が出され、関係スタッフは大わらわで準備にあたった。

 系列ホテルを利用すれば、無理も我儘も好みどおりに素早く対応してくれるはずなのに、なぜ特に親交もないこのホテルを利用することになったのかは分からない。

 しかし、彼の要望に対して妥協や否定は許されない。よもや、突然のことだから準備が間に合わないと口にするなど、もってのほか。

 相手は、南條ホテルグループのオーナーだ。

 彼の采配ひとつで、中堅リゾートホテルのひとつくらいどうにでもできる力を持つ、ホテル王なのだ。



「お気をつけて。いってらっしゃいませ」

 コンシェルジュデスクに、朗らかで明るい声が響く。

 カウンターの内側で一礼してから頭を上げた雛は、歩いていくふたつのうしろ姿を見送った。

 ひとりは着物姿が優雅な老婦人。もうひとりは小学生の少女だ。とはいえ、十二歳だという彼女は雛と身長が変わらない。

 最近の小学生は背が高いと感心するものの、自分が低めなだけかと思い直す。つい笑いが漏れそうになるが、今は仕事中だ。グッとこらえて仕事用のスマイルで表面をう。

 すると、老婦人について歩いていた少女が軽く振り向き、明らかに雛に向けて小さく手を振ったのだ。

 顔こそ無表情だが、それがまるで『いってきます』と言ってくれているように感じられて、雛は嬉しくなった。

 そのせいか、思わず出てしまった笑顔は大袈裟なほど嬉しそうな顔になってしまったような気がする。ついでに胸の下で小さく手を振り返してしまった。

 少女が照れくさそうに前を向く。いくらなんでも手を振り返したのはやりすぎだっただろうか。小さくとも、相手はお客様なのだ。

「随分と仲良くなったんだね」

 ちょっと反省をする雛に、からかい気味の声がかかる。横を見ると、人の好い優しげな瞳が雛を見つめていた。

「いらっしゃったのは一昨日だったね。あのときは眉を上げてなにかと注文をつけてきていたのに、随分と柔らかくなった。水谷さんの対応が良かったんだろう」

 やかに褒め言葉をかけてくれるのは、このホテルのチーフコンシェルジュ、木島之博だ。

 三十歳の彼は、コンシェルジュ歴八年。大学を卒業後、イギリスでコンシェルジュとしてのスキルを身につけ、五年前、クリスタルリゾートのコンシェルジュになった。

 チーフに昇格し活躍するようになったのは二年前。朗らかな人柄で、老若男女すべての常連客に人気だ。

 一年前に入社した雛にとっても、彼は良き上司であり頼りになる先輩なのだった。また、彼には雛と同じ歳の妹がいるらしく、そのせいもあるのかよく世話をやいてくれる。

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